第4.5話


 薄気味の悪い男が数日前から自分のあとをついてきていることには気付いていた。

 だからこそ、彼を、瑞穂を巻き込む訳にはいかないと、僕は彼に嘘をついて、一人で帰ることに決めた。彼に嘘をつくことは、とても辛かった。でも彼を巻き込みたくない。危ない目に合わせたくない。その一心で僕は敢えて彼にきつい態度をとった。一人で何とかしよう、そう決意を決めた。


 

「…………みず、ほ?」


 

 けれども、僕は失敗した。

 所詮、僕はそこら辺にいるただの小学生で、無力で、一人では何もすることが出来ない餓鬼だった。

 見るも無様に呆気なく自由を奪われ、無理矢理車に乗せられかけた。



 

 そして、挙げ句の果てに彼に助けられてしまった。



 きっと、彼は失望しただろう。こんな僕を。

 彼が僕に、一種の憧れのような視線を向けてきてくれていることには気が付いていた。その視線に応えたくて、僕は意識して"格好いい自分"を振る舞った。殊更、彼の前では。

 彼のヒーローになりたかった。彼だけのヒーローになりたかった。彼の理想でありたかった。彼のため。ひいては僕のため。僕は、格好つけたがった。問題だって一人で解決できる。そう粋がった。



 

 それが、この様だ。




 

 彼に力強く手をひかれながら、僕は死にたくなった。どくどくどくと痛いくらいに波打つ胸の音が、まるで僕のアイデンティティを崩壊させる危険信号のように思えた。惨めだ。辛い。僕は彼のヒーローになりたかっただけなのに。どうしよう。このままじゃ。このままじゃ。彼は。



 

 僕から離れてしまう?




 その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、心底絶望した。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。そんなの嫌だよ。瑞穂は僕の友達だ。ずっと一緒だ。絶対に、絶対に離れてほしくなんかない。


 

「鍛埜?大丈夫か?」


 

 彼の心配する声が聞こえる。止めてよ、瑞穂。こんな僕を見ないで。こんな、無様で、惨めな"僕"、僕じゃない。"違う"んだよ。違う、違う違う違う違う違う。

 僕は彼のヒーローで、彼の尊敬する存在で、格好よくいないといけないのに。

 こんなのじゃ駄目だ。全然違う。泣くなよ。今からでも取り繕え。



「なぁ、本当に大丈夫か?鍛埜」




 瑞穂にこんな顔させちゃ、駄目なんだよ。






 それから数日が経って。

 僕達は"いつも通り"に戻ったかのように思えた。僕は僕の理想とする"僕"として振る舞えたし、彼もまたそんな僕は尊敬するように見てくれた。

 そうだ。これでいいんだよ。この関係のままなら、僕と彼はずっと一緒にいられる。僕は彼のヒーローでいられる。

 何も変わるはずなんてない。ない。なかった、なかったはずなのに。







 少しずつ、少しずつ。

 瑞穂は変わってしまった。

 僕を必要としない"瑞穂"に。








 僕はずっとこのままでいたかっただけなのに。





 どうして変わっちゃったの?瑞穂。


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