第33話 新野の打撃
「四番、ファースト、新野君!」
…場内アナウンスを背に、新野が打席に立った。
1回の表、二死3塁…八千代吉田学園が先制得点を上げるチャンスの場面だ。
「…こいつが県内 No.1 スラッガーの新野か ! …」
180センチ85キロという体躯で、右打席にどっしりと構える打者から漂う威圧感に、百方は思わずそう呟いていた。
「…とにかく、絶対にインコースでは勝負しないで下さい!新野はとにかく内角を打つ時のヘッドスピードが速い!…たとえ150キロ超えの球でも、内角はスタンドへ直結ですよ!」
…試合前に球雄が言ってたアドバイスを百方は思い出して、苦笑しながらセットポジションに入った。
素早いモーションから投じた初球は内角への直球145キロ、身体の近くを通過してボール。…新野は微動だにしなかった。
「…一塁が空いてるんだから歩かせても…って考えは、無いよな?百方先輩には」
ベンチで金二郎が球雄に言った。
「一打席目から逃げてたら、エースとは言えないよ、金ちゃん!」
球雄はそう答えたが、続けて
「でも、単純にただこの試合に勝つってことなら、新野とは出来るだけ勝負しない方が勝つ確率は上がると思うけどね…」
と呟いた。
…百方の2球目は外角スライダー、コーナーに決まってストライク。
3球目は外角低めに直球146キロ、新野がバットを出して捉えた打球は一塁手の頭上をライナーで越えて行ったがライトポールの手前、ラインから2メートル外れたファウルゾーンに弾んだ。
(…インコースにはもう来ないと考えて外角球を狙いに行ったか !? )
今の打球を見て百方、義田バッテリーはそう思ったか、続く4球目はアウトコースに外れるカーブを投げた。
新野は踏み込んで身体を乗り出したが、バットは止めて見送った。
「ボール !! 」
球審のコールと新野の対応を見て、義田は頷き、百方に5球目のサインを送ると身体をインコースに寄せた。
「ヤバい !! 」
その瞬間ベンチで球雄が叫んだが、その時クイックで百方はインコースへ勝負のシュートボールを投げ込んでいた。
「ギン !! 」
新野は鋭くバットを振り抜き、鈍い金属音を発して打球はレフト方向へ上がった。…シュートがかかっていた分、バットのやや根元に当たって少し詰まったフライに見えた。
レフトは打球を見ながらゆっくりと後退、レフトポール方向へと下がる。
「何だよ、レフトフライだろ !?…」
百方はそう呟いて打球の行方を見た。
しかし打球はレフトポール際、外野スタンドの最前列に落ちた。
「おお~~~っ!!」
スタンドから大歓声が起こり、新野がゆっくり走りながらダイヤモンドを回る。
先制の2ランホームランを打たれた東葛学園ナインは呆然として立ちつくす。
「インコースの球に詰まったのに…力でレフトスタンドに持って行きやがった…!」
金二郎が呆気にとられてそう言うと、球雄が冷静に
「…金ちゃん、ひょっとしたら俺たちの出番がちょっと早まるかも知れないぜ… ! 」
と呟いた。
「すまん、奴を甘く見すぎた。俺の配球ミスだったな…」
百方は義田の言葉でようやく我に返った。…マウンドにやって来た義田は百方に新しいボールを渡し、
「まだ試合はこれからだ!切り替えて行くぜ!」
と言ってポジションに戻った。
新野のホームランの興奮が冷めやらずスタンドの観客がざわめく中、右打席には、五番打者内間砂雄 (三年生179センチ72キロ) が入った。
…百方は新野に打たれた鬱憤を晴らすかのように、力を込めたストレートを内間との勝負に投げ込んだ。
初球、外角いっぱいに146キロ!ストライク。
2球目、同じコースへ147キロ!ストライク。
3球目、さらに同じコースへ150キロ!空振り。
…内間を3球三振に切って取り、1回の表の八千代吉田学園の攻撃が終了した。
1回の裏、東葛学園のトップバッター根張大志が右打席に入った。
相手チームの先発投手はサウスポーの玉賀剛 (たまがつよし、三年生176センチ75キロ) だ。
「プレイボール !! 」
球審が右手を上げると、玉賀はノーワインドアップモーションから第1球目を投げた。
スリークォーターから放たれたボールは外角高めから大きく曲がり落ちて内角膝元に決まった。
「ストライ~ク!」
…玉賀の2球目は速いスライダーを同じ内角膝元に投げ、根張がバットをコンパクトに振って打ったが、三塁線を切れる強いゴロのファウルになった。
そして3球目、143キロのストレートを内角高めに投げ、根張も必死に打ちに行ったが打球は高々と上がるフライとなり、三塁後方のファウルグラウンドで懸命に追って行った遊撃手が捕球した。
「…配球、コントロールともパーフェクトの立ち上がりだ ! …ちょっと厄介なピッチャーかも」
…ベンチで球雄が言葉をこぼした。
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