没落した悪役令嬢が炭鉱で一山当てるまでのお話

甘味亭太丸

没落した悪役令嬢が炭鉱で一山当てたお話

1.転落編

「あぁもう最悪! どうしてこうなっちゃうのかしら、どうしてこうなっちゃったのかしら!」


 あちこちに宝石を散りばめた群青色のドレスを引きずりながら、私は野山を駆け抜けていた。舞踏会用の靴なんてとっくの三十分前に脱げてどっかに消えたせいで、足の裏はもうボロボロ、おまけにお化粧が汗ではがれてドロドロ。

 あぁだからお化粧はしたくないのよ!

 しかも見栄え重視のドレスだから走りにくいったらありゃしない。スカートなんて嫌い!


「それもこれもこの子が悪いのよ! どうしてもう少しつつましく生きてられなかったのかしら! 石を抱き淵に入るてなんて言葉もあるでしょうに! あぁ、そうだったわ、この世界にはそんな格言なんてないわね!」


 そもそも私は誰かって?

 私は末野いすず。大学二年生、専攻は地質学、趣味はパワーストーン集め。石が好きな二十歳の娘よ。

 でもそれは過去の事。

 一時間前、私はいすずではなく十八歳の女の子、マヘリア・ダンスタンド・キリオネーレになっていた。だから野山を走っている。

 どういうことかって? 私が知りたいことよ。ふと目が覚めたら私はどこかのダンスパーティーにいた。それは良い。でも目が覚めて聞いた最初の言葉が「婚約を解消する」なんていわれた日にはどうしたらいいのかわかるわけがない。

 でも、その瞬間、私は私を認識したの。

 私はマヘリアという一人の女の子に転生していた、と言えばいいのかしら。


「冗談じゃない、冗談じゃない。何が転生よ、何が悪役令嬢よ!」


 私はマヘリアという少女の事を知っている。いえ、実は詳しくは知らない。でも名前と、その末路を知っている。

 なぜって彼女は私が暇つぶしにやっていた剣と魔法な世界観のソーシャルゲームに出てくる悪役令嬢、ちなみに序盤のチュートリアルで消える中ボスだったからよ。ちなみに乙女ゲーム。

 本当に暇つぶしだったので序盤ぐらいまでやって放置していたぐらいだ。

 さておきマヘリアの婚約者はこの国、アラットラム公国の王子であるガーフィールド。でもそれは過去の事。ガーフィールド君、通称ガーディ君は今やこの世界の主人公である元平民、現在子爵家のご令嬢であるグレースにメロメロなのだ。

 オッケー、ここまでくれば大体どんな世界なのかは説明しなくてもわかるでしょ?


 つまりマヘリアが婚約を解消されるということはイコール、キリオネーレ家は没落するということ。理由は様々あるけど、一番の理由は彼女の、この場合は私のになるのかしら。とにかく、国の財政大臣だったマヘリアの父が不正を働いていたこともばれてしまうのだ。

 その結果起こることは簡単。誰にだって想像がつく。没落した貴族は追放。

 それで終わらないのが世の中。なんとマヘリアの両親は自分たちの命欲しさ、ついでに逃亡資金の為に娘であるマヘリアを悪い噂の絶えない女好きの貴族の下に売り飛ばすという暴挙に出る。

 その後のマヘリアの末路? 知らないわよ、描写なかったもの。


「変態親父のとこに行くなんてノーよ!」


 どうなったかは知らないけれど、どうなるかは予想できるし、私としても売り飛ばされるのはごめんだ。

 だから婚約解消を受けたその瞬間、私は、逃げた。

 逃げた先は山だった。なぜ山を選んだのかはわからない。多分無意識だったと思う。

 だけど、私は、それがちょっとした運命だったんじゃないかって思ってる。


2.運命編

 私は逃げた山の先で炭鉱夫たちと出会った。

 偶然にも私が逃げた山は鉱山だったらしい。炭鉱夫たちは意外と優しく、私には何も聞かずに匿ってくれた。

 ただどうにも娼館から逃げ出した娼婦見習いと思われていたらしく、たまにあることなんだとか。

 まぁそれはそれ。中にはスケベな人もいたけど、リーダー格であるアベルという男に助けられた。

 アベルは年は二十六歳と若いのだけど、見た目はかなりワイルドでぱっと見は四十に見えなくもない。

 日焼けした筋肉質な体、無精ひげも伸ばし放題。確かにツルハシやスコップを握ってる姿は似合う男の人。


「ここは……鉱山、石炭採掘?」

「ほぉ、最近の娼婦は博識だな」

「娼婦じゃないです」


 そして私が迷い込んだのは石炭を採掘する山だった。

 石炭。それは火力燃料として、人類の発展に大きく貢献してきた重要な鉱物資源だ。特に蒸気機関の燃料としては最も有名だと思う。SLとかね。

 でももちろんそれだけじゃない。とにかく石炭は燃える石、かつて日本では黒いダイヤと呼ばれた貴重な資源。

 その用途は様々なのは多分多くの人が知ってることだとは思うのだけど……。


「ま、山で石ころ掘ってるのは炭鉱夫だけなのは世間は知ってるわな。残念だったかい、逃げ出した先が最底辺の根城で」


 アベルは本気とも冗談とも取れない笑顔で語る。

 なぜってこの世界ではまだ、鉱山で働く炭鉱夫は重要視されていないからだ。

 不思議と思う人も多いかもしれない。でも、今、この時代において、石炭はあまり重要な資源ではないのだから。


「やはり、木材屋の方が今は?」


 人類の発展に貢献した石炭が重要視されないなんてなんだよ、おかしいだろと思った人も多いだろう。

 それがそうでもないのだ。

 まず、この世界というか元のゲームは剣と魔法が背景にあるけど、その大本の世界観は中世ヨーロッパだ。実は中世ヨーロッパにおいて石炭は使われはしたけど、そこまでメジャーな燃料資源ではなかった。

 色々と理由はあるのだけど、まず第一に、中世ヨーロッパの主な燃料資源は木炭。つまりは森林資材だ。一時期は山を丸禿にする勢いで伐採するせいで、時のエリザベス女王が直々に伐採禁止令を出したとか。

 とにかく、ヨーロッパ諸国で石炭が普及するのは中世ではない。近世と分類される時代、そして蒸気機関によるエネルギー革命の到来を待たなければいけなかった。

 それが大体十六世紀から十八世紀頃の話だ。


「……でも、私の見立てではあと数年もすれば国の山から木がなくなりますよ?」


 史実はさておき、恐らくここでも同じことが起こるはず。


「あん?」

「いえ、だって……国中の燃料を賄うんですよね? だとすると今ある森林資源だともって二、三年で枯渇しますよ?」


 つまり火が熾せなくなる。結果何が起こるのかっていうと、まずご飯が作れない。暖が取れない。

 ついでに家が建たない。木というのはそれほどまでに用途が多岐にわたる。

 無計画に伐採して使ってたらそりゃ枯渇するに決まってるのだ。うん。


「資源の枯渇はあっという間ですよ。今はまだ大丈夫だと思っていると根本からかつーんと蹴り飛ばされるぐらいには」

「ははん、つまりその時に石炭が燃料資源の代わりになるってわけだな。だが、それじゃまだ優位性がないな。火を熾すだけなら魔法使いがいる」

「国中の生活を賄えるような人数はいないでしょう?」


 えーと、ちなみにこのゲームというか世界だけど魔法が存在するのはさっき言った通り。でも魔法を使えるのは一部のみ。しかも全体的な母数が少ないと来た。まぁあれよ、魔法使いは貴族と思っていればオッケー。


「火を熾すのはそりゃ簡単です。魔法を使えばね。でも火を使い続けるのは無理です。伝説の魔法使いでも呼んで来いって話です。それに、木炭がなくなったらもっと困ることが起きますよ?」

「それは?」

「鉄が作れなくなりますよ? 鉄は重要ですよね。剣を作るにしても、農具を作るにしても……」

「はっはっは! 確かに鉄は重要だな。でもお嬢ちゃん、悪いが石炭じゃいい鉄は作れねぇ」

「そうですね。石炭に含まれる硫黄は鉄の質を悪くするから」

「イオウ?」

「あぁ、えぇと、とにかく鉄を悪くする成分と思ってください」


 石炭は確かに燃料資源としてはもうしぶんない火力を生み出す。だけど、一つだけ致命的な欠点があった。それこそが石炭に含まれる不純物だった。

 特に硫黄などは鉄を作る際に邪魔となる物質なのだ。


「そういや屋敷の錬金術師がそんなこといってたな……よくわからんが。ま、質が悪くても鉄は鉄。我慢をすることになるだろうが」

「いえ、木炭で作る並の鉄、できますよ?」

「あ? 錬金術師にでも頼むのか?」

「一日は二十四時間、一年は三百六十五日、その期間延々と錬金術師たちが鉄鉱石を鉄に変えてくれるというのなら、そうしてもらいましょう」


 魔法、なんでもありなのです。この世界の錬金術は鉄鉱石をそのまま鉄に変えられる。しかし、これは高度な魔法でできる人も多くはない。そんな多くない数の錬金術師に生活に必要な鉄を全て作れというのは不可能だと思う。

 休みなく、錬金術師たちは鉄を作る為に働き続けろ言うようなものだ。そんなこと実行したら反乱よ、反乱。


「じゃあ、どうするんだよ。石炭じゃ……」

「コークスを作るんですよ。ま、とにかくやってみましょう。うまく行けば鉄だけじゃなく、鋼も作れますよ?」


 岩の事は得意だ。鉱物の事は得意だ。

 何をどうすればいいのか、私にはわかる。


「これからは石炭燃料の時代です。幸い、まだこの価値を知っているのは私たちだけ……いえ目ざとい人ならもう動き出してるかも。だから今すぐに動いて独占しましょう。森林資源が尽きるその前に、石炭鉱山を確保するんです。どうするかはさておいてですけど」

「お、おい……お前、何を言って」

「アベル。お願い、聞いて頂戴。このまま最下層と馬鹿にされ続けるのか、それとも見下してきた連中を見返すのか、どっちを取る? 私がやろうとしてることはギャンブルだけど、今なら確実に儲かる。いいえ、必要とされることなのよ。鉄よ? 軍隊だって欲しがるわ。その鉄を今なら安く仕入れる石炭で大量生産するのよ? 今こそがチャンスなのよ? さぁ、どうする?」


 え? これじゃ悪魔の契約だって?

 こっちは生きるのに必死なのよ。


3.始動編

 さて、いきなりだけど鉄の作り方をご存じだろうか。

 方法は大きく分けて二つ。一つは隕石などに含まれる鉄をそのまま加工する方法だ。隕鉄というのを聞いたことある人も多いと思う。でも隕石なんて探すのは大変だし天文学的な確率に作用されるので当然、無理がある。

 むしろ一般的なのは鉄鉱石を加工する方法だ。これが今現在に至るまでの鉄の生成方法ともいえる。最近はスクラップの再利用なんかもあるけど。

 ま、それは置いといて、この鉄鉱石の加工方法、細かい理屈を除いて言うなら高炉と呼ばれる炉を使って鉱石を熱処理、内部の鉄分を抽出するというものだ。

 これを製鉄と呼ぶ。


「これは鉄を扱うものなら誰だって知ってることだと思うけど、鉄を作る方法は言葉で言えば簡単。高炉の中に木炭と鉄鉱石、石灰石なんかを入れてガンガンに火を熾して溶かして、取り出す。だから木炭、その材料となる森林資源は大量に必要だった……」


 これまた簡単に説明すると鉄鉱石に含まれる酸化鉄、ここから酸素を取り出し鉄を抽出するのに炭素が必要なのです。

 そう木炭は炭素なのです。そして酸化鉄の酸素を奪い取るのに重要な物質なのです。公式で説明したところだけど、さらにややこしくなるのでパス。

 とにかく、酸化鉄からどうにかこうにか酸素を取り出せば鉄になると思えばオッケー!


 でもいずれ森林資源は底を尽きる。その時、木炭に代わる素材が石炭なのだ。

 石炭も炭素であることに間違いはない。

 しかーし、ここで問題になるのは石炭に含まれる硫黄だ。それを取り除いたのがコークスと呼ばれる状態。

 西洋諸国がこれを利用し始めたのは十六世紀ごろ。ただし、それより前にコークスを利用し、鉄を大量に作っていた文明がある。


 それが古代中国だ。どーにもこの人たち、大昔の時点で鉄じゃなくて鋼すら作っていたらしい。古代中国侮りがたし。

 ま、それは置いといてこのコークスが発する熱はかなりのものだ。どうでもいい知識だけど古代中国ではこの石炭、コークスが放つ大火力のおかげで炒め物ができるようになったとかどうとか。


「とにかく、コークスを作るのよ。でも、これを他に知られちゃ駄目。どうせ、後でバレるでしょうけど、できるだけ秘密にする。一番の種だもの」


 そう。私が語る知識は既に私の世界の過去で起こったこと。この世界でもいずれは広まることだわ。

 でもそれは今じゃない。特に魔法という存在が発展を妨げる。

 これを言うのは二回目だけど、個人規模ならまだしも国家規模の製鉄を行う場合、数に限りのある、しかもプライドだけは高い貴族が休みなく魔法を使って錬金を行うなんて不可能! 絶対に無理って言いきれるわ!

 だから圧倒的多数の普通の人を使うのよ。人海戦術よ。


4.飛翔編

 多くの人々が目も向けない石炭による製鉄。質を損なわずに、安価で大量の鉄が作れる以上、簡単な算数で儲けは上回る。

 ま、実際は色々あるんだけど、そこは置いとく。

 とにかく、私の予測通り、世間では森林資材の枯渇が囁かれてきた。多くの資産家、製鉄職人たちはこぞって木材をかき集めているけど、そんなことは足の引っ張り合い。どうせなくなるのは目に見えてても、やめられないのが人間。

 右に倣えな大衆理論もここまでくると哀れの一言。

 そしてついに彼らはしぶしぶ手を出す。石炭に。でも、石炭に含まれる硫黄を取り除かなければいかないことを知らない多くの者たちは質の悪くなった鉄を売るしかない。


「なぜ、あの女の鉄だけは質が落ちない」

「きっと魔法で錬成してるんだ」


 そんな声が聞こえてくる。

 私はイエスともノーとも答えない。勘違いした人たちはマネする。

 えぇ、質の悪い鉄を錬金して整えれば売り物にはなるでしょう。でも、問題は発生する。


「鉄職人どもは魔法をなんだと思っている」

「貴族がかような煤けた場所で働くわけがないだろう」


 当然の衝突だ。

 国家を支える規模の鉄を作るのは大変だ。そこで働く人も同じだ。

 魔法を使えばそりゃ簡単よ。ちょちょいのチョイだもの。でも魔法使いも人間、ただし限られた者しかいない。そんな少ない人間たちで回せるはずがないと私は何度も言ってきた。

 何より貴族にもプライドがある。国を支えるという仕事は彼らにプライドを与えるかもしれないが、鉄を作る為だけに魔法を使わせるのでは立場が逆転してしまう。


「私どもの工場にも魔法使いはいます。ですが、彼らに仕事を頼むのはその殆どがボディガードでしかない。それか、鉄を錬金してもらい鉄細工を作ってもらう時だけ。職人の仕事なのですよ。ただ鉄を作るだけの部品とは違います」


 そう。魔法使いだって使いようだ。魔法は便利。でも使う人によって差が出てくる。鉄を加工すると一口に言ってもどう加工するのかは魔法使い次第。

 人によっては鉄で美しい鉄像を作る人もいれば、なんだかこうクリーチャーみたいな出来損ないを作る人も。


「ただ魔法が使えるだけのボンボンはいらない。美しいものを作れる魔法使いだけが必要なのです」


 魔法使いにしかできない、限られたものでしか評価されない。

 このブランド感はでかい。家のあとを継げない次男、三男の貴族たちは我先にと自分を売り込む。

 私はその中で切磋琢磨させる。

 競い合いが始まればおのずと商品価値を求めて質が向上するってなもんよ。

 そして私は質のよいものしか買わないし、売らない。そして目のよい商人たちは理解する。質が良く、安定した供給ができるものがいると。

 そうなれば、あとは簡単でございましょう?


5.魔女編

 ちなみに、忘れかけてたけど私、国を追放された身なのよね。そして仲間たちは最底辺の炭鉱夫。そんなのがまずどうやって事業を成功させたのかだけど、これにはカラクリがある。

 というか運がよかったとも言える。

 それがアベルだ。アベルは実はとある貴族の御曹司だった。しかし実家との折り合いがつかずに家出同然で抜け出してなんでか炭鉱夫になっていた。

 そんな彼が私の目的の為に実家に頭を下げてまで頼み込んでくれたのだ。

 もちろんそれだけで彼の実家が協力してくれるとは限らない。なので、手土産を持って行ったのだ。


「お屋敷の錬金術師殿にも見てもらえばわかると思います。これは、鋼です」


 そう、鉄より強靭な鋼を手土産にしたのだ。

 鋼ってなんだ。簡単にいうと、錬鉄と銑鉄の中間に位置する、軟か過ぎず、固すぎず、適度な粘り気を持った金属の事だ。固いだけの鉄は割れやすい、やらかい鉄は変形しやすい。ならその両方を併せ持つ金属をとなったのが鋼だ。

 チート? いいえ、科学です。


「鋼は今でも生産できる。手間がかかるのは私とて知っていることだ。ただ鋼を見せられただけで追放された小娘を雇えと?」


 アベルのパパは良くも悪くも厳しい人だ。だけどものの見方はわかっていると思う。

 鋼の歴史は実は結構古い。史実だけで言えば紀元前の頃には既にあったとされている。ウーツ鋼とかダマスカス鋼とか聞いたことある人も多いのではないかしら。

 あと、わが国日本においては刀の材料となる玉鋼、あれもそうだ。

 とはいえ、ウーツ鋼の製法は失われ、玉鋼はそもそも日本独自の製法。今ここで再現しろは無理。いや玉鋼はなんとかなりそうだけど、あれは規模が大きすぎる。

 でも、比較的安易に鋼を生産する方法はあるのだ。


「お言葉ですが、もしこの鋼を大量に……そうですね大きく見積もって二十トン規模の生産が可能と言えば、どうです?」

「夢物語だな」

「では証拠をお見せしましょうか? お時間を頂くことにはなりますが」


 そして私たちはアベルパパを認めさせるために鋼を生産して見せたのだ。


「恐らく、みなさんが思う鋼の作り方はるつぼを使用したものだと思います。実際、こうすれば質の良い鋼はできますからね」


 るつぼ製鋼法と呼ばれる手法だ。これは耐火性のるつぼに炭素の少ない錬鉄と炭を入れてガンガンに燃やして錬鉄に炭素を浸透させる方法。ただし資源をどか食いするわりに作れる鋼はたったの何十グラム。大量生産とはいいがたい。そりゃ剣とか装飾品とかを作る分にはそれでもいいかもしれないけど。


「これはちょっと準備に手間がかかりますが、これされ用意すれば一気に、それこそ大量かつ少ない人数で大量の鋼が手に入るのです」


 それこそがベッセマー転炉と呼ばれる手法だ。

 多くは西洋梨型の炉の中に製鉄の過程で作られるドロドロの銑鉄を移し替え、そこに酸素を送り込む。送り込むさいには炉の底、もしくは横から注入する方法をとる。本来、これを行うには機械技術の発展を待たないといけないが、ここは魔法の世界。酸素、空気を送り込む方法はいくらでもあった。それにふいごと呼ばれる空気循環機能を使えば魔法以外にも頼らなくてもいい。

 話は戻すけど、なぜ銑鉄なのか。これは単純に銑鉄に含まれるたくさんの炭素が燃焼材となるからだ。酸素を送り込んでどんどん燃やしていく。

 すると銑鉄内の炭素が取り除かれ、鋼に変わる。

 いうなればるつぼ製鋼法とは真逆のことを行うのだ。


「今でこそ、これは魔法の協力が必要です。ですが、原理としては理解していただけたかと思いますわ」


 もちろん転炉以外にも方法はある。反射炉というものを聞いたことある人も多いのではないか。無人島でアイドルグループが作っているあれ。あれももちろん重要かつ貴重な装置なのだけど、鋼を作るのにはちょっとばかり適してない。むしろ銅を作る時に重宝するわね。

 銅も重要よ。特に、銅貨作るときにね。でも、今はそれは無視してもいいわ。貨幣生産に割り込むにはまだ権力が足りないもの。


「この転炉を量産し、各地に工場を用意すればそれだけで、あなたは他の人たちより優位に立てる。今はまだ安価な炭鉱を確保するだけですもの。長い目で見れば、どれほどの利益を生み出すのか、わかるでしょう?」


6.女帝編

 そしておよそ八年の月日が経った。

 アベルの実家の援助もあって、私たちは次々に炭鉱を買い取り、掘り進めた。その過程で金銀、宝石、岩塩などの鉱脈も発見したけれど、それはまた別のお話。

 時勢の読めない人達は私たちが頭のおかしい奴に見えたかもしれないけど、森林資源の枯渇が目の前に迫った時、笑ったのは私だった。

 時代は鉄を求めた。特に質の良い鉄を。それを大量生産可能な私たちには莫大な富がもたらされる。


「マヘリア殿! どうか、どうかお願いします!」


 そして、ついにこの日がやってきた。

 あぁ、こうしていると自分は悪役令嬢の才能というものがあるのかもしれない。

 懐かしきわがふるさと、アラットラム公国。その首都トラッツェン。その中央にそびえたつバーダット城の大会議室にて、大勢が見守る中、私の足元で頭を下げる大臣の姿を見て、私は得体のしれない優越感に浸っていた。

 その男は国の大臣で、対する私は単に山を持つだけの女。ただし、このアラットラム公国ひいてはグラーツ大陸に存在する山の二十パーセントを手中に収めているだけ。


 いや、それだけじゃない。国内の錬金術師たちもまた私の味方だ。なぜなら私は彼らに特権を与えた。

 それこそ、ファンタジー金属の錬金だ。オリハルコンなどの特殊金属は逆立ちしたって私たちには作れない。なら、初めから彼らに任せればいい。彼らにしか作れないという特権を与え、誇りとする。

 そうすればコントロールも容易い。稀少金属を与えてお願いすれば、彼らは喜んでその誇りを胸に作ってくれる。簡単なはなしだ。

 アベルたち炭鉱夫と出会い、そして奮起することを誓った私。かつては国に追放さた少女は今や国から頭を下げられる立場にいた。

 公的な権力という意味では私は大臣にかなわない。

 だけど、今この場における絶対的な支配権は私にあった。


「まぁ大臣様。そのようにへりくだる必要はございませんわ」


 私は土下座をする大臣の肩に手をやり、やさしく語り掛け、微笑みを向ける。


「で、ではマヘリア殿。此度の鉱物輸出金の件に関しては……!」


 大臣はひきつった笑みで私を見上げた。

 あぁなんだろう。ずっごいゾクゾクする。


「それは駄目。びた一文たりとも、我が鉱物の値段を下げるわけにはまいりません。質に関わる話ですので」

「な! わ、私がここまでしているというのにですか!」

「ウフフ、頭を下げるなんて誰でも出来ましょう? 私だって、幼い頃に教えられましたわ」


 さて、なぜこんなことになっているかの説明をしよう。

 現在、この国は戦争を目前に控えている。

 その理由? 我が国の王妃様はそれはそれはとーっても美しいので、他の国の王様が奪いたいとのことなのですって。いやぁ美しいって罪なのね。どうでもいいけど。

 そんな狙われた王妃様は元同級生。そう、グレースだ。


「マヘリア」


 そんでもって王様はガーフィールド。

 彼は私を侮蔑の目で睨みつけてくる。


「君が、私とグレースの事を恨んでいることはわかっている」

「はい?」


 恨みって言われても、いすず個人に恨みはないけどね。

 マヘリアに関しては自業自得だし。

 ま、勘違いさせとこうかしら。


「過去の恨みを忘れろとは言わん。だが、今は国家存亡の時。この時だけは遺恨を置き、我らを救う為にお前の力を貸してほしいのだ」

「えぇ、えぇ。我が麗しの故郷の危機ですもの。懐かしき同級生の危機ですもの。出すもの出せばきっちり協力しますとも」

「だから! その金額が高すぎると言っている!」


 若い頃とちっとも変ってないせいか感情を抑えられない王はダンとテーブルを叩きつける。

 その姿に王妃様は不安げな視線で私と王を見ていた。


「高い? 高いと申しましたか。つまりあなた方は自分たちひいては国民の命を高いとおっしゃる。これは面白い話です。そうではなくて、アベル?」


 私はわざとらしく笑みを浮かべて、傍らに控える側近のアベルへと問う。


「はい、ボス」

「ボスはやめてと言ったでしょう」


 鉄と山で財をなした私はアベルの家の跡を継いでいた。実子のアベルはもとより家を継ぐ気はないみたいだったし、他に子のいなかったアベルパパは私を養子に迎えた。

 そして手に入れた権力を使って私は事業の拡大を行ったわ。

 山を掘るには人が必要。人を雇うには金が必要。金を得るには良いものを売らないといけない。自転車操業染みた作業を延々と繰り返して私はここまで上り詰めた。

 今や国の製鉄業を手中に収めているのは私なのよ。


「ま、それはさておき。王様、私もボランティアで石を掘っているのではないのですよ。そもそも!」


 私は倍返しの意味も込めて、立ち上がり、甲高い声で叫んだ。


「あなた方が身に着ける金銀装飾、そして国家にめぐる血税の金銀銅貨のもとを出しているのは誰だとお思いか! 悪銭を淘汰し、偽金を駆逐したのは誰だと思いか! 剣を、防具を、その材料となる鉄を作ったのは誰だというのか! 山にはびこるモンスターを駆逐し、命をかけて鉱物を手に入れたのは誰だ! 私だ!」


 私の号令一つで大陸の炭鉱発掘はストップするし、製鉄も止まる。困るのは誰か。国だ。

 それに私は何も鉄だけを作っていたわけじゃない。金銀銅の発掘と加工、それは装飾品だけではなくお金にもかかわる。加工燃料の不足で質の悪い硬貨が世に広まると経済不振を起こす。

 ただすためには良質な硬貨がいる。それを作れるのは誰か。私だ。それを掘るのは誰か私だ。

 

 今や私こそが国を動かすと言ってもいい。

 もはやその会議は私の独壇場だ。

 誰も、私に逆らえない。仮にここで私を処刑したところで結果は同じ。誰もついてはこない。むしろ配下のものたちはこぞって仇討ちに走るだろう。、

 あぁ、これ、病みつきになるかも。


「助かりたければ買え! 金を出すなら私は鉄を売ろうじゃないか! それを拒否するのであればご自由に。私は新しい買い手を見つけるまでです」

「ま、待てマヘリア! それは貴様」

「そうですねぇ。お相手の国も資源は欲しいでしょうから、それもいいかもしれませんわねぇ」

「貴様、国を売るのか!」

「国に捨てられた私にしてみれば買い手はどこでもいいのですよ、王様」


7.未来編

 かつて、この国には魔女がいた。いや、女帝というべきか。

 山を蝕み、鉄を生み出す女帝。だが女帝の存在は国家をまさしく鋼とした。良質な金属を生み出し、剣を鎧を大砲を作り出した女は女帝から救世主へと上り詰めた。

 女帝はただ鉄を生み出すだけではない。彼女は蒸気機関というものを切望した。それを作る為に技術者を集めた。

 そしてできたのは今は全世界に張り巡らされた大鉄道網。蒸気機関車だ。女帝が一体どこまでそれを見据えていたのかは我らにはわからない。

 だが、女帝の見た未来は確かに今に繋がっていた。

 今や蒸気機関の普及率は大陸を飛び越え全世界に広まった。魔法、蒸気、この二つの存在こそがこんにちの我ら人間の大いなる発展につながったことは言うまでもない。

 それを裏で操っていた女帝の存在もまた、語り継ぐべきだろう。

 鋼鉄女帝マヘリア。その死後は安らかなものであったのかは、定かではない。

 だが今でも製鉄、蒸気にかかわる技術者は彼女を神のごとく崇めた。

 

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没落した悪役令嬢が炭鉱で一山当てるまでのお話 甘味亭太丸 @kanhutomaru

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