3-4 冬休み明けのレッスン
冬休みが明けたばかりの学内はすっかり受験ムードが漂っていた。その一方で修司のようにすでに推薦やAO入試で進学先が決まっている生徒もいるので、三年生は朝の登校後、出欠をとった後は生徒それぞれ、受験に向けての自習や受験科目強化のための補講や特別授業という枠組みとなり、生徒達それぞれの自由な選択日課となった。なので、朝礼などの日課が終わるとさっそく真智子は音楽室へ向かった。真智子は音楽室に入るとすでに来ていた慎一に向かって言った。
「待った?慎一」
「待った、待った、新幹線のホームで別れてからずっと真智子に会える日を心待ちにしてたからね。新年もすっかり明けたけど、あけましておめでとうも伝えそびれていたし……」
「そうそう、あけましておめでとう、慎一。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとう」
「あ、慎一の分も御守り買ってきたよ」
真智子は鞄から御守りが入った紙封筒を出すと慎一に渡した。
「ありがとう。僕は新年のお参りのことなんてすっかり忘れていたからね」
「そうなの?」
「うん……。母が亡くなって以降、新年のお参りには行ってないから……。父は行ってるかもしれないけど」
「そう……。じゃあ、御守り、買ってきてよかった。お参りももちろん、慎一の分もしてきたよ」
「サンキュー。真智子は家族でお参りに行ったの?」
「そうよ。近くの北野八幡神社。初詣は八幡さまにお参りに行くことが多いの。他の神社をお参りしたこともあるけど。あ、慎一も練馬駅の近くの神社にお参りに一緒に行く?」
「いいよ。真智子が僕の分もお参りしてきてくれたならそれで、充分」
ふたりがそこまで話した時に見回り担当の先生が音楽室に突然、入ってきた。
「音楽室を使っているふたりに話があります。音楽室の使用については今日は特に授業はないので、この後、このまま使っていいですが、明日からは一、二年生の各クラスの音楽の授業の時はそちらが優先ですので、ふたりは各自のクラスに戻って、自習するようにしてください。放課後は今まで通り、自由に使っていいですが、使用は夕方六時までです」
「はい、わかりました。ところで、音楽室を使用するのは僕たちふたりだけですか?」
「今年は君たちふたりだけです。例年、音大を目指すのは一、二名、いるかいないかですから。では、ときどき見回りに来るので、ふたりとも合格目指してしっかり頑張るように」
そう言うと、見回り担当の先生は音楽室を出て行った。
「突然、来るとびっくりするね」
足音が遠のくと真智子がぽつりと言った。
「そうだね。ところで、もうすぐセンター試験だけど、真智子は冬休み、センター試験の勉強、捗った?」
「センター試験も一応、勉強してるけど、ピアノの実技が慎一に劣るのは明らかだし、芸大合格は望み薄かなと思ってる……それに、試験日程のこととか入学金のことまで考慮すると両親にあまり負担をかけられないから桐朋短大は芸大合否の結果が出た後の日程になるし、卒業式の後だし、精神的にはけっこうきつくなりそうかな。だから、芸大受験は諦めることも考えたんだ。そして桐朋短大に絞ろうかなって。でも、精神的に辛いからって諦めるのはなんだか情けない気がして……。神様から与えられた試練だって思うことにした。慎一は留学のことも考えなければならないからもっと大変なのに、弱音吐いてごめんね」
「そんなことないよ。冬休み中、いろいろ考えたんだね」
「とにかく、今までふたりで頑張ってきたんだから、これからも一緒にできるところまで頑張りたいなって思って」
「そう言ってくれて嬉しいよ。僕も真智子も仮に芸大に不合格だったとしても真智子が桐朋短大の受験で合格できるよう応援するよ。それはそうと、もうすぐセンター試験だから、しばらくはそちらに集中しよう。それで、センター試験が終わるまでは午前中は試験対策に集中して、ピアノの練習は午後からにしようと思うんだ。だから、今日は早めに音楽室に来たけど、明日からは午後から音楽室に来ると思う。それでいいかな?」
「了解。先ずはセンター対策ね」
「そう、もう、二週間ぐらいしかないからね。足切りはそれほど高くないらしいけど、得点はできるだけ高い方がいいと思うんだ」
「ところで、慎一はわざわざ奈良まで帰ったのにお父さまとは新年の初詣も行かなかったんだ……」
「まあね。でも美津さんが作った夕食は一緒にとったし、お節料理も一緒に食べたし、これからのことも少し話したし」
「美津さんって誰?」
「ああ、美津さんは祖父の代からのお手伝いさん。なんでもできてとても気が利く穏やかな人で母とも仲が良かったよ。もう、お婆さんだけどね。お料理とかお掃除とかは僕が子どもの頃から美津さんのお陰で助かってるんだ。それはそうと、さっそく試験勉強はじめようか」
「うん。頑張ろっ」
ふたりはそれぞれ、問題集や参考書を広げると、勉強をはじめた。
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