第2話 意匠の国の旗


 その日は天皇陛下の在位三十年を祝う式典があるというので、ならばと日の丸をウッドデッキに掲げたのです。


 我が宅の日の丸は、これが二代目になります。

  

 今から三十年前、平成という御代が始まったのを機に新しくした日の丸です。

 近くのホームセンターで売っていたなんと言うこともない日の丸です。

 それを、祝祭日には、ウッドデッキに掲揚をしてきているのです。


 我が宅のある道筋で、日の丸を掲揚する家は、他にありませんから、きっと、あのウチは余程の右翼が住んでいるに違いないって思っている人がいるかもしれません。

 まぁ、左翼ではなさそうですから、そう思われてもいいのですが、実は、私は右翼でもないのです。


 GOKUが暮らすロビーナで、しばらく暮らしていた時のことです。


 ロビーナは、ゴールコーストでも名の知れた、洒落た住宅地になっています。

 広大な住宅街の中に、庭にポールを立てて、一年中、コアラの国の旗を掲揚しているお宅が何件もありました。

 そんなのを見ると、あの人たちが、中国の覇権が自国に及ぼす影響を懸念する、どちらかという白豪主義に近い考えを唱える人たちなのかなぁって思っていたのです。


 ここは、イギリスから移民してきた人間が作った国、アジア人なんかにきて欲しくないなんて思っているのかしらって。


 ある日、ロビーナ・コモンへと抜ける森の木が覆いかぶさるような薄暗い小道を歩いて、そこを抜けた時でした。


 ロビーナ・コモンというのは、大きな公園です。

 サッカーグランドがあり、野球場があり、ドッグランがあり、市民が歩くための道が整備されている、そんなところです。

 

 一人の口ひげを蓄えた男が、仁王立ちになっているのに遭遇したのです。


 周りには、ブロックが整然と積み重ねられ、建材もその横に丁寧にビニールがかけられて置かれていました。

 ここコアラの国でよく見かける、家は自分で建てることを主義にしている人に違いありません。

 いつものように、微笑みを浮かべてあいさつをします。


 すると、口ひげの男も、私を見て、にっこりと微笑みます。そして、オーストラリア訛りの英語で、話しかけてきました。


 どこから来たのか。

 何しに来ているのか。

 いつまで滞在するのか。


 まるで、身上調査です。ですから、正直にそれに応えてやりました。


 そしたら、こんなことを言うのです。

 可愛い孫がいるなら、お前さん、こちらに暮らせばいい。この国には土地は有り余るほどあるんだ。なんなら、私が保証人になってやるって、土地を買って、自分で家を建てなさいよって。

  

 それもいいとは思いつつも、つくばを終の住処と定めた私ですから、そうそう簡単に主旨を変えるわけにもいきません。

 ふと、彼の住まいを振り返ると、そこにはこの辺りでは一番と言われほどの大きなあの濃紺の地に南十字星が描かれ、端にユニオンジャックのある旗が、たなびいていました。


 私、その旗を指差しました。

 もちろん、敬意を込めて、旗を掲げるその心意気に感じて、賞賛をしようとしたのです。

 

 すると、口ひげの男。

 あなたの国の旗は好きだって言い出したのです。


 だって、単純明快ではないかと。


 世界の国の旗の中で、あれほど、わかりやすい旗はない。お前の国は、昔から意匠の国だから、デザイン性に優れているなんてことを言うのです。


 デザインの国なんて言われたのですから嬉しくなります。


 さまざまな家紋もあり、ハンコだってあります。

 旗だって、日章旗もあれば、旭日旗もあります。

 Z旗も、七人の侍の旗もあります。

 紅白の旗など、いまだに好敵手を意味して、学校で、職場で使われているのです。

 

 なるほど、意匠の国かって、私、オージーの男から素晴らしい話を聞かされたと思ったのです。

 だから、なんだか嬉しくなって、あなたの国の宗主国には、女王陛下がいますが、私たちにも天皇陛下がいるんですから、同じような国ですよって、そう言ったのです。


 口ひげの男は、その通りだと言わんばかりに、大きくうなづきました。

 そして、特別な人をいただいているというのは素晴らしいことだと言ったのです。

 

 そうだ、日本もオーストラリアも、もちろん、宗主国イギリスも、「特別な人」をいただき、国をなしているんだと、あらためて自覚をするのです。


 我が宅のウッドデッキに掲揚される「日の丸」は、政治的な思惑ではなく、「特別な人」をいただく国に生まれ育ったことを誇りにする証なのではないかと、私思ったのです。


 オージーが、国の旗の片隅に、ユニオンジャックを置いて、「特別な方」のいる国の一つだと誇らかに語るように、私も、そうしているんだと思ったのです。


 それにして、春の暖かさに包まれ、青い空の下、紅梅の花を背景に翻る日の丸を眺めて、三十年も戦争のない時代を過ごしえたことに、ありがたいことだと感謝をし、そして、意匠の国の旗であるとした「日の丸」を見て、これって、デザインの最高峰にある旗に違いないって思ったのです。


 今年、時代が変わるのにあわせて、新しい日の丸を用意するかって、そんなことも考えたのです。

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