第57話 おめでとう

文化祭が終わって、土日を挟んで月曜日。

その間、美由紀からの連絡は無かった。

俺はいつもの時間に家を出て、いつものように駅の改札を通った。

その先に、美由紀が立っていた。

通勤客が沢山いても、そこだけは浮かび上がって見える。

俺の目は、もう美由紀を見つけることに特化している。

「おはよう」

柔らかな笑み。

元気な声。

「今日は車じゃないのか?」

今日だけたまたま、という可能性も無いわけじゃない。

「今日も、明日も」

「明後日は違うのか?」

俺も意外と臆病というか、なかなか安心出来ないタチであるようだった。

「明後日も明々後日も」

「その先は?」

俺もいい加減しつこい。

「ずっと」

やっと理想の返事が返ってきて、俺はようやく笑うことが出来た。


普通電車に乗る。

少しは空いているし、少しは長く二人でいられる。

「お母さん、大学生の時に初彼が出来たらしいの」

「?」

「イケメンだったらしくて、いいように弄ばれてボロボロになったみたいで」

「それで、高校生の娘には交際はまだ早いって?」

「そうみたい。男を見る目を養ってからって考えてたらしくて」

「で?」

「娘の彼氏がイケメンじゃ無かったから」

「は? それで安心したと?」

「安心って言うか、取り敢えず見た目だけに惑わされているようじゃないから、しばらくは様子を見るって」

ヤッホー、ブサメンの勝利!

って、素直に喜んでいいものか。

「今はブサ──普通の人と付き合ってみて、見る目を養いながら、いずれはイケメンでいい人を見つけなさいって」

くそ、美由紀ママはブサメンとはっきり言っていたようだ。

しかも、俺の先を見据えているだと!?

「俺は練習台か!」

「バカなの?」

「何がだ!」

「これだけ私を……その、夢中にさせておいて」

ここは本当に通学電車の中なのか?

俺には薔薇色の空間に見える。

「門限は7時、土日のうち、どちらかは会っていいって」

「マジか!?」

「マジです」

「随分と、その、緩くなったな」

「一度、家に挨拶に来なさいって」

「……マジか?」

「マジです」

これは、別の意味で厳しくなりそうだ。

「誠君」

「何だ」

「これからずっと、一緒だね」

美由紀は、そう言って笑った。

ずっといることが当たり前になって、美由紀と呼ぶことが特別なことじゃなくなって、それらが普通のことになったなら、二人は、空気のように、いつも傍にあって、でも無くてはならない存在になるんだ。

「誠君」

呼ぶ声は、弾む。

「何だ」

答える俺の声も。

美由紀と俺が、お互いが空気のような存在になるにはまだ時間がかかりそうだ。

美由紀の笑顔に、俺はドキドキする。

そしてこれから美由紀が口にしようとしていることにも。

「お願いがあるの」

「何なりと」

美由紀の笑顔は幸せそうに見えた。

そしてまた、いつもの命令口調でこう言った。

「私を、もっと幸せにしなさい」

俺と美由紀は、また一歩、踏み出したんだ。




「おっはよー」

って、私が一番乗り?

むー、たまたまか、何か変化があったのか。

取り敢えずは席に座るけど、後ろに誰もいないと落ち着かない。

あれ、教室って、こんなに広かったっけ?

静かだし暇だし、こんな早くに学校来ても意味無いじゃん。

……でも、早く来る意味なんて、とっくに無くなってたよね。

「花瓶の水でも換えますか」

誰かさんの仕事を私が片付ける。

ついでに黒板も拭いて……チョークの補充もしてたっけ?

まあその辺は適当で。

「お!」

窓の外に、今学校で一番有名なカップルを発見。

上手くいったんだ!

おぉまぁデレデレしちゃってさあ。

ということは、これから毎日、この時間に登校かなぁ。

私は……遅らせた方がいいよね。

だとすると、一人の教室は今日が最後。

二人の教室の最後は、もうちょっと噛み締めておけば良かったなぁ。

でも、最後になるとは思って無かったし……。

私は、これからも毎日見る教室を、まるで見納めみたいに眺めた。

……今まで、ありがとう。


あ、廊下から二人の楽しげな話し声が聞こえてきた。

さあ、ヒーローの登場だよ。

自信の無い男共のヒーロー、さくっちのヒーロー、そして私の、ヒーローだった人。

扉が開く。

二人の幸せそうな笑顔。

心のどこかが少し痛むけど、私は飛びっきりの笑顔で言うのだ。

「おはよう!」

そして心から──

モッチー、さくっち、おめでとう!

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俺に彼女が出来ないのは、どう考えても俺のブサメンのせい、だった…… 杜社 @yasirohiroki

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