第10話 暗闘

 それはGI達に帯同していた子供――ガラッハ少年だった。

 驚きと呆気にとられた三世みつよは、それでも頭を軽く掻きながら立ち上がる。

「そうか……そういうことか。そりゃ霊視能力者見鬼じゃないよね。うん、納得した」

「大人しく……えっと……両手を挙げて大人しくしろ! それと名を名乗れ!」

 ぼやく三世みつよの態度を侮辱と感じたのか、ガラッハの声は鋭いものへと変化する。

 しかし、なぜか三世みつよの方も憤慨している様子だ。

「誰に礼儀を仕込まれたんだい、仔狼ウェルプ君? 目上には礼を尽くせって教わらなかった? それに名乗りもしないとか……とても失礼だよ?」

 瞬間、二人は剣呑な目付きで睨みあう。そして――

「後悔しろ!」

 とガラッハが吐き捨てたのを合図に、暗闘は始まった。


 まず一瞬のうちに間合いを詰めた踏み込みからにして、尋常な疾さではない。

 見た目は十歳を数えるかどうかの子供なのに、一流の格闘家にも匹敵する速度だった。

 それでいて歳相応に拙く、そして荒々しくもあり……逆に空恐ろしくすら感じさせる。

 また珍しいことに虎爪で構えていた。

 これは掌を開き、五本の指を立てた――虎の爪を真似た形象拳の一種だが、基本技とする者は少ない。実戦を謡う流派が、目潰し狙いで使うくらいだ。

 しかし、どこへだろうとお構いなしに振るう姿からは伝説を――極めし者は肉をも裂き、また骨すら断つという伝説を想起させる。

 

 だが相手取る三世みつよの方は、より普通で――さらに異常だった。

 ガラッハばかりが攻めていても、それは防戦一方へ追い詰められているからではない。

 三世みつよが選択した結果だ。素人目でも、そう理解できるほどの余裕がある。

 しかし、それでいて動きは穏やかで――ゆっくりとすら感じられた。

 おそらくは必要最小限の動きを、必要最小限の速さで。

 戸外から差し込む弱々しい焚火の光だけという、ほとんど闇の中も同然な環境で可能な芸当とは、とてもじゃないが信じられない。

 だからこそ三世みつよの異常さと――彼我の差が際立っていた。


 そして武舞を終わらせるべく、三世みつよが構える。

 指で指に溜めを作って弾く技――俗にいうデコピンだ!

 しかし、あわやへクリーンヒットする寸前、身体ごと仰け反るようにしてガラッハは躱した。

 そんな屈辱は、絶対に認められなかったのだろう。男の子には、譲れない矜持というものがある。

「きっと誰にも導かれなかったんだね。疾さに頼っては――いや、力に頼っては駄目なんだ。必ず限界がきてしまうから」

 勢いあまって後転するガラッハを、そう三世みつよは批判するが……なぜか憐憫の情を覚えているようだった。

 だが、それすら憤怒に身を焦がす少年には屈辱だ。

 敵対者の眼前でなければ地団駄くらいは踏んだかもしれないし、我慢しきれず泣き喚いたっておかしくない。

 しかし、驚異的な自制心でもって堪えた。これは年齢を考えれば称賛に値する。

 そして代わりに激情の全てを、両の手へ注ぎ込むように身体を震わせ――


 なんと爪を伸ばした!


 ほんの僅か――伸びたのは一センチに満たなくとも、紛れもなく現実の出来事であり……その三角形へ窄まった先端は鋭そうで、まるで猛獣のそれだ。

 しかし、この自らの正気すら疑えそうな怪奇現象を前に、あろうことか三世みつよは溜息を吐く。

「爪が鋭くなったから……なに? 当たらなきゃ意味ないのは変わらないんだよ? 忠告を聞いてたのかい? 力に頼っては――」

 だが、最後まで言わせずガラッハは狂飆へと化した。

 そして先ほどの再現ともならない!

 三世みつよが同じように最小限の動きで見切っていても、その纏った迷彩服は斬り裂かれ……徐々に爪刃へ捕らえられ始めた。

 知れずガラッハは愉悦の笑みを漏らし、眉を顰めた三世みつよは顔を強張らせ――


 再びガラッハは飛び退ける!


「どんなに頑張って修行しても、爪を鋼より鋭くなんてできないし……する必要もないんだ。いまや鋼なんて、ありふれてるからね。だから爪なんて伸ばしても無駄だよ」

 煽るように諭す三世みつよの手には、いつの間にか苦無が――昔の忍者が使ったスローイング・ナイフが握られていた。

 そしてガラッハの方は黙って傷から――刺された掌から血を吸いだし、吐き捨てる。

「失礼な! 毒なんて使うわけないだろ! それにちょびっとしか刺してない。男の子なら我慢、だろ? ――でも、どうする? 次は耳でも生やす?」

 わざわざ両手を頭へ乗せるようにし、ピョコピョコと動かす。……場違いなまでに楽しそうだ。

 しかし、逆に少年は冷静さを取り戻していた。

 彼にとって、その常人を超越した身体能力が全く通じない相手は初めてで……もう素直に感心してしまったのだろう。

「……いくよ」

 三度、ガラッハは自らを弾丸と化す。

 単純な全身全霊を注ぎ込んだ突進。その余勢を駆るのであろうシンプルな横薙ぎ。

 素質を威力へ転嫁するだけなら、なんの問題もない。だが、それだけだ。

 なぜか落胆の表情をみせた三世みつよは、それでも見切りかけ――


 戦慄の表情へと変わる!


 最後の一歩と共にガラッハは三世みつよの足元へしゃがみ込み、それから反動を利用して身体ごと跳び上がったからだ!

 それも死角となる左側から――三世みつよが苦無を持っていない方から!

 横の攻撃と見せかけながら、急に縦の動きへと変える。

 技というには余りに粗削りであっても、この夜、少年が初めて力ではなく頭に頼った動きだった。

 しかし――

「うん、まあ……かな? 昔から教えるのが下手って、姉さまに叱られて――」

 いつの間にやら三世みつよは左手へ苦無を持ち替えていた。そのまま盾とするように攻撃へ合わせていく。

 だが、もはや止まれないと判断したのかガラッハは、その苦無を打ち払い……なんと鋼をへし折ってしまう!

「ぼ、僕の爪は、鋼になんか負けない! どうだ!」

「……我ながら先生の才能がないね。 ――弾より疾くなれないのなら、拳銃の方が凄いと思わない?」

 いうなり三世みつよの右手へワルサーが現れる。まるで魔法のような早抜きだ。

 そして敵前で跳び上がってしまったガラッハに、躱す術などあるはずもなかった。

「今度は牙に頼ってみる?」

 そう三世みつよが嗤い――


 眩しい光の乱入と共に、ワルサーが弾け飛んでいく。

「うちの子に品のない大道芸を教えないでくれる?」

 軍用の懐中電灯フラッシュ・ライトを片手に戸口へ立つのはゼニヤッタだった。

「……なるほど。子守ナース・メイドじゃなくて調教師ハンドラーだったのか。 ――でも、一生ものの芸だと思わない? 飛んでくる弾丸を歯で止められたら?」

「ガラッハはプレップ・スクールへ通わせて、アイビー・リーグを目指させるんだから、そんな下品な手品を覚えないでいいの」

 二人は軽口を叩きあいつつ、互いを値踏みしているようだった。

 特に三世みつよはゼニヤッタが右手で持つ細い鞭に、並々ならぬ関心をみせている。全く視線を外そうとしない。

「ゼニヤッタ様、お気を付けを! そいつは……そいつは……つ、強いです! 油断なりません!」

「……驚いた。うちの頑固者ダイ・ハードに認めさせるなんて! なら――」

 すべてを言い終える前にゼニヤッタは細い鞭を振う。どうしてか間合いの遥か遠くから!

 だが、その届くはずもない鞭撻は、なぜか三世みつよを正確に捉える!

 しかし、それすら三世みつよは躱す! 見切ってみせた!

 何度か蜻蛉を切らされ、限界ギリギリであっても……その全てを避けきっている!

 まるで生き物のように伸び、そして意志あるかの如く獲物を追い……最後には引き戻されて縮む鞭をだ!


「本当に驚かさせられてばかりね。これって逃れられたの?」

「朝飯前さ。でも、やっぱり……なぜ西洋人が、そんなものを」

 おそらくは探る狙いがあったのだろう。けれど、まったくの逆効果でしかなかった。

「やっと、これが何なのか知っている人に出会えたみたい。 ――ガラッハ、挟み撃ちよ! なんとしてでも生け捕ります」

「は、はい!」

 一対一での決着よりも主人ゼニヤッタ命令オーダーは優先されるらしく、ガラッハは反論すら口にしない。

「自分の主は自分で決めることにしてるんだ。大きなおっぱいをした金髪の御姉様は捨てがたいけど……遠慮してもいいかな?」

「怖がらないで。大人しく捕まってくれるのなら、それ相応の見返りを約束してあげる」

 目の据わりだした三世みつよの軽口を、もうゼニヤッタは真面目に取り合わなかった。

 その間もガラッハは挟み撃ちを完成させるべく、じりじりと位置を変えていく。

「ちょっとだけ本気を出しちゃおうかなぁ? なんだか、やる気でてきちゃったし」

 そう三世みつよが嘯きかけたところで――


 銃撃の音が鳴り響いた!

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