第8話 熟練夫婦の常套句の乱用と長文恐怖症

 夫「おい、お前それ」

 妻「それって何よ?」

 夫「だから、それだよ、わかんねえかな。ほら、それだよそれ」

 妻「それ?それってこれ?」

 夫「そうそうそれだよ、それ」

 妻「それがどうしたの?」

 夫「わかんねえかな、それって言ったらあれするのが常識だろうが」


 いや、そんな常識知らんがな、っていうかそもそも「それ」って何だ。

 って、ツッコミが聞こえてきそうですね。


 はい、謎なタイトルの後でいきなり例文から入りましたが、今回は指示代名詞の乱発の話です。いわゆる「あれ」とか、「それ」とか、「これ」とか、さらには「そのこと」、「このこと」といった言葉のことです。

 それがなぜ、長文恐怖症とつながるかはまたのちのち話で出てきますので、今はご容赦を。



 指示代名詞が多いと何が問題なのかは、最初の例文で読まれたとおり、「それ」が何を指すかが不明瞭になり齟齬を生み出す原因になりかねないからです。


 例:パンにバターを塗って、それをトースターに入れた。


 この場合の「それ」はバターの塗られたパンですね。

 次の文ならどうでしょうか。


 例:パンにバターを塗っていると、テレビからニュースが聞こえてきた。近所で起こったという殺人事件のニュースの内容だったので耳を傾けつつ、それをトースターに入れる。


 きわどいですが、これも意味は通じます。この意味が通じるのもトースターでパンが焼けるという常識があるから述語として当てはまる名詞として、「それ」=「パン」という認識が成立するわけです。


 例:パンにバターを塗っていると、テレビからニュースが聞こえてきた。最近流行しているスイーツといったつまらない内容だ。視線を外さずに、それに意識を向ける。


 この文で言う「それ」ってなんのことでしょうか?述語から推測するにも、意識を向けるとなると、パンを塗る作業に意識を向けているのか、つまらないと思いつつもテレビに意識を向けているのか、二つのことが考えられます。

 どちらにでも受け取られる可能性がありますね。これが齟齬の原因となります。

 それに、指示語の内容を推理させている時点で読者を疲れさせる要因になってしまってます。


 このことからも指示代名詞は可能な限り避けた方がよいのでしょう。




 ……と、言いたいところなのですが実はそうも言えない理由があります。

 タイトルにも出てきました長文恐怖症の話です。


 自分は学生時代レポートを書かせたらとにかく長文になることでダメ出しを受けてきました。一文4~5行になることもザラにあります。


 例:昨今のスマートフォン業界は軽量化とバッテリーのバランスをどのように両立化させるかが鍵となっており、スマートフォンの軽さと画面サイズの大きさの両立に加えて画面サイズのバランスを競うように各製造企業は様々な機種を開発しているが、消費者としては似通ったような機種しかないように見え、選択肢の多い現在の状況はどの機種を選ぶべきか判断に困ってしまうのが実情だ。


 はい、こんな文を書いては怒られていました。

 途中から主語が変わっているわ、最初の文節と言いたいことの着地点がずれているわ、結果的に何を言いたいのかがよくわからないわ、ということをやらかしていました。


 文を書いている時はあまり意識していなかったのですが、書いているうちに言いたいことを繋げすぎて着地点を見失うことが多かったんです。

 そこで教員からこのようなアドバイスを受けました。


 とりあえず一文を短くして、一文に込める意味は一つから二つにしろ、と。


 その指摘を受けて、文が長い長いと言われるたびに文節を削り添削を受けては書き直す、ということを繰り返しているうちに一文の着地点が明確になっていきました。


 こうして涙ぐましい努力の結果、文が長くなって書き直しになることはなくなりました(付き合ってくださった先生、本当にありがとうございます)。


 今でも3行以上の文章になると、意味不明な文になっているのではないか、短くしたいなあ、と感じる習性がつきました。すると、次に出てきたのが文と文の間に指示代名詞や接続詞を活用するという癖です。


 例:昨今のスマートフォン業界は軽量化とバッテリーのバランスをどのように両立化させるかが鍵となっている。「このこと」からスマートフォンの軽さと画面サイズの大きさの両立に加えて、画面サイズのバランスを競うように各製造企業は様々な機種を開発している。

「その一方で」消費者としては似通ったような機種しかないように見え、選択肢の多い現在の状況はどの機種を選ぶべきか判断に困ってしまうのが実情だ。


 長文を区切る代わりに流れが繋がっているということを意識させるために、指示代名詞と接続詞を使っています。これによって、一文一文あたりの意味は通じやすくなります。



 一文2~3行で収められると安心するのですが、困ったことに長文を警戒する長文恐怖症な自分はそんなに長くない文でも区切って指示代名詞でつなげようとします。なので、こんな文をやらかしたりします。


 例:先日の艦隊戦で主砲を撃たれたことにより、軍が壊滅した。「その」ために、私は軍の立場を追われた。「そして」今私はこの離れ小島へと追いやられている。


 こんな感じで自分の文は短文が多くなり、指示代名詞と接続詞を乱発してしまっています。一文あたりの意味は通じても逆にテンポが悪く読みにくくなっているのです。

 あと、行頭に同じ音が続くのも見栄えや作法的にもよろしくないですし、「その」とか「そして」という言葉を乱用するのは行頭に同じ音が続く原因にもなります。


 一文長くなり過ぎて意味が通じなくなるよりも短文は読める文ではありますが、指示代名詞を連発しがちになってしまうので、長文恐怖症もほどほどにしましょう…。


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物書き雑記帳 螢音 芳 @kene-kao

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