第20話 タイムアップ

 それからは一進一退の攻防が続いた。


 逃げ切ればグループステージ突破のアルゼンチン。


 追い付けばグループステージ突破の日本。


 香田のゴールで流れを掴んだ俺達は、最後の攻勢に出ていた。



 ―後半45分。



「守れ!残り時間は僅かだ!全員で守れ!」


 ミッシが叫ぶ。守勢に回ったアルゼンチンのゴールが固い。


 時間はもう殆んど残されていない。ロングボール一本でパワープレー勝負も一つの手なんだろうが、おそらく高さとフィジカルで上回るアルゼンチンに跳ね返されるだろう。


 なら、やはり日本特有のアジリティを活かした攻撃で攻めるしか無い。


 しかし、アルゼンチンはほぼ全員が自陣ペナルティーエリアに入り、完全に守り切る体制。

 イタズラにボールを回しても、全く突破口が見当たらない…。くそっ!



「~パスをくれっ!」


 香田がパスを要求した。どうするつもりだ?


 香田がペナルティーエリア付近からシュートを放つ…がディフェンスに当たって防がれた。


 これだけの人が密集してる中だ。ドリブルしてもシュートを打っても止められる。でも、イタズラにパスを回してるだけじゃあ隙は出来ない!なら、今の香田の様に入る見込みが無くてもシュートを打つべきか?



 俺がルーズボールを拾うと、目の前にミッシが立ちはだかった。


「時間的にラストワンプレーって所かな?行かせないよ、ヒューガ」


「ミッシ…」


 目の前には、史上最高のサッカープレイヤーと呼ばれる事になる男がいる。悔しいが、シュートを打つ隙がない。



 …!?香田と目が合う。…なるほど。



「なぁミッシ。お前の個人技は凄い。けど、サッカーはやっぱりチームプレーだよな」


「なに?」


「一人じゃあお前には勝てないかもしれない。でも、二人なら!」


 俺は意識して香田の方向を見る。ミッシも釣られて香田を見た瞬間、左足アウトサイドでカットインした。


「なにっ!?」


 ミッシを置き去りにしたが、目の前には既にDFがカバーに来ている。そして…完全に俺のドリブルを警戒してる!

 カットインするフェイントを一つ入れ、ボールをサイドに蹴り出した。そこには、香田が待ち構えていた。


 先程、香田はアイコンタクトを出してきた。何故か、アイツの考えてる事が読めた気がしたんだ。



 そして、最大限の力を込めて加速し、ゴールに向かって一直線で走り出す。その影響で、怪我した膝が少し軋んだが、ここに至っては気にしてられるか!!



 香田は天才だ。必ず、ディフェンスの網を掻い潜るスペースに、低い弾道の高速パスを出してくれる。


 なら、俺はそのスペースを察知し、ボールに追い付けば良い!



「決めろよ!王様ァ!!」


 香田から放たれたボールは、これまで以上に早く、鋭い弾道を描く。

 なんて厳しいパスだ!でも、この位のパスじゃ無きゃアルゼンチンのディフェンスは崩せないのも分かってる!



 …合宿中も、俺は、何かに追われる様に、練習以外の時間も他のメンバーに隠れて、スルーパスに対応する為にダッシュ練習を繰り返した。

 近い内に香田の本気のパスに反応出来なくなるのでは無いかと、毎日不安と戦っていたんだ。


 必ず、必ず追い付くんだ!



 ペナルティーエリアに侵入する。パスコースの予想は合ってる。あとは追い付くだけだ!


 相手ゴールキーパーの手前、触れさえすれば、ゴールに繋がる!


 ギリギリだ…!思い切り足を伸ばす!



「触れろーーーーっ!!!」









 …………ボールは、俺の足に触れる事無く、そのままキーパーの腕の中に収まった……。




 ―ホイッスルが鳴った。



 2対3。俺達、U-17のワールドカップは、グループステージ敗退で幕を閉じた…。




「…ふぅ、危なかった。まさかあんな強引なパスを出すとはね…コーダ」


「……」


「だんまりかい?ショックなのは、負けた事?それとも、信じてた王様が、自分のパスに応えてくれなかった事?」


「…自分にだよ。俺は、パスを出す時、アイツが怪我してる事を忘れてた。そんな自分に腹が立ってんだよ」


「大したプロ意識だね。でも、彼はそうは思わないんじゃないか?絶好のパスだったよ、今のは。正直、やられたと思ったもん」


「…」


「ま、君とはいずれ、プロになったら必ず戦う日が来るだろう。リベンジマッチはその時受けて立つよ。コーダ」


「……くそっ」


「あと、王様なんだけど、前言を撤回させて貰うよ。2点目もそうだし、今のカットインも、単純だけど止められない…正に僕の目指すプレーだった。正直驚いたよ。同世代に僕に並ぶ選手がいるなんてね。

 でも、なんか彼はね。ああいうタイプは、若い内に怪我で自滅するパターンが多いんだ。

 僕も怪我で夢に破れた才能ある若者をいっぱい見てきたから分かるんだ。

 もし、君が彼とこれからも一緒にプレーを続けたいんなら、早めに忠告してあげた方が良いかもね」


「…なんだと?アイツが…?」





 …俺は、天を仰いだまま動けなかった。


 チームが負けた。俺を擁する今回のU-17日本代表は、香田や権田等の有望株が揃い、黄金世代とも言われていた。


 当然、今大会も期待されていただろう。でも、蓋を開ければ、俺は結局ノーゴールのまま、グループステージで敗退してしまった。


 対して香田は、海外の強豪にも一切怯まず、チームを引っ張っていた。



 最後の香田のパスも最高だった。あれしか無いと言っても良い程の。…でも、俺はそれに追い付けなかった。



 心の中では、来るべき日が来た事を受け入れてしまっている自分がいたんだ。



 …とうとう香田は俺に追い付いた…。

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