第20話 勝利の代償

 …強くはないものの、しとしと降る雨に濡れながら、大瀬名がセットポジションに入る。

(初球のストレートを叩く!)

 心中で呟いて構える崇橋。

 モーションに移って大瀬名の腕から放たれた球はやはりインコースのストレート、151キロ。…崇橋は果敢にスイングしたが、詰まったフライが一塁側ベンチ後方の内野席に入るファウルとなった。

(…まだちょっと遅れてるのか !?…)

 …打席を外して崇橋は小さく素振りをして呟く。

 再び打席で構えなおすと、大瀬名が2球目のモーションに入った。

「 !!! 」

 2球目はインハイにストレートが抜けて顔面近くに来た!…崇橋は後方に倒れ込むように危うく球を避けた。

「あ~っ !? 」

 ベンチとスタンドがざわつく。

「済まん!奴の球が滑った!大丈夫か?」

 キャッチャーが、立ち上がった崇橋に声をかけた。

「…… ! 」

 崇橋は無言のまま、バットのグリップに滑り止めをスプレーした後、打席で構えた。

 …大瀬名がセットポジションに入る。

 球場全体に緊張感が走る。

 …その時、大瀬名が突然三塁に牽制球を投げて来た。

「!」

 投手対打者の緊張感の中に呑まれ、牽制球を予想していなかった球一朗は慌ててベースに飛び込むように手から帰ろうとした。

「ガツッ!」

 その瞬間、腕に激痛が走った!

 大瀬名の力いっぱいの牽制球が右腕の肘を直撃したのだ。

 だがそのため三塁手がボールを捕れずに球はファウルグラウンドへ大きく逸れて転がって行く。

 球一朗は痛む肘を押さえながら本塁へ走った!

 三塁手が必死にボールに追い付き本塁に送球したが、それより早く球一朗がベースに滑り込んでセーフとなり、最後は思わぬ形で東松戸高校のサヨナラ勝ちとなった。

「ワァ~~~ッ !! 」

「…勝ったぁ!」

「大瀬名に勝ったぜ !! 」

 一塁側ベンチとスタンドから大きく歓声が上がり、東松戸ナインが球一朗へと駆け寄ったが、肘の痛みに耐えかねてガックリと球一朗は片膝をつき、顔を歪めながら呻いていた。…



 …後々の結果から言えば、球一朗自身の野球選手生命はここで終わりとなった。

 病院にすぐさま運ばれ、レントゲン撮影されると、肘の骨は2ヶ所で骨折していた。

 大瀬名を擁する上総望洋高校を破ったものの、東松戸高校は次の試合に二年生投手の澤牟田を先発で投げさせて5対2で敗退。…またも甲子園には届かなかった。


 …数日後、球一朗が肘の治療を受けて病院を出ようとすると、崇橋と大瀬名が出口近くで待っていた。

 大瀬名は謝罪するために来ていたのだ。

「…走者の俺が牽制に注意してなかったのが原因だから、お前のせいじゃ無いさ、大瀬名!そんなことより、プロに行って活躍してくれ !! そうすれば後々、俺はお前との投げ合いで勝ったことがあるんだって自慢出来るからな」

 球一朗がそう言うと、大瀬名はうつ向いて

「…済まん」

 と声を絞り出していた。

「崇橋、お前はまだあと一年あるんだから、澤牟田のレベルを上げて甲子園に行けよ!」

 球一朗の言葉に泣きそうになりながら、崇橋は肩を震わせて、

「…先輩 !! …」

 と言うのがやっとだった。


 その後、故障が癒えて高校を卒業し、大学に進んだ球一朗だったが、完全にそれまでのように肘を使って投げることが出来ず、懸命のストレートは120キロにも届かなくなり、野球選手の道は諦めざるを得なかった。

 …今まで野球以外の道を考えていなかった男には空虚な毎日がやって来た感じだった…。

 そんな球一朗の様子を感じて、父親の球直(たまなお)は、

「お前の野球選手時代が終わったと言うなら、今後は他の野球選手や他のスポーツ選手らのケアをするようなことをやったらどうだ?…お前は野球のことは詳しいし、その身体の使い方にも詳しい。それを活かしてスポーツ選手らの肉体をケアして、将来の野球界やスポーツの世界に有望な人材を送り出す手助けをするんだ。そういう事も必要だし、意義のあることだぞ!」

 と諭した。

 …それに頷いた球一朗は、スポーツ医学や生体筋肉神経メンタルなどに関する知識を学習して、整体師の資格を取った。

 …大学を卒業すると、整体医院に勤め、やがて患者としてやって来た女子大生のテニス選手、庭木優(にわきゆう) と後に結婚して、球雄が生まれた。


 一方、大瀬名はその後大学野球を経てドラフト2位で千葉ロッテマリーンズに入団、10年の現役生活で65勝を上げた。

 …崇橋は翌年も結局甲子園に行くことは叶わず、高校を卒業後は大学から社会人野球に進み、37歳で選手生活を終えると、私立東葛学園からオファーがあって野球部の監督を引き受けることとなった。

 現役選手時代の中では、もちろん球一朗との関係も、整体師と選手として長く続いていたのである。


 …そしてこの先は、再び球雄が主人公として物語は続いて行くのだ。











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