第4-1話百合の花が咲く朝、新たな攻防戦が始まる

「ガデバウム様に角があったなんて、知らなかった」


 朝食を終えた燐里は、ボタンを外しパジャマを脱いぐ。


「おいおいおい、小学校レベルの常識だろ、それ」


 隣室のリビングで針田は呆れた。

 固有名詞が違うだけで、魔界も人間世界も変わらない世知辛いニュースを見ながらなので、2割増しになっている。


「だって教科書は、他の魔王族と違って、名前だけだもん」

「唯一の部下だろ。直に会って話しているのに」

「角なし状態でね」

「…そうだな」

「細かくは言えないけれども、原型とどめてないからね。

 その言い方からして、針田は知ってたんだ」

「うちの上司からな」

「まあ、そうだね」


 2LDKのアパートを一緒に住む1人と1匹だが、上司は違うようだ。


「それが人間の肩に入り込むとは…かなりやっかいだな」

「角はガーゴイルを消したら、また引っ込んで見えなくなったし。あの時、つかみ取ったら回収できたのかな」

「かもしれないが、俺らの生命が窓ガラスみたいに木っ端みじんになる」

「窓ガラスネタを振らないで…」


 昨日、長い反省会をやったので、針田はそれ以上にいじるのをやめた。


「それにしても人間の体に入り込んで何ともないのが奇跡でしかないな」

「魔法少女になっちゃったよ」


 立ち直った燐里は制服のブラウスを羽織りボタンを止めようとしたが、視界に全身鏡が入ると、支度の手を止め、自分の胸元が見えるように角度を変えた。僅かでも成長していないかチェックするが、表情は渋い。


「それも謎だな」


 針田は人間サイズの湯飲みを軽々と持ち上げて、お茶を飲む。


「まあ、欠片が角と判明した今、かなりやっかいになったのは間違いない」

「どうして?」

「額の角だぞ。かなりの魔力がこめられている。燐里が見つけた脳の1部『海馬』の次に重要な欠片になるだろう」


 燐里の曖昧な返事を聞き流しながら、針田はハリネズミには似合わない険しい表情になった。


『何よりも上の奴らが騒がしくなる。魔界だけじゃなく、光側も干渉してくるかもしれん。

 第一、角を回収したら、ガデバウム様の力も強くなってしまう。今まで燐里がせっせと集めてきた、爪や歯といったレベルではない。

 燐里や我が一族が危険にさらされる恐れも…ないとは言えない。念のため手を打っておくべきか……いや、もうちょっと様子を見てからにするか』


 考えがまとまらないまま、とりあえずスマホを手にしようと、針田は小さすぎる手を伸ばした所で、充電していない事に気づく。


「燐里、着替えたか?そっちにスマホの急速充電器あるだろ? 取りにいきたいんだが」


 隣の部屋につながる和室のふすまを開けた針田は、鏡の前で手を胸に当て、重量を確かめる燐里を見ることとなった。


「きゃあ、何、勝手に開けてんのよ」


 赤面する燐里に対し、針田はふすまを閉めたものの、謝罪の言葉はなかった。


「安心しろ。保護 兼 監視対象者に手を出すほど、終わってはいない。第一、その体型じゃあ…」


 鬼の形相をした燐里はふすまを開け、急速充電器を握りつぶした。





「全く信じらんない」

「それはこっちのセリフだ。お陰でスマホ使えないじゃないか」


 燐里は後方を睨みつけて針田を黙らせたが、そこに空中を空中移動するハリネズミの姿はなかった。

 その代わり、小さなハリネズミのぬいぐるみがスクールバックに取り付けられている。

 針田は伸縮自在で、材質も変えられるようだ。



 燐里が角を曲がり校舎が見えてくると、同じ制服を着た生徒たちを見かけるようになる。

 ぬいぐるみの針田は、辺りを見回し、離れた所を歩く静馬の後ろ姿を見つけた。


『静馬は大丈夫だろうか?

  人間世界、特にこの国は戦闘には無縁な環境で、自分が襲われるどころか、ガーゴイルが消されていくのを目の当たりにした。

 心のケア、精神安定魔法でもかけておくかな」


「あ、静馬だ。おはよー」


 燐里も気づき駆け出す。

 近づくにつれて、針田は静馬の表情に違和感を感じた。


『表情にこわばりがある、やはりガーゴイルの一件で、心に傷が…にしては変だな。戦闘傷心なら『怯え』があるはずなのだか、全く感じられない…ん?』


 針田は違和感の理由に気づいた所で、燐里は静馬にたどり着いた。


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