第19話 9回の攻防
9回表、2対0とリードはしているが…二死1塁で四番打者の棟上を左打席に迎えてマウンドの球一朗は崇橋とサインの交換に入る。
インコース狙いの棟上に敢えてインコース近辺に球を散らして前打席までは押さえて来た。
(さすがにもう内角はヤバいか !?…)
バッテリーがそう思った時、棟上の打席の中の立ち位置が、今回はスパイク半足分ほど後ろに下がっていることに崇橋は気付いた。
(インコース対応か !? 懐を広くして内角を捌くつもりだな…!)
バッテリーの見解が一致し、崇橋は外角低めにミットを構え、ストレートを要求した。
頷いて投球モーションに入った球一朗が、腕を振ってボールをまさにリリースしようとした瞬間、しかし棟上は前足を大きくインステップして身体をホームベースに寄せるのが見えた。
「えっ!?」
僅かな心の動揺が球一朗のコントロールを狂わせたのか、球は狙いよりボール2個分ほど高めに行ってしまった。
「キン !! 」
棟上のバットが芯で捉えた打球はセンターに上がり、中堅手が背走して追って行ったが、途中で諦めた。
ボールは大きく弧を描いてバックスクリーン左、フェンスより3メートル向こうの地点に入った。…同点ツーランホームランだ。
「オオオオォォ~~ッ !! …」
「キャーーーーーッ!!」
相手側ベンチとスタンドから大歓声が上がる。
「やられましたね…切り替えて行きましょう、先輩 !! 」
…マウンドに来た崇橋にそう言われて我に返った球一朗は、
「すまん!」
一言応えて額の汗を拭った。
「いや、俺のリードミスです。次の一人を取って、この裏サヨナラ行きましょう、先輩!」
そう言うと、崇橋はポジションに戻った。
…ちょうどその時、上空からポツポツと雨が落ちて来た。試合開始時は晴れていたのが、気付かぬうちに薄曇りになり、雨雲がやって来たようだ。
…球一朗は続く五番打者の田貝に低めの変化球を引っ掛けさせてセカンドゴロに打ち取り、スリーアウトとした。
9回の裏、東松戸高校の攻撃はこちらも打順良く一番打者からだった。
雨は少しづつ降りが多くなって来た。ただ、まだ試合進行を妨げるレベルではなかった。…しかしパワーピッチャーの大瀬名には嫌な雨に違いない。
8回終了時点での大瀬名の球数は145球、9回に入るとスピードはさほど落ちてはいないものの、さすがに肩の疲労が出て来たのか変化球は思う所に決まらずストレートは高めに浮いて来ていた。
…しかし大瀬名は雨の中、一番打者重野にボール球が先行する投球ながら、その後スリーボールツーストライクとして、最後は151キロの高めのストレートを振らせて三振、二番打者の咲本も同様にフルカウントから150キロの渾身のストレートで三振に切って取った。
…という訳で二死走者無しで球一朗が右打席に入る。
(ここで俺が出塁すれば崇橋が絶対に返してくれる !! …)
マウンドの大瀬名を睨みながら自分にそう言い聞かせて構えに入る。
(奴はストライクを先行させたいはず…初球はストレートで来る。疲れと雨の影響で、低めには決まらないだろう。外角のストレートに絞って初球を狙う!)
球一朗がそう考えを決めると、大瀬名がセットポジションに入った。塁上に走者はいないが、コントロールに気を使って投げようという気持ちなのだ。
モーションに入って投じた初球はやはり外角のストレート、148キロ。高さはベルトライン。球一朗はコンパクトに振り出したバットのヘッドで上手くボールを叩いた。
「カッ !! 」
乾いた金属音を残して打球は一塁手の頭上を越えて飛んで行き、ライト線の内側に弾んでポール方向へ転がって行く。
「おお~っ !! 行け~っ!」
味方ベンチと一塁側スタンドから声が上がる。
球一朗は一塁を回って二塁へ向かう。ライト方向をチラッと見ると、右翼手がライトポール際のフェンスでクッションボールを捕まえたところだ。
(行ける !! )
そう判断してノンストップで球一朗は二塁を回って三塁へ走る。
ボールは右翼手から二塁手を中継して三塁へ送球されたが、本塁側にやや逸れたためスライディングして来た球一朗へのタッチが僅かに遅れてセーフとなった。
「やった~っ!スリーベース !! ナイスバッティング!」
…東松戸高ベンチとスタンドから大歓声が湧いた。
…そしてこの、9回裏二死3塁という場面で、四番打者の崇橋が球一朗と視線を交わしながらゆっくりと右打席に向かった。
(俺もファーストストライクを狙う!…大瀬名は今コントロールが思うようには行ってない状況だ。サヨナラの場面だし、カウントが悪くなると歩かされるかも知れない)
崇橋は打席で構えながらそう考えていた。
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