第3-2話欠片の主

「誰だ…ってモンスターだ、飛んでる」


 驚きの声を上げている間に、燐里と針田は静馬の前に移動しガードする。


「うわぁ、ガーゴイルだ。ゲームで見るのと変わらない。しかも飛んでるし。角があって服まで着て、こっちの世界と変わらないなんて、何か笑える」


 黒に近い緑色の皮膚にコウモリ羽とくちばしを持つ人型のモンスターは、ホバリングをしながら人間に呆れた。


「…ガーゴイルを見るのは初めてなのか、こいつ」

「それが人間世界のルールよ」


 スマホを操作して魔法少女になった りんりは、そのガーゴイルに呆れた。


「人間世界に入ったら、人間と同じ姿にならなければならない。知らないとは言わせないわよ」

「羽と尻尾を出しているから、お前も違法だろ。そこの魔法生物も含めて」

「…こ、これは、魔法少女と、その相棒というコスチュームになるから良いの」

「なら、俺もコスプレだ」

「だったら降りなさいよ。人間は自力で飛べないから、コスプレにはならない」

「それはできない。足払いが得意魔法なようだからな」

「……」


 誘導作戦に失敗した りんり は心の中で舌打ちした。

 りんりが使用できる『足止め』は5段階中のレベル4で、足が地についている対象のみ有効であった。


 沈黙した りんりに変わり浮遊するハリネズミは、ガーゴイルに鋭い問いを向ける。


「りんり の魔法を知っているという事は、ゾンビ豚はお前の仕業か」

「ブラックなバイト先から頂いてきた。それをあっさりと売りやがって」

「割と言い値がついた。礼は言わないが」

「……。まあ良い。欠片が手に入るのならば、ゾンビピッグやレッド ビーも安くつく。

 人間が簡単に魔法や身軽な動きができたって事は、本物の欠片だからな」


 ガーゴイルは、ホバリング中の羽をぶんと強く羽ばたかせた。


『吹き飛ばし/レベル3』


 ガーゴイルの羽から生まれた突風が、りんり達に吹き付ける。


「うわっ、台風みたいだ」


 強い風に静馬は吹き飛ばされないように、耐えるしかなかったが、その静馬の上に影がさしかかる。


「吹き飛ばし魔法だけで済むと思ったか」


 見上げた先に、近づいていたガーゴイルと目が合った。

 強風で動きを封じて距離を縮め、ターゲットである静馬を狙う。ガーゴイルの手口が読めた時には、もう手にしていた短刀を振り上げていた。


「肩を切り落としてやる」

「そうはさせない」


 静馬よりも早く強風からの防御体勢を解除した りんりは、戦扇を広げて大きく振る。


『吹き飛ばし/レベル4』


 戦扇から生まれた暴風が、りんりの魔法を予測できなかったガーゴイルに吹き付け、後方に飛ばした。


「りんり、吹き飛ばしの魔法を使えたのか? アプリなしで使えるのは『足止め』と『戦意喪失』だけだろ」

「昨日、魔界に強制送還した時に、ガデバウム様が戦扇に付けてくれたんだ…けど」


 なぜか ため息をつく りんり は戦扇を見せた。


「あれ? クマのキャラクターだったよな」


 ゾンビピッグとのバトル時に見えた戦扇は、可愛いクマのキャラクターだったが、今はどう見ても個性的なアーティストが描いたクマと言うか、ただのミミズがのたくっているようなデザインで『可愛いクマ』は どこにも見当たらない。


「魔界で人気の戦うクマキャラクター『ウォーリアべあ』の限定戦扇。お年玉とおこづかいを貯めたお金を握りしめて、始発電車に乗って長時間の行列に耐えて耐えて耐えて買った、血と汗と涙の結晶だったのに。

 たった1回の魔法を付加しただけで、変わり果ててしまったのよ」

「魔法を付加したら変わるものなのか?」

「普通は変わらん。魔王族の不思議な力が働いたんだろう」

「……そういうものなんだ」

「まあ、りんり これで使える魔法が増えたんだから喜んどけ。それに世界に1つしかないガデバウムブランドだ」

「ガデバウム様にもうちょっと芸術的センスがあればなぁ…」


 りんり がため息をついた所で、吹き飛ばされたガーゴイルが戻り、空気は再び張りつめる。


「マジックアイテムがあったとはな。だが、俺の『吹き飛ばし』はレベル調整の可能なレベル5だ。純血なガーゴイルの血筋を持つ、俺に勝てると思うな」


 ガーゴイルは再びコウモリ羽を羽ばたかせる。さっきと明らかに振る力が強い。


『吹き飛ばし/レベル5』

「りんり」

「わかってる」


 りんりも戦扇を強く振った。


『吹き飛ばし/レベル2』


 しかし、戦扇から生まれた風は、最大にした扇風機の強さしかなかった。


「あれ?」

「おいおいおい、りんり、どうなっているんだ」

「そういえば、付加してくれた時に気力によってレベルが変わるって言ってたような…へへ」

「そんな呑気に話している余裕はないだろ」


 静馬の言う通り、それに気づいた時には、足が地から離れ、体がふわりと浮いた。


「吹き飛ばされる」

「静馬、『呼応』と『拘束』と叫べ。余裕があれば、蔓が3本、3人を縛り付けるイメージしろ」


 飛ばされ始める中、針田は冷静にリコーダーサイズの棒を静馬に渡し指示を出した。


「えと『呼応』それから『拘束』…うわっ」


 魔法少女になるという屈辱を考える暇はなく、静馬は右肩に存在する魔王族の欠片を使用する。

 受け取った棒から3本の蔓が伸び上がり、爆風になすすべのない2人と1匹の胴体に巻き付いた。


「静馬、棒をフェンスに向けて繋げるイメージを。

 りんりは、とにかく『吹き飛ばし』を使え。危機感を持てば、高レベルになるはずだ」


 針田の指示を聞き取った魔法少女たちは、それぞれの行動を始める、はずだった。

 しかし、またしても影が差しかかる。


「残念だが、俺には『吹き飛ばし』の耐性持ちだ。

 自分がかけた『吹き飛ばし』に吹き飛ばされる事はないって事だ」


 ガーゴイルは再び短刀を振り上げ、素早く振り下ろした。

 魔王族の欠片がある静馬の右肩に


「…」


 短刀が右肩に触れるまでの僅かな間、静馬に存在していた『諦めない気力』が体を動かした。

 無意識に棒をガーゴイルに向け、口を開き何かを叫ぶ。それは掛け声のような、言葉にならなかったが『やられたくない』というエネルギーが、欠片を反応させた。


「何だ?」


 棒の先から黒い固まりが生まれ、先のとがり少し湾曲した物体に変形する。


「角…」


 魔王族ガデバウムの姿を見たことがないのに、静馬はそれが額から伸びる角だと分かった。

 棒の先端に現れた角から、黒い閃光がガーゴイルの体めがけて走り、まるで綿アメのようにガーゴイルの胴体をあっさりと貫く。


 ガーゴイルの騒音のような断末魔は一瞬で消えたのは、体が消滅していったからだろう。


「りんり、このままだと落ちる」


 目の前の出来事に呆然とする静馬だったが、急を要する事態に直面していた。

 ガーゴイルを倒すまで僅かな時間だったが、爆風は2人と1匹を屋上のフェンスを越え、落下を始める。


「任せて」


 りんりは、気合いを入れて地面に向かって戦扇を振る。


『吹き飛ばし/レベル5』


 戦扇から生まれた爆風は、2人と1匹を軽々と持ち上げた。

 持ち上げて、さらに上昇する。

 ついでに爆風により、校舎の窓ガラスが割れる音も。


「……」

「帰ったら反省会な。あと、始末書」


 鳥のように上昇を続ける中、針田は小さすぎる手を頭に当てた。


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