第2話 球雄対野球部

 …話は少し日にちを遡って4月中旬。

 千葉県流山市の私立東葛学園高校野球部グラウンドに1人の生徒がやって来た。

 174センチ69キロ、学生服姿の一年生、あどけない顔の平凡な感じの男の子は、一塁側ベンチに座っている崇橋頼伸(たかはしよりのぶ ー 44才)監督のところへまっすぐ歩いて行く。


「全員、ベンチ前に集合 !! 」

 監督がメガホンを取ってフィールド内の部員たちに声をかけた。

 外野の芝の上で柔軟していた者、グラウンド外周をランニングしていた者など、総勢40人ほどの男たちがそれまでの動きを止めてベンチ前に走って来る。…みんなの白いユニフォームの胸に「東葛学園」の文字が横に入っていた。

「集合しましたっ !! 」

 野球部キャプテンの3年生、 チーム捕手の義田孝(よしだたかし)が監督に大きな声で報告した。

 …しかし集まった部員らの視線は監督の隣に立っている学生服の坊やに注がれていた。

「みんなに新入部員を紹介する!…一年生の長江球雄(おさえたまお)君だ!彼には夏の甲子園大会に向けて、試合でのリリーフ投手を専門にやってもらう!特別措置の選手なので、練習、トレーニングなどは君たちとは別メニューだ!…今年の夏こそは甲子園出場を我々は必ず果たす!…以上だ!」

 …突然の監督の言葉に部員たちがざわつき始める。…そしてチームの主力打者を務める三年生の沖本和巳(おきもとかずみ)が明らかに憤慨した顔で声を上げた。

「監督!ちょっと待って下さい!…一年生の新入部員なら、自分たちと一緒に練習して、実力を評価した上で試合に起用するかどうかを決めるべきじゃないですか?…特別措置って言われても、自分たちは納得いかないし、そんなの…」

 他の部員たちも明らかに沖本の言葉に同意している顔である。それに対して崇橋監督が口を開こうとした時、

「…なるほど、じゃあ実力を示して納得させれば良いんですね !? 」

 平然と言ってのけたのは他ならぬその一年生坊やだった。

「球雄君 !? …よせ」

 監督が慌ててそう言ったが、

「いや、先輩がたの言い分はもっともですよ!…最初にしっかりと俺の実力を皆さんに見てもらえれば、自己紹介の手間も省けるし、監督の立場も俺の言い分も理解してくれるでしょう!俺はリリーフピッチャーとしてここに来たんだから、そのためのシーンを用意して下さい!俺はすぐに投げるんで着替えて来ます、まだユニフォームをもらってないんで、ジャージにですけどね」

 球雄はこともなげにそう言って、持ってきた自分のスポーツバッグを手にグラウンドの脇にあるプレハブ倉庫へと歩いて行った。そこで着替えるつもりらしい。

「…やれやれ、まぁ仕方ないか」

 崇橋監督がため息まじりに呟いて、目の前の部員たちに向き直って言った。

「よ~し、分かった!それなら逆にあの一年坊にお前たちの力を見せてやれ!奴を打ち込んで黙らせてみろ!…そしたら奴の入部自体を俺が断る!いいな!」

 監督の言葉に部員たちから一転して歓声が上がった。

「面白え!俄然やる気出ちゃうぜ!」

 主力メンバーの口からはそんな言葉もこぼれていた。


 球雄が赤いジャージに着替えて戻って来た時、監督がこの急遽の対決方法についてみんなに発表した。

「長江君には仮想ゲームとして2イニングをこれから投げてもらう。ウチの現在のベストメンバーで打線を組むから、その2イニングの対戦を無失点で終えれば長江君の勝ちだ!だが失点したらその時点でウチのチームの勝ち、そして野球部への入部は諦めてもらう!…以上だ」

「…OK!」

 左手にグローブをはめながら球雄が言った。

「だが1つ、問題がある!捕手の義田を打線の6番に入れるから、長江君の球を受けさせる訳にいかない。誰に捕手をさせるか…」

 監督の言葉に球雄はしかし、

「一年生部員の中から捕手の出来る奴を出して下さい!」

 と応えて部員の顔を見回した。…すると、

「俺にやらせて下さい !! 」

 と1人の部員が手を上げた。

 坊主頭で真っ黒に日焼けした顔の一年生、住谷金二郎(すみたにきんじろう)である。…球雄は彼の姿を見て思わずほくそ笑んでいた。










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