第3話 広場で商売

 太陽が中天にまで及ばない時分。

 俺とセラーラは、アプリコットが情報収集した広場へと足を運んでいた。


「……思ったよりも活気があるな……」


 以外にも広場は大きく、数多の行商人が所狭しと露店を出している。

 これだけの出店があれば、必然的に多種多様の品が揃うわけで、日常品から趣向品、衣類や食料、果ては武器や防具なども売られていた。

   

「セラーラ、少しここで待っていろ」

「分かりました」


 俺は彼女を広場の隅っこに待機させると、アクセサリーを売り物とする露店に向かった。


「よう、らっしゃい。じっくりと見てってくれ」


 髭もじゃの怪しい店主が笑顔で俺を迎えてくれる。


「済まないが買いに来たんじゃないんだ。ちょっとこれを見て欲しくてな」


 俺は手の中から一つの宝石を取り出して店主に見せた。


「……ほう……これはこれは……」


 実はこの宝石、ゲーム内で取得したアイテムの一つだ。

 これは在庫目録インベントリと呼ばれる場所に入っており、プレイヤーの所持品はすべてこの中に収められていた。

 ゲーム内で言うなら所持品が確認できる画面とでも言うべきか。


 しかしこの世界では画面が出ない。

 ただ感覚的に、在庫目録インベントリの存在を感じ取っているだけであった。

 

 ……意味が分からん……


 画面がないから在庫目録インベントリの中を目視で確認出来ないのに、何が入っているか認識できている……

 しかもそれらを自由に出し入れできる……


 さらに言うと、乙女精霊たちのステータスは、メニュー画面がなくとも大体は把握できた。

 アプリコットが俺に抱き着いたとき、彼女の強さとスキルの取得数、他にも諸々の事が感じ取れたのだ。

 そこから思うに、この世界は強さを数値で表す事など出来ないのではないかと考えている。


 まあ、当たり前だよね。


「率直に聞くが、いくらなら出せる?」


 俺は宝石を店主に渡した。

 欲望に塗れた彼の目にそれが映る。


「……ぎ、銀貨一枚かな……?」


 ここの貨幣は銀貨がある、っと。


「おい、それはぼったくり過ぎやしないか? さっき感心してただろうよ」


 しれっとカマをかけてみた。


「……じゃ、じゃあ銀貨二枚?」


 店主はしどろもどろ・・・・・・としながらも答える。


 いきなり倍になった。

 これで分かったぞ。

 ゲーム内の|央(なかば)世界で収拾したアイテムには価値がある。

 だがこれらには限りがあり、考えもせずに売り続ければ、あっという間に無くなってしまうだろう。

 できればアイテムに手を付けることなく、この世界で稼ぎたいところだ。


「いいよ、銀貨一枚で」

「なに? ほんとかよ!?」

「ただし条件がある」


 店主の喜びも束の間で、眉根を寄せて訝しんだ。


「なんだよ……大したことはできねえぞ……」

「なあに、簡単なことだ。俺はお上りさんでな。この街の相場がいまいちよく分からないんだ。それを教えて欲しいんだよ」


 他愛もない条件に、店主は胸を撫で降ろす。


「なんだ、そんなことか。いいぜ、教えてやる」

「助かるよ。先ずは食い物の相場を教えてくれないか?」

「……そうだなあ、パンがバケット一本で青銅貨三枚から四枚くらいか?」

 

 銀貨に続き青銅貨もある、っと。

 この分だと銅貨も金貨もありそうだな。


「宿代は青銅貨で言うといくらするんだ? 安い宿と高い宿の値段を教えてくれ」

「一般的には五枚かな。良いところだと十枚、銀貨一枚って言ったほうが早いんじゃねえか?」


 なるほどね。青銅貨十枚で銀貨一枚か。

 宿の値段からして、日本円に換算すれば青銅貨が千円で、銀貨が一万円くらいか? 


「よく分かったぜ。あと一つだけ教えて欲しいんだが、この広場で商売をするには許可がいるのか?」

「……なんだよ。あんた同業者か? さっきみたいな宝石とか売るのか?」

「違うって。俺が売るのは薬の類だよ。商売敵じゃないから心配すんな」

「……だったらいいんだがよ……」


 店主はそう言うと、煉瓦で出来た三階建ての建物に指をさした。


「あそこで銀貨一枚を払って許可証を発行してもらうんだ。それがあれば今日一日はここで商売ができる」


 銀貨一枚ならちょうど足りるな。


「でもやるなら明日にしたほうがいいぞ。もう大した場所は残ってないからな」


 好立地は早い者勝ちってことか。


「いいって、いいって。ちょっとだけ空きがあれば問題ないから」

「そうか? ならいいんだがよ。ほら、銀貨一枚だ」

「ありがとよ、じゃあ行ってくるわ」


 俺は店主から銀貨を受け取ると、煉瓦造りの建物へと急ぎ足を運んだ。






 三十分ほど経過して、銀貨一枚と引き換えに許可証をもらった俺は、足早にセラーラの元へと帰ってくる。


「ん?」


 そこで目にしたのは、五人組の若い男に囲まれているセラーラの姿であった。

 彼女は俯き五人から視線を逸らしているが、男たちは懸命に口説いている。


「どこの教会の人? その祭服、聖方教会じゃないよね」

「君が心棒する神の教えを俺たちに説いてくれない?」

「ちょっとこの先に洒落た店があるんだ。そこでお茶でもしながらさあ、色々とお話ししようよ」


 まあ、そうなるわな。

 何せ俺が心血注いで造形した至高の美少女だ。

 男のくすぐりどころは完璧に抑えてある。

 ほっとくなという方が無理な話だ。


「おいおい、お前ら。うちの聖女様を俗物的なことに誘わないでくれよ」


 不意に声をかけられて、五人は一斉に俺の方へと視線を移した。


「あ? 何だお前?」

「聖女様?」


 俺の声を聞いたセラーラが、嬉しそうに口を開く。


「戻ってこられたのですね!」


 彼女の喜びに満ちた顔で、男たちからはやる気が失われていった。


「……なんだよ……連れがいるのかよ……」

「……仕方ねえか……こんな美人、男の一人や二人いて当たり前だわな……」


 皆して諦めたのか、しぶしぶ退散していく。


「ちょっと待て」

「……なんだよ」


 呼び止められた五人組が忌々し気に振り返った。


「これから聖女様が奇跡を見せてくれるぜ」

「……奇跡?」

「そうだ。お前ら怪我とかしてないか? 古傷でもいい。どんな傷でもうちのセラーラがたちどころに治してくれるぞ。だたし、お布施として銀貨一枚をもらうがな」

「……」

「もちろん怪我が治らなかったら銀貨はいらない。どうだ、試してみる価値はあるぞ?」

「……」


 男たちは黙ったまま、胡散臭い目で俺とセラーラを注視した。


 と、その内の一人が沈黙を破る。


「……子供のころ、右肩をケガしちまってな……これ以上は腕が上がらねえんだ……」


 男は右腕を上げて見せた。

 しかし肩から上にはいかないようで、痛みでも走るのか苦悶の表情を浮かべている。


「簡単なことだ、セラーラ」

「はい、主様」


 セラーラは男に近づくと右肩にそっと手を添えた。

 そこから仄かな光が発せられて、男の肩を包み込んでいく。


「……すげえ気持ちいい……」


 男はうっとりとした表情でセラーラに心を奪われていたが、そんな幸せな時間もあっという間に過ぎ、数秒後には施術が完了した。


「終わりました。どうですか? 腕は上がりますか?」

「え? あ、ああ……」


 セラーラの澄んだ声で我に返った男は、恐る恐る右腕を上げる。

 するとどうだろうか。

 驚くことに、いとも容易く腕はすんなりと肩よりも上に掲げられた。


「……う、嘘だろ……? おい! みんな見てくれ! 腕が上がるし痛くもねえ!」


 男はぐるぐると腕を回して仲間に見せつける。


「マジかよ、ビリー……あの時の怪我が治ったってのか?」

「し、信じられねえ……」


 どうやら五人の若者は幼馴染らしく、ビリーのつつがなく稼働する腕を見て驚愕している。


 よし、問題なくスキルは通用する。


 俺はセラーラに目配せをすると、彼女は微笑み頷いた。

 

「どうだ? うちのセラーラは本物の聖女様だ。家族や知人でケガに悩んでいる奴がいたら連れて来い。銀貨一枚で完全回復だ」


 あとは金を稼ぐのみ。荒稼ぎしてやる。


「俺の母ちゃん、料理中に大やけどをして寝込んでんだ……治せるのか?」

「愚問だな。聖女様に治せない怪我などない」


 このガキ、母ちゃんが大変な時にナンパなんかしてたのかよ。


「俺の親父、大工なんだけど仕事中に屋根から落ちて歩けなくなっちまったんだ! それも治るのか!?」

「当たり前だ。なにせ聖女様だぞ。どんな怪我でも尻尾を撒いて逃げだすさ」


 おいおい。こんなところで油売ってないで働いて親孝行しろよ。


「マジか! 俺、母ちゃん呼んで来る!」

「俺も親父を引っ張ってでも連れてくるぜ!」


 若者二人は飛ぶようにして広場から出て行った。


「……ありがとう……ありがとう……」


 右腕が完治した男、確かビリーだっけか?

 そいつが泣きながら銀貨一枚を渡してくる。


「毎度ありー」


 俺はホクホク顔で銀貨を受け取り、厭らしい顔を浮かべた。


 さあ、これから忙しくなるぞ。






 数時間後。

 太陽は既に中天を過ぎており、セラーラの前では大行列が出来上がっていた。


「みなさん! 一列に並んでください! 聖女様は誰にでも平等に奇跡を与えてくれます! あ、銀貨一枚ね。はい、毎度どうもー」


 俺は列の整理をしながらカモ、もとい患者から銀貨を徴収する。

 

 いいね、いいねー。

 随分と稼いだぞ。

 これでかなりの食料を買い込めるな。

 

 っと、それにしてもセラーラの奴。連続でスキルを使用しているが大丈夫か?


「セラーラ、疲れたか?」

「大丈夫です。まだいけます」


 だよな。

 乙女精霊サーガで五百以内のトップランカーに入る俺たちだ。

 これしきの事でヘタる訳がない。


 しかし俺は、ここら辺が頃合いだと判断した。

 

「セラーラ。俺は少し席を外す。一人でも大丈夫か?」

「問題はありません。ですが主様、何処へ行かれるのですか……?」


 彼女は寂しそうな瞳で見詰めてくる。


「もう充分に稼いだ。俺は今から食料を買い込んで来るから、戻ったら直ぐに引き上げるぞ」

「分かりました。ほどほどにして切り上げます」

「済まんな、あとは頼んだ」


 俺は急ぎ買い出しに走った。


 先ずは食料を入れるための背嚢を購入する。

 次にパンや野菜、肉などを手当たり次第に買い漁った。


 おっと、忘れるところだった。

 七人分の器と匙、それと鉄鍋なんかも必要だ。

 ついでに調味料や香辛料、酒なんかも買ってみる。

 

 ……今夜寝るための敷物や毛布もあったほうがいいな。七人分だから結構な量になるぞ……


 そして、あれよあれよと買い足していくうちに、荷物は増えていった。

 あまりにも量が多いいので在庫目録インベントリに入れようとしたのだが、何故か弾かれてしまった。

 どうやらこの世界の物は入れられないらしい……

 

 ……にしても、これだけの荷物を軽々と持ち運んでいる俺は何なんだ?

 もしやゲーム内で鍛えた力が、そのままこの世界にコンバートでもされたのか?


 そう考えに耽りながら、俺は再びセラーラの元へと帰った。


「……何の騒ぎだ……?」


 しかしそこで、思わぬ光景を目の当たりにする。


 行列を為していた群衆が遠巻きにセラーラを囲んでおり、彼女の傍には一人の貴族らしき男と三人の騎士が詰め寄っていたのだ。

 その背後には四人の騎士。そして黒いローブの怪しい男が控えている。


「おい! お前があの少女の従者か!」


 そして俺も、数人の兵士に取り囲まれるのであった。





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