延長戦・3 日向大輔、10年を語る・後編

 さて、香田と屋上で雨の中の約束をしてからの事を、じっくりと語って行こう。


 次の日から何かに目覚めた様に真剣にリハビリを始めた俺に、周囲は驚きと共に安堵していた。懲りずに見舞いに来てくれた高橋・権田・内村にも、しっかり謝ったし。


 で、麻衣のサポートもあって根気よくリハビリを続け、俺が競技としてのサッカーが出来る様になるまで、選手権決勝から3年の月日を要したのだ。



 駄目元でタイムスリップ前に拾ってもらったモンテディオ山形のトライアウトに行ったら、ギリギリ合格したんだけど、丁度チームも変換期を迎えていて状態も悪かったし、やはり俺も高校時代のプレーにはほど遠く、あまり活躍出来ないまま2年を過ごし、レンタル移籍でJ3町田へ。ちょろちょろっと活躍出来たから1年で山形に戻り、でも結局スタメンを確保出来ずに1年で解雇されてしまった。その後、横浜FCで1年、結局噛み合わず、再びJ3福島に生き場を求めてやって来たのだ。


 福島では、兎に角自分のプレーを取り戻す事に集中した。結果、2年間で高校時代のプレーをかなり取り戻し、チームのJ3上位進出に大きく貢献する事が出来た。


 で、いきなり俺が活躍出来たのは理由がある。それは、ある人との出会いだった。



 その人の名は『三島和明みしまかずあき』。アラフィフにも関わらず今だ現役の、ご存知“キング・カズ”だ。


 俺も過去に王様キングと呼ばれたから、横浜のフロントも二人のキングとして売り出したかったみたいだけど、その年の俺は気合いが空回りして体調崩したり軽い怪我等でチームの意に沿えなかった。


 そんな時、俺を励ましてくれたのがカズさんだった。あの人に比べたら俺なんかが王様を名乗るのは恥ずかしくて仕方がなかった。もう、普段からの佇まいがキングだったもの。


 誰よりも練習し、誰よりも自分の身体に気を使い、誰よりもファンを大切にし、誰よりも勝ちに拘り、誰よりもサッカーを愛していた。50歳のオッサンなのに、まだ現役として誰よりもサッカーを楽しんでた。


 カズさんは俺の事を非常に可愛がってくれて、色んな事を教えてくれた。傲る事無く、真剣にサッカーを楽しむ事。

 高校時代の俺に言って聞かせてやりたい。というより、復活してからも、どこか焦りがあったんだと思う。香田や、他の仲間達に早く追い付きたい、早く昔の自分を取り戻したいって。でも、やっぱり楽しむって大切なんだよな。


 そんな教えのおかげもあって、引退も覚悟して飛び込んだJ3で無双する訳だ。この頃には高校時代の自分を取り戻した自信があったし、まだもっと上手くなれると、自分で自分に期待していたし。なにより、サッカーが楽しかった。


 で、その活躍が評価され、俺はまたまた山形へ移籍した。なんだかんだで山形のフロントやサポーターは俺に好意的だったし、こんな俺を何度も拾ってくれた恩義も感じてたから。



 そして、古巣山形に復帰し、1年目から得点を量産。山形初のJ2優勝とJ1昇格の立役者になり、得点王も獲得した。


 この頃には、俺のプレーは高校時代のプレーにも遜色無い程まで復活してたと思うし、むしろ得点能力だけなら確実に成長していた。

 で、J1に昇格した2年目も継続して絶好調。そんな時、U-17日本代表でお世話になった西田監督から、A代表に選ばれたんだ。


 西田監督は、前任の電撃更迭で急遽貧乏クジを引かされた形で監督に就任した。U-17の頃お世話になった人だったが、監督就任の次の日には俺に会いに来てくれて、その時の監督の言葉は…嬉しかった。


「俺が指揮する日本代表のエースストライカーは、昔からお前だって決めてたんだ」


 …だって。もう、嬉しくて1リットルの涙を流したよ。


 俺なんか高齢な上に代表経験も無い。高校の頃まではそりゃあ期待されてたけどさ、あの頃とは全く状況が違う俺を、監督は代表に抜擢してくれたんだ。監督は周りからもかなり叩かれてたよ?俺もだけど。でも、逆に燃えたのも事実。ここまでの漢気を見せられて、燃えない奴はいないだろう。


 俺が活躍すれば、監督の評価は爆上がりするんだから。



 迎えた代表デビュー戦。サウジアラビア相手に後半30分まで2―2の同点。日本は引き分けでも厳しい状況だったが、そんな場面で監督は俺を起用してくれたんだ。


 香田は怪我でいない。けど、漸く代表のピッチに戻ってきた俺は、予感があった。

 タイムスリップの因果が存在するならば、やはりここで俺が点を取るのは必然だろうと。


 通って来た道程、考え方、全て違ったけど、やる事は変わらない。ただ、点を取る事。


 …だから、俺はこの試合も、そして次の試合も、日本に勝利をもたらすゴールを決める事が出来たんだ。



 ここで、一つタイムスリップ前と大きく違う現象が起きた。


 前の時も、俺は救世主として注目されたのだが、今回は高校までの王様の期間からの怪我、そこから奇跡の復活があったからか、蘇った王様として大ブレイクしてしまったのだ。


 そして、ワールドカップアジア最終予選最終節。高校時代のライバル香田からのパスを決めた俺の復活劇は、一気に日本を飛び越えて世界でも認知されてしまったのだ。これには、香田がちょくちょく俺の名前を出して、自分のライバルだとか自分が勝てなかったとか海外のインタビューで答えていたからと云うのも原因なのだが……まあ悪い気はしないけど。



 それからは、幾つか海外からのオファーもあった。流石に30歳になってから新天地に行くのも気が引けるんだよな。年末の忘年会で皆で集まった時にも言ったけど。


 でも、前提として、まだ正式なオファーを受けた訳では無い。結局はワールドカップでの活躍次第になるだろう。



 今は余計な事は考えない。初めてのワールドカップなのだ。それこそ、全サッカー選手の夢の舞台に立てるかもしれないのだ。



 明日、メンバー発表が行われる。………落ちてたらどうしよう?

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