2-7 冬の訪れとともに

 慎一は真智子の演奏を聞きながら、留学のことを真智子に伝えるべきかどうかを考えていた。―真智子がもし動揺したら……と思ったりもしたが、真智子は動揺しないかもしれないし、受験の後、伝えるのは遅い気がして、伝えるなら早く伝えようと決心した。

「今日はまだあまり練習していなくて悪いんだけど、真智子に話したいことがあるから、これぐらいで切り上げようか」

真智子の演奏が終わると慎一は即座に言った。

「私はいいけど……。慎一の体調も心配だし、今日は早めに帰った方がいいかなって思ってた」

「ごめんね、僕の都合で」

「で、話って何?昨日のこと?」

「うん。以前も少し話したけど、留学の話があって、芸大、受かっても落ちても、進めるように父から言われていて……」

「そういえば、以前、言ってたね」

「それで、真智子はそのことについてどう思うか、率直なところを聞かせて欲しいんだ」

「どう思うって……受かっても落ちても……というのは聞いてなかったけど、留学できるだけで、凄いって思う……。私には考えられないし……。だけど、留学するのに試験とかないの?」

「諸手続きはあるし、審査もあるみたいだけど、以前、コンクールで入賞したことあるから、希望すれば留学できるみたいで」

「そうだよね。慎一ほどのピアノの腕前ならね……。慎一にとっていい話ならいいんじゃない?」

「でも留学したら、真智子とは離れ離れになるよ……」

「確かにそうだけど……。慎一が頑張りたいなら私は応援するよ」

「……僕は迷ってるんだ。でも芸大落ちたら、その道に進むしかないかな」

「そっか……。慎一は迷ってるんだ。なぜ迷ってるの?」

「だから……留学すれば、真智子と離れ離れになるだろ?僕は真智子と離れたくないんだ……」

「私と離れたくないっていっても、別々の大学になっても、離れるよ。私が芸大受かる可能性は限りなく少ないし。だから、受験が終わったら、私達、一生懸命頑張ってても結局、離れ離れになるんだなって私は心の何処かで思ってた……」

「でも留学すれば、遠すぎて簡単には会えなくなるけど、日本にいれば、会えるよね」

「でも日本にいても別々の大学だったら、忙しくて、なかなか会えないんじゃないかな……。ところで、留学するとしたら、留学先はどこ?期間はどれぐらい?」

「留学先はドイツのハンブルクで短くて一年、長くなるとよくわからない」

「一年なら、一年後に会えるかもしれないでしょ」

「まあ、そうだけど」

「親の意向って子どもにはどうすることもできないことってあるよね。結局、学生の間は生活費とか教育費は出してもらってるし、生活費も教育費も出してもらえない家庭環境で進学を断念する人も中にはいるわけだから、そういう人たちのこと考えたら、結局、我慢しなければいけないことは我慢するしかないよね」

「そうか……」

「そうだよ。だから、慎一は音楽への思いを大事に留学のこともどうするか考えていけばいいんじゃないかな。それにお父さまのことはよくわからないけど、もしかしたら、慎一が音楽の道に進みたいのが本気かどうか試しているのかもしれないし……。それに留学は慎一にとってのチャンスかもしれないし……」

「そうだね。大切なことに気付かせてくれてありがとう……。父から言われるだけで剥きになってしまうところがあって、気が重くなるようなところがあったけど、よく考えないとね」

「そうよ。ドイツのハンブルクで本格的に音楽を学べるなんてとても素敵だと思うし、慎一の才能も一層、磨きがかかるかもしれないよ」

「だけど、真智子と離れ離れになるのは寂しいな」

「私も寂しいけど、どっちにしても私達、今のようにふたりきりでレッスンを続けれるのは冬休みまでで、冬休みが終わってお正月が過ぎたら、受験にまっしぐらだし……頑張るしかないよね」

「ごめん。甘えたこと言って」

「いいよ。そんな日もあるし、悩んでいたこと打ち明けてくれたんだよね」

ふたりはそこまで話すと少ししんみりした。そして、こうしてふたりで一緒に練習できるのもあともう少しかもしれないことを改めて実感していた。

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