第2話 理不尽な……

「ノックくらいしなさい」

俺の闖入に動じることなく冷静な声を返してきたのは、同じクラスの、そして生徒会副会長でもある佐倉美由紀だった。

「悪い、まさか佐倉がいるとは思わなくてさ。それより、ここに誰か来なかったか?」

「誰も来てないし、誰も来る予定も無いわ。あなた以外は」

「え?」

「読んだのでしょう? て、が、み」

それとなく苛立ちを感じているのか、区切った言葉に合わせて指が机を叩く。

まさか、犯人は佐倉?

いやいやいや、無いでしょう! だって、成績優秀で堅物でやたらとプライド高くて愚民を見るような目で周りを見下すタイプだよ?

顔は整い過ぎて冷たさを感じるレベルだし、立ち居振る舞いは紛うことなくお嬢様のそれだし、こんなイタズラするなんて考えられない。

しかし、佐倉の口振りからすると、手紙を出したのは彼女本人で間違いないようだ。

これはもしかすると、生徒会の呼び出しというのが正しいのだろうか。

「この、ちまちまと切り貼りした手紙、佐倉が?」

「ちまちまは余計よ。苦労したんだから評価してほしいくらいだわ」

さすが選ばれた人種は考え方が違う。

ブサメンなら恐縮する事柄ですら評価しろときた。

「まあ大変だったとは思うが……で、何を手伝えばいいんだ?」

「手伝う?」

佐倉の気難しそうな顔が、眉を顰めることによって不機嫌にすら見える顔になる。

それでも綺麗なのは羨ましい。

ブサメンはキリッとしてもブサメンだし、不機嫌でも笑っててもブサメンだしなぁ。

「そっか……手伝うという形でもいいわけね……」

俺が悲嘆に暮れている中、佐倉は一人で納得している。

別に佐倉にとっては俺なんかは雑用係みたいなもんだし、俺は俺で、少々理不尽な要求でも聞き入れるつもりはある。

世のため人のため、そうやって行動してりゃ、いつか誰かが評価してくれるさ。

「望月君、協力してほしいのだけど」

協力ときたか。

体のいい言い換えであることは明らかで、本質は強制労働だろう。

「か、彼女を、作らないよう、出来ないように行動することを要請します」

ほら、なんて理不尽な──理不……尽、な?

「はあ?」

「聞こえなかったの? 端的に言うと、あなたが彼女を作ることは認めません」

理不尽は理不尽でも、ベクトルが違った!

「それは、俺ごときが彼女を作るのは罪深いとでも」

「あなたごとき、であるなら、こんな要求しなくても端から彼女が出来る心配なんてしないわよ。私はあなたを評価しているからこそ、こういう要求を出したの。いい?」

コイツ、頭大丈夫か?

ルックスも成績も良くても、頭がおかしい人はいるしなぁ。

「そのブサ──顔は、納得してないみたいね」

この人、今そのブサイクな顔は、って言い掛けましたよ?

それはともかく、

「理由も意図も読めない。きちんと説明してくれないか」

「理由、必要?」

ダメだこのお嬢。

だが、心底不思議そうに小首を傾げる仕草には、気品すら感じられた。

たとえ頭のネジが幾つかぶっ飛んでいたとしても、人類はブサメンより彼女を守ろうとするだろう。

俺も自分より彼女を守りたい。

「そもそも、俺に彼女なんて出来っこないし、仮に出来るとしても、佐倉がどうこう言う問題じゃないだろう?」

「そんなの、判らないじゃない」

「いやだから、たとえ物好きな女の子がいたとしても、佐倉には関係なくない?」

「関係なく無いわよ」

「どうして」

「だって私が……」

何これ? 普段の堂々とした、自信満々な、あるいは気高いと言って差し支えの無い態度が、借りて来た猫みたいに小さな声で何か呟く。

「どうしたんだよ?」

「私が、その……」

「だから聞こえないって」

「っ! 物好きな女で悪かったわねって言ったのよ!」

え? ええ? ええぇぇっっ!?

俺はこの時、生まれて初めて青天の霹靂という言葉をリアルに感じた。


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