第05話 推し量られる理・下

「僕の記憶が奪われた時点で、謎を解きたい側、解かれたくない側の対立構造が存在することが確定しました」


 八月十五日。雨が降った帰り道。

 魔術学における、いくつかの不自然な魔術秘匿も鑑みて。最後に見たヤナギ先生が、僕の記憶を奪った一連いちれんの首謀者だろうと思う。


「封じられた記憶。師匠せんせいと逸話について情報を集めていたあの日々を無かったことにされた」


 師匠せんせいと過ごした時間がゼロに還元された。

 逸話の謎を解こうとしたからか、魔術について学びなおしたからか。


「もし、御影市外の存在との接触がその要因になったとするならば」


 要因は色々と考えられるけれど、どれも柳先生と会ったあの一瞬で判別できるものじゃない。けど、何かに気がついて、強硬手段に出たのは確かだ。


「この対立構造における解かれたくない側が、『紅い月夜の魔物』、『イツツ杜の扉』。この二つの逸話を作成したと考えられませんか」

「ナナミ君に接触をした、私という存在を消すために?」

「そうでしょう。……探偵事務所いえも、無くなってましたし」


 ただ消す、というよりかは、完全なる抹消に近い。痕跡を消す。手がかりを消す。記憶に繋がるものすべてを消す。


「彼らには、隠したいがあるのでしょう」


 何故か購入した道具とサシェが残ったから、店主の手によって僕は思い出せた訳だけれども。

 

「逸話というカムフラージュを使って外からの接触を拒むほどに。……最も、ハッキリとしたことは言えませんが」

「――本当に?」


 僕の尻すぼみな言葉に、間髪を入れずに師匠せんせいが言う。その目は青く、いや蒼く、深い色。


「言えないのか、それとも――」



「――



「……っ!」

「さて、どっちかな?」


 言葉遣いこそ柔らかそうであるものの、ふわふわとした雰囲気の物腰柔らかな師匠せんせいは其処には居ない。

 肘掛けに両肘をついて、口の前で両手の指の腹を合わせ。そしてただじっと微笑みを浮かべられる。それだけで、言いようのない圧迫感を与えられる。

 だけどこれは、――譲らない。


「話を、進めますね」


 笑みを張り付けろ。無表情よりも仏頂面よりも何よりも強い、相手を黙らせられる笑顔を。

 にらみ合うこと、約三十秒。

 店主が咳払いをして、静寂を終わらせる。


七海ナナミ君」


 続きを、と目で訴えかけられる。


「――はい」

「……かわされちゃったなあ」


 ざーんねん、と師匠せんせいが相好を崩す。

 軍配は僕に上がった。店主が僕と懇意こんいにしてくれていてよかったし、師匠せんせいの胡散臭さがこの場面で役に立つとは思わなかった。


「それで。……『終焉しゅうえんの鐘』にどう関わっていると?」


 店主のバリトンが、空気を変えてくれる。

 師匠せんせいも諦めてくれたことだし、それに乗らない手はない。


「『紅い月夜の魔物』、『イツツ杜の扉』。この二つはあまねく御影の中で知られている話です。しかし、『終焉の鐘』は違った」


 僕自身、駿シュン達に聞いた時には知らなかったし、三人についてもうち一人ひとり幸太コウタは知らなかった。


「内容も実体もハッキリとしている前者二ぜんしゃふたつに対して、詳しいことが何一なにひとつ語られていない後者」


 逸話としての解像度の低さ。作り込みの甘さが、『終焉の鐘』は他の二つと比べるとどうしても目立つ。


「そこで思ったのです」


 それでも存在している、その意図は?


「三つの逸話が同じ目的の為に存在していると、三つセットでひとつだと考えていたのが間違いなのでは、と」

「……謎を解かせたい側、か!」


 ハッと気が付いたように、店主がそう零した。僕の推理を聞いていく中で、段々と分かってきたってことだろう。頷いて答えた。


「謎を解かせたい。そう思う側が、逸話を追う上で必ず気がつくように、ではないのでしょうか」


 外から来たならば、不自然な存在である逸話を知ろうと、それらを暴こうとするだろう。なら、体面として逸話の形を取ることで必ず存在を知るはずだ。


「全てが終わるときに鳴り響く。終焉は命の終わりを意味していますが、その命が何を指しているのか。全てが終わるというのが、隠匿された事実が明るみに出るという意味だとしたら」

「『終焉の鐘』。これは謎を解く重要なキーとなる、言わば偽りの逸話ってことかな?」


 僕の最後を引き継ぐようにして、師匠せんせいが言う。


「逸話の真実を知るための重要な足掛かりであることは確かでしょう。しかし」


 偽りの逸話、ねえ。

 わざとじゃないんだろうけど、駄洒落ダジャレか、オヤジギャグなのかと思ってしまうのは僕が悪いんだろうな。

 しかし、だ。


「偽物、とまでは断言できないと思います」

「おや。それはどういった意味合いだい?」

「ただ、……神秘を纏った逸話でない、実在していないとは断言できない、ということです」


 確かに、“排他機構である”という判定条件ならば、『紅い月夜の魔物』、『イツツ杜の扉』は真であり確実に『終焉の鐘』は偽だ。

 だけれど、“神秘を纏った逸話である”という判定条件ならば、話は別だ。


「前者二つを作成した側から見れば、予想だにしていない存在ではあるのでしょう。ですが、これもまた“神秘を纏った逸話”だと僕は思います」

「その、……理由は?」


 店主が畳み掛けるように尋ねる。自分でもわかっている。理由、というには余りにも弱い。けれど、それでもこれがただ偶然で済まされるとは思えない。




「鐘。それが――御影市のシンボルとして掲げられたモチーフだから、です」



「ああ、成程」


 それだけで師匠せんせいは理解したみたいだった。

 学校、公園、市役所、駅、交番、警察署、その他諸々の公的機関に何らかの形でモチーフとして用いられている、鐘。


「木を隠すなら森の中。この街に多くある鐘の中に、『終焉の鐘』を隠しているということだね」

「……はい、そう考えました。まんいち、存在に気が付かれたとしても、でしょう」


 除夜の鐘みたいな和風の釣鐘つりがねだったり、はたまた教会に設置されて居そうな洋風の鐘だったり。形状は様々でも必ず設置されていて、小さなものも合わせれば、その数はゆうに五十どころか百を超えるだろう。


「これを、ただの偶然で一致しているものだ、と。そう片付けていいとは思えませんでした」


 逸話として流布することは、少なからず相手方への発覚のリスクもある筈だ。それでも、この曖昧な形でも存在している。

 僕らにとっても、柳先生にとっても予想だにしていない切り札ジョーカー。その可能性が高い。


「確かにそうだねえ。世の中には、偶然なんてものは存在し得ない。偶然というものは、必然たる理由が見えていないだけなのだから」


 師匠せんせいが、独り言のように呟いた。

 反響するように、思い出される言葉。


『無意識下の行動理念、思惑、動機。咄嗟の行動に色濃く出るのは日頃の癖。それは、いついかなる時だろうと変わらない。他者を観察しろ。見えないからといって思考を放棄するな』


 魔術戦闘でボロボロになった僕に、柳先生が言った言葉だ。

 全てのものには理由がある、と他ならぬ柳先生アノヒトがいつも言っていた。だったら、たまたま一致した、と終わらせるのは悪手だろう。

 それに、だ。


「加えて、『終焉の鐘』自体に心当たりがあります」

「それは、……どの鐘か分かる、と?」


 店主に頷きで返す。こればかりは、師匠せんせいも驚いているようだった。


「全てが終わった時に鳴る鐘が『終焉の鐘』である。ということは、今現在の御影市において、未だかつて一度も鳴ったことのない鐘であることが伺えます」

「……そう、だろうな」

「しかし、基本的に御影の生活の中に鐘は日常的に取り入れられています」


 市中にある鐘の多くは、日常的に使用されている。学校では授業の始めと終わりに鳴り、駅や市役所では時間と告げる鐘になる。

 公園などでは、子どもの帰りを促す為に午後五時丁度ちょうどに必ず鳴り、交番・警察署では緊急出動時に用いられている。


「ならば。鳴ったことの無い鐘がある、というのは不自然なのでは?」

「はい。しかし、図書館にて読んだ一冊の本に、こう記述がありました」


 図書館で御影市について色々な本を読んだ、その知識が繋げる推理。

 数ある御影市についての本の内、御影タワーにフォーカスした本に乗っていた話だ。



「御影タワーの展望台の。業務用エレベーターで昇り、非常用扉から出た点検階段の踊り場。そこにひとつ、鐘が取り付けられている、と」



「……不自然極まりないね」


 小学生のとき、御影タワーへの遠足でも説明された覚えのない内容だった。シンボルであることから御影タワーにも設置することに、とか書かれていたが、シンボル然とするならば目に付く展望台に置くか、もっと大きな鐘を設置するだろう。


「記述があるのはその本だけかな?」

「読んだ本に限られますが……御影タワーについての記述は多く散見されても、鐘について確認されたのはその一冊だけです」


 流石に図書館にある御影関連の本全てを読んだわけじゃない。だけれど、普段少しずつ読んでいた本や、師匠せんせいと行った時にぱらぱらと読んだものの中では、話の内容に反してたったの一冊にしか載っていなかった。


 沈黙。

 店主が重苦しい表情を引っ提げ、師匠せんせいは満足そうに笑んだ。

 カウンターからグラスを手に取って、麦茶を飲み干す。




「僕の推理は、以上です。お付き合い有難うございました」



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