第34話 主軸打者の反撃

 …その後もサウスポー玉賀のピッチングは冴え渡っていた。

 右打者の懐にスライダー、カーブをきっちり決め、140キロ台前半の直球を見せ球にして最後は外のスクリューボールで三振を取り、左打者には内角の直球で腰を引かせ、外のスライダーでカウントを整え、やはり最後は外のスクリューボールを引っ掛けさせて凡打に仕留めて行った。

 …結果、玉賀は東葛学園打線を4回までパーフェクトに抑えていた。


 …一方、百方の投球も150キロ近い速球で力強い攻めのピッチングを展開しつつ、最後に外へ切れて行くスライダーで三振を取って行った。

 4回の表に新野の2打席目が回って来たが、直球を外角いっぱいに投げ続けて四球で歩かせる結果となった。が、後続を打ち取ってこと無きを得た。


 …試合は5回の表を終わって2対0。八千代吉田学園が初回の新野の2ランによるリードを保ったまま推移していた。


 …5回の裏、東葛学園の攻撃は四番打者の都橋からだ。

 ここまでパーフェクトピッチングを展開する玉賀を睨みながら、ゆっくりと左打席に入る都橋の胸中はしかし、怒りにも似た熱い闘争心と四番打者の自尊心などが複雑に絡み合い、渦巻いていた。

(こいつにいつまでもパーフェクトを続けさせる訳にはいかない!…何としても俺は塁に出る !! )

 バットを構えマウンド上の玉賀を見ると、キャッチャーと慎重にサインの交換をしていた。

(左打者の俺に対して左投手の玉賀としては外に逃げて行くスライダーに踏み込ませたくないはず、初球は腰を引かせるように内角へボール気味の直球を投げて来る!)

 玉賀がノーワインドアップで投球モーションに入った時、都橋は瞬間的にそう思った。

 そしてその左腕から放たれたボールは、やはり懐をえぐるような141キロのストレートだった。…都橋は身体を90度ひねって避ける振りをしたが、投手に背中を見せる態勢となったその脇腹にボールは「チッ !! 」と音を立ててカスった後でキャッチャーミットに収まった。

「デッドボール!」

 球審がコールして一塁ベースを指さすと、東葛学園ベンチと内野スタンドから歓声が上がった。

 …都橋は表情一つ変えずに一塁に向かい、ネクストバッターサークルからはバットをブン!と振って沖本がゆっくりと右打席に向かった。

「…玉賀のスクリューは、見逃せばほとんどがボール球なんだ ! …あれに手を出してる限り、奴を攻略することは出来ませんよ、先輩」

 球雄の言葉に頷きながら、六番打者の義田がバットを持ってベンチからネクストバッターサークルに向かう。

「先頭打者が塁に出て、主軸二人が打席に立つこの場面で何とか点を返さないと!…」

 金二郎が独り言のように呟やいた。

 …玉賀はセットポジションに入り、一塁にまず牽制球を投げた。

 走者都橋はさほど足が速くはないので、大きなリードは取らない。…危なげ無く帰塁してセーフ。

 …都橋を睨みながら再度セットポジションを取って、玉賀が打者への第1球を投げた。

 初球は外角へ逃げて落ちるスクリューボール、沖本は大きく空振りした。

「あちゃ~…!」

 ベンチ内からも大きくため息がもれた。

 沖本は悔しげに玉賀を睨んで次の球を待つ構えに入る。

 セットポジションから投じた玉賀の2球目は内角に切れ込んで来るスライダーだった。…しかし沖本は玉賀がボールをリリースした瞬間に身体を開き、バントの態勢を取っていた。

 膝元に来た球を上手くバットのヘッドに当てて三塁線に転がすと、ダッシュで沖本は一塁へ走る。…三塁手が懸命に前進してボールを素手で掴んで一塁へ送球。沖本が必死にベースを駆け抜けたが僅かに送球が勝り、間一髪でアウトになった。

 しかしとりあえずバントは成功、一死2塁となって六番打者義田が右打席に向かった。

「ナイスバントです!先輩」

 …ベンチに戻って来た沖本に球雄と金二郎が声をかけると、

「お前ら、俺が初球を空振りした時、あちゃ~ ! ってため息ついてただろ!…あれはワザとだからな!俺は初めから2球目の内角球をバントするつもりだったんだぜ」

 沖本はそう言って応えた。

「そうだったんですか !? 俺はもう先輩はハナから初球をセンターバックスクリーンに叩き込むつもりだとばかり思ってましたよ」

 球雄がシレッとした顔でそう言うと、「…この野郎!」と沖本が応えたが、その後はベンチの中でみんなで笑った。

 しかしすぐにその笑い声は消え、ベンチの視線は右打席に立った義田に注がれた。

「頼みますよ、義田先輩!」

 …球雄が呟くと、マウンドの玉賀がゆっくりとセットポジションに入った。










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