第25話 革命と陥落

『これで日向は、ハットトリック…おや?笛が鳴ってます!あ!ノーゴールです!ノーゴールの裁定です!』


『ん~、どうやら内村君の蹴ったボールがラインを割っていた様ですね』


『なるほど~。これは東条、惜しいチャンスを逃しました!』



 嘘だろ?ノーゴール?


 思わず主審に詰め寄る。


「本当にラインを、割ってたんですか!?…ちゃんと見てくれよ!」


「おい!?やめろ!日向!」


 権田が慌てて俺を止める。自分でも何を言ってるのか分からない程、頭の中が真っ白になっていた。

 折角決めたゴールなんだ。苦労して、膝の痛みを我慢して決めたゴールなんだ!ノーゴールなんて、冗談じゃない!!



「……あっ……」


 …俺の目の前に、イエローカードが提示される。



『ああ~っと、これはいけない。主審に抗議をした日向に、イエローカードが出されました』


『これはいけませんねー。高校生はフェアプレーが基本ですから。審判に物申すのは絶対にいけません。下手すりゃ一発でレッドが出ますからねー』



 …なんてこった。俺が、この俺が、審判に楯突いて警告貰うなんて…。



 ショックで項垂れてると、主審の笛が鳴り、歓声があがる。まさか!?



『帝都、センターバック権田が前線に残っている隙に一気にカウンター!日向のイエローなどで棒立ちになっていた東条、反応が遅れた!』



「しまった!?戻れーっ!」


 権田が慌てて走り出す。


 …なんてこった。俺のせいで!



 帝都は一気にボールを運び、そして…香田へボールが渡った。



 その光景はまるでスローモーションの様に見えた。



 香田が、味方との早いパス回しからの連携で東条ディフェンス陣を崩す。



 そして、最後は自ら切り込み、華麗なシザースでディフェンス二人を抜くと、放たれたボールはキーパーの脇を抜けてゴールネットを揺らしたのだ…。


 そのプレーは同じピッチにいた俺の心すら奪う程に美しい、正に“天才”にのみ可能なプレーだった…。



『決まったぁーーっ!ゴオオォォォォォォール!決めました!後半35分!遂に不屈の皇帝・香田がハットトリックを決めました!帝都高校が、常勝の絶対王者・日向率いる東条学園から遂にリードを奪いました!!』


『アンビリーバボー!アンビリーバボーですよこのゴールは!!』



 帝都の選手達が輪を作って喜んでいる。その中心には、香田がいて…なんか何処かで見た事がある風景だな。



 会場全体に異様な雰囲気が漂い始めた。



 “遂に、東条の無敗記録は阻まれるのか?”


 “遂に、常勝の王様が敗れるのか?”


 “遂に、香田圭司は日向大輔を越えるのか?”



 人々の期待は俺達の…俺の勝利では無く、幾度と無く俺に立ち向かい、尽く打ち砕かれた香田の初勝利の瞬間を待ちわびる様な、そんな異様な雰囲気になっていた。



「くそっ、ここはアウェイかよ…」


 権田が呟く。


「なんなんだよ…なんなんだよ!これ!?」


 内村が叫ぶ。


 残り時間僅か。追い付く為にはここから猛反撃する必要があるにも関わらず、帝都の勝利を願う観衆の声は、東条のメンバーのモチベーションを削ぎ落とした。



 俺の頭の中では、確信に近い思いが渦巻いていた。


 俺と香田の差は、これからドンドン開いて行く。


 俺が本気の香田にもし勝てるとしたら…多分今日が最後の機会だったんじゃなかったかと。



「まだだ!まだ追い付ける!諦めねぇ!俺は絶対に諦めねぇぞ!!」


 そう認めた瞬間、俺はガムシャラにボールを追い始めた。


 足の怪我等、一切気にせずに。



 既に時間はロスタイムに入っていた。


 勝とう…と云うより、負けまいと必死に走り回った。


 それでも、例えオーバーペースだったとしても、自分からボールを奪いに走り回ったんだ。



 すると香田が不安そうな表情で話し掛けて来た。


「おい日向!お前、怪我してるんじゃないのか?」


「…負けねえ。お前には、絶対に負けねえ!!」



 そして、もういつ終了のホイッスルが鳴ってもおかしくなかったその時、相手ゴール前で一本のこぼれ球に反応したのは俺と香田だった。


「おい!日向っ…」


 何かを言い掛けた分、香田の出足が遅れた。


 先に追い付いてミドルシュートを放つ。放てなければ…負ける。



 横からは並走する香田の足音と荒い呼吸が聞こえてくる。クリアされればホイッスルが鳴るかもしれない。


 タイムスリップして、俺が得ていた貯金…偽りの実力差が完全に無くなってしまう。



 必死で走った。呼吸なんかしてる場合じゃなかった。


 あと1メートル…俺の方が早くボールに辿り着ける!そしたらあとは蹴るだけだ!頼むぞ右足あいぼう!!





 “ブチィッ……”





 俺のが悲鳴を上げた…。



 あれ?視界が地面を捉える。


 そのはち切れた様な音と共に、俺は頭から激しく転倒した。



「日向!?おい、日向ぁっ!?」



 香田が俺の名を叫んでるのが聞こえる。その声を聞きながら…俺の意識はゆっくりと途切れていった…。




 2対3。


 この日が、帝都高校が東条学園の無敗記録を途切れさせ…香田圭司が、初めて日向大輔を越えた日となったのだった…。

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