第19話 反撃の狼煙

 後半。


 遂に俺の出番がやって来た。


 点差は1点。引き分け以上でグループステージ突破。でも、前半を通して、明らかに実力はアルゼンチンが上だ。


「まず1点だ!勝つ気でやるぞ!」


「「オオッ!」」


 ロッカールームでは、ミーティングが終わり、キャプテンの俺の号令にチームメートが応えた。



「流石は日向だな。正直、点を決められてから皆テンションが落ちてたからな。お前がいるのといないのじゃ全然違う」


「何言ってんだよ、権田。前半を1失点に抑えたお前らディフェンス陣は、もっと自分達を誇れ。あのドイツですら3失点してるんだからな」


「後半はもっと攻めて来るかもしれないし、3失点で収まればいいが…」


「弱気な事言ってんじゃねーよ。3点取られたら俺が4点取り返してやるさ」


「ハハッ、やっぱ流石だよ、お前は」



 ピッチに出る。すると、俺を見つけたミッシが近寄って来た。


「お!遂に来たね、ヒューガ!」


「ん?…えっと…は、はい」


 ミッシに話し掛けられた…。正直、サインでも貰いたい気分なんだが…。よし、絶対にユニフォーム交換してもらおう。因みに、今の俺は海外移籍も視野に入れてるので、簡単な英語・スペイン語・イタリア語ならなんとなく会話が出来る様になっていた。


「コーダが言ってたよ。ヒューガが出てきたら必ず点を取るって。僕もまだ今日は点を決めてないし、負けないからね」


 香田の奴、そんな事言ったのかよ。あのミッシ相手に。


 …いや、タイムスリップ前とは違うんだ。今の俺は、ミッシ同様、あのバルセロナからもオファーが来てるんだ。立ち位置的にはそんなに差が無いんだ!


「面白い。期待に応えられる様に頑張るよ」


 俺はU-17日本代表のキャプテンであり、常勝の王様だ。動揺してる姿は似合わない。

 常に堂々と、自信を持ってプレーするんだ。それが、味方には頼もしく、敵にはプレッシャーになるんだから。



 ―後半が始まった。



 違和感はあるものの、足の具合はそんなには悪くない。これなら通常通りプレー出来るだろう。


 前半を見た限り、アルゼンチンのディフェンスはドイツ程統率が取れてない。

 それに、前半香田の動きが良かったので、注意が俺より香田に向いている。そこを狙わせてもらう。



「へい!」


 すんなりと俺にパスが渡る。ディフェンスのチェックはやはり甘い。…これなら、直ぐにでも行ける!



 ゴールまで40メートル。少し遠いが、ディフェンスのチェックが遅いのでシュートコースが空いていた…。


 高橋にアイコンタクトを送る。高橋は頷き、走り出した。


 その瞬間、ワンドリブルで助走を付けて、思いっきり右足を振り抜く。


 放たれたシュートは、低い弾道でゴールへ向かって一直線に飛んで行く…が、辛うじてキーパーが弾いた…しかし、弾いた方向には詰めていた高橋が走り込んでいて、そのままこぼれ球をゴールに押し込んだ。



「いょっしょあああーーーっ!!」


 後半開始早々、高橋のゴールが決まり、1対1、同点に追い付く事に成功した!


 シュートのコース、弾道、回転をコントロールし、キーパーが弾く場所を限定させて高橋が詰める。練習でも何度か試した形が上手くいった。


「やったぜ大輔ぇーーー!俺がアルゼンチンからゴール決めちゃったよぉーーー!」


「よく詰めてた!さあ、一気に逆転だ!」


「「オオッ!」」



「…やってくれるね、ヒューガ。ちょっと、本気出しちゃおうかな…」



 後半開始早々の同点で波に乗るかと思われた日本だったが、本気になったアルゼンチンが牙を剥き始めた。


 ミッシがタクトを振り、他の選手が躍動する。



 ―後半11分。


 ミッシがボールを持ってディフェンスを引き付けると、またも絶妙なタイミングのスルーパスがデービスに渡り、今日2点目のゴールを許してしまい、あっさりと突き放されてしまった。



 その後、反撃に出ようとするが、アルゼンチンは攻撃の手を緩めない。ほぼ全員で攻め上がり、次々とシュートを放っては日本ゴールを脅かす。

 これだけ攻められると、攻撃に枚数を割けず、俺は前線で孤立してしまう。


 …それは、東条学園中等部時代、格下相手に息の根を止める際に用いた戦術と似ていた。


 まさか、こんなにも地力に差があったって云うのか?




 ―後半27分。


 なんとか守っていた日本だったが、遂にミッシが己の牙を剥いた。


 ペナルティーエリア付近で味方とのワンツーでエリア内に侵入すると、マークなどお構いなしに華麗なステップでマークを外すと、ゴールネットにシュートを突き刺したのだ。



 1対3。残り時間は15分程。ここに来て、痛すぎる失点だった…。



「…くそっ、諦めるな!まず1点だ!1点返そう!」


「「………」」


 今の失点がチームに与えたダメージは大きい。いや、最早絶望的とも言っていいのかもしれない程のダメージだった。



 こんな時、チームの雰囲気を一気に変えられる…俺はそんな選手を目指してたんじゃなかったのか?


 そうだ…逆に、チャンスじゃないか。見せ場がやって来たと思えば!



 ―後半35分。


 敗戦ムードが漂う中、漸く良いポジションで俺にボールが渡った。既に2点リードしているアルゼンチンは、守備に充分な枚数を割いている。


 ここまで然程激しいプレーをしてなかったから、足は問題無い。


 …行くか!


 前を向き、ドリブルで突破を試みる。ディフェンスの数が多い。このままだと苦し紛れのシュートを打たされて終わりだな…。


 だが!無理を承知で突破を図る。右へステップして左足のアウトで左へ抜けると、ディフェンスを何人か引き連れる形を作れた。そして、ヒールパスを送る。アイツなら、絶対に走り込んでいると信じて!


「決めろ!」


「分かってる!」


 走り込んで来た香田が、アルゼンチンのゴールネットを揺らした。



 2対3。残り10分で1点差まで追い付いた。



「よーし!もう1点だ!追い付くぞ!」


「「オオッ!」」


 1点取った事で、味方も息を吹き返した。


 香田にゴールを譲ったのは癪だが、今はチームのグループステージ突破が最優先だ。


 必ず追い付く!そして、決勝トーナメント進出だ!

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