第26話 須々木のスチール

 …初回いきなりトップバッター須々木にセーフティバントを決められ、無死一塁のピンチを招いた東葛学園高校のエース百方は、次打者を左打席に迎えてセットポジションに入った。

 二番打者はまたまたバントの構えだ。

 …しかし百方は、球場への出発前に実施した今朝の野球部ミーティングの内容を思い出していた。

「浦安東京学院は、とにかく一番打者の須々木がキーポイントです。とにかく俊足でバットコントロールも上手い!…こいつを出塁させないことがカギですね!…もしも須々木が出塁すると、どんどん盗塁を狙ってきます。さらに続く打者もバントの構えをして揺さぶってきます。盗塁が決まればさらにバントやエンドランを仕掛けて来るし、クリーンナップもバントの構えをしてバッテリーに神経を使わせ、プレッシャーをかけて来ます。やたらイヤらしく攻めて来るんで、奴らのペースに乗せられないようにして下さい!」

 百方、義田のバッテリーにそう提言したのはもちろん球雄だった。

「須々木を抑える方法はあるのか?」

 義田が途中で球雄に質問した。

「基本的に奴は自分の足を活かすために、狙ったコースにゴロを打ってきます。身体も大きくないのでバットを振り回さずに、当てて来る打者です。だからセオリーとしては内外角にふる投球より、高低に投げ分ける方が良いと思います。絶対にフライアウトにはなりたくないはずなので、高めに速い球、低めにはボールになる変化球と言った攻め方が有効かと思いますね」

 …球雄の返答に百方が頷く。

「もしも須々木の出塁を許した場合はどうする?」

 義田が次の質問をぶつけた。

 …球雄は一瞬の間を置いて冷静に答えた。

「ハッキリ言って、どうにもなりません!…基本的にはもはや須々木は無視して、次打者を打ち取ることだけを考えて下さい。須々木の足や打者の揺さぶりに惑わされずにやるだけです。一塁への牽制球も不要です。結果的に盗塁されても、須々木が得点になったとしても、俺たちはそれより余計に点を取って勝つだけです!」

「何だと!…そこまで開き直ってやれって言うのか?」

 百方がちょっとムッとした声で言った。

「須々木を気にすればするほど相手の術中にはまります。…しかし、実は相手打線は大したことはありません。バットを振り回してくる打者もいないので一発の危険性も無いですし、初めから須々木の足と連動しての打線です。一方、相手投手もストレートは130キロ台ですし、変化球はカーブと外に逃げるチェンジアップくらいなので、冷静に対応すればウチの打線なら5点くらい取れますよ」

 淡々と話す球雄に、監督の崇橋が言葉を繋げた。

「…そういう訳だ!みんな、分かったな !! …百方、お前は先の試合のことも考えて、今日の試合は出来るだけ少ない球数で抑えろ!無駄ダマは放るなよ!いいな !? 」

 百方は球雄と監督の顔を交互に見た後、

「分かりました… ! 」

 と応えた。


(…球雄 ! 信じて良いんだろうな!クソッ !! )

 百方は胸中で呟きながら二番打者への1球目を投げた。

 内角高めのストレート、146キロ。打者はバットを引いて見送ったが、

「ストライ~ク!」

 球審がコール。…須々木は動かなかった。

 …再度打者はバントの構えを取る。

 百方は2球目のセットポジションに入る。…一塁走者の須々木を肩越しにチラッと見て、クイックで打者にストレートを投げた。

 ボールは内角の、打者の顔の高さに来て、打者は慌ててバットを引いた。

 捕手の義田は立ち上がりながら捕球すると、間髪を入れずに一塁へ送球した。須々木は必死で一塁ベースに手から戻り、球を受けてファーストがタッチしたが、

「セーフ !! 」

 塁審がコールして何とか牽制死を免れた。

 ファーストが百方にボールを返すと、百方はすぐにセットに入った。

 打者はまたバントの構えを取る。

 …3球目はまたもインコース胸元のストレート、147キロ。…打者はバットを引いたが、ストライクのコール。

 義田は捕球後間髪入れずに今度は二塁へ送球のモーションを見せた。

 一塁走者須々木はスタート出来ず。

 打者のカウントはワンボールツーストライクとなった。

(…さすがだな ! 先輩バッテリー!)

 ベンチの球雄は胸中で呟いた。

 …百方は4球目のセットに入る。

 打者はもうバントの構えは見せない。

 クイックモーションから投じた百方の4球目は、内角膝元に縦に曲がるスライダーだった。

 打者はバットを振りに行ったが、空振り三振!…しかし須々木はその間にスタートを切って二塁へ走っていた。義田が地面すれすれのところで捕球したボールを二塁へ送球。…やや高く行ったがベースカバーの遊撃手が捕ってグラブを振り下ろすように滑り込んで来た須々木の足にタッチした。

「セーフ !! 」

 塁審のコールが上がった。

(…あれがセーフ !? …ベースへの送球まで完璧のコースに投げないと阻止できないのか?)

 義田が悔しげな顔をして胸中で叫んだ。…






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