俺に彼女が出来ないのは、どう考えても俺のブサメンのせい、だった……

ブサメンの恋愛事情

第1話 脅迫状？

下校時、下駄箱に手紙が入っていた。

俺の靴の上にちょこんと乗せられたそれは、女の子が使いそうな、可愛らしい封筒だった。

周りには誰もおらず、今その場で開封したい衝動に駆られるが、俺は素早くそれを鞄に仕舞い、学校を出た。

一人で下校しているのは、何も俺が「ぼっち」だからじゃない。

俺はブサメンだが、常に明るく、何事も率先して取り組み、前向きに生きている。

日々、努力を怠ることなく、勉学もスポーツも、それなりの成績は出しているし、おしゃれは出しゃばらない程度に、清潔感は何よりも大事に、そして、人の嫌がる仕事も厭わずにやる。

その努力の甲斐あって、男友達は多いし、女子からは「いい人」とよく言われる。

「いい人」を馬鹿にしてはいけない。

「あのブサメン」と言われるのと、「あのブサメンだけどいい人」と言われるのでは、天と地ほどの格差があるのだ。

いや、あるに違いない。

一人で下校しているのも、皆が掃除当番を押し付け、いや、綺麗好きの俺を見込んで頼ってきたからだ。

実際、俺の教室は今ピカピカで、明日の朝には皆から感謝の言葉をもらえるだろう。

うん、そろそろ彼女が出来てもいいんじゃないかな。

「！」

そこで俺はふと立ち止まる。

鞄に仕舞った先ほどの手紙が、もし「今日の放課後、〇〇で待ってます」とかだったら、その女性に恥をかかすことになるではないか！

いかんいかん、あぶないあぶない。

常に紳士であれ、を心掛けている俺としたことが。

俺はその場で立ち止まり、鞄から手紙を出す。

改めて見てみると、宛名も無ければ差出人の名前も無い。

これはきっと、照れ屋さんだからじゃないかな。

うん、そうに違いない。

俺は逸る心を抑え、手紙を破ってしまわないように丁寧に開封した。

中からは折り畳まれた一枚の便箋。

取り出すときに、ふわっといい匂いが立ち上ってきて、差出人が「女の子」であることを主張する。

思わずにやけそうになる口許を、俺は慌てて引き締める。

ブサメンがにやけると、即座にキモメン扱いされることを俺は知っているからだ。

本当は封筒の中に鼻先を突っ込んでスーハーしたいところだが、ブサキモ変態のレッテルが貼られてしまうことを、俺はひどく恐れた。

スーハーは彼女と深い関係になってからでも遅くはない。

というわけで、将来のスーハー対象者であるお方からの恋文を拝読することにする。

『今日の放課後、生徒会室に来てください』

「……」

俺は空を見上げた。

生徒会からの呼び出し？　そんなものだったらまだ良かったかも知れない。

実際、俺は各所からのあらゆる要請に応えてきたし、先生からも皆からも、「困ったときは望月君」というキャッチコピーを頂くほどだ。

その噂を聞きつけて、生徒会が俺に雑用を頼んできたとしてもおかしくはないし、俺もそれに応えてみせるだろう。

だが！

だがこれは、生徒会からの呼び出しなどではない！

女の子向けの可愛らしい便箋に書かれている文字は、女の子の可愛らしい文字ではなく、味気ない活字だった！

いや、字に自信が無くて、パソコンで書いて印刷しました、とかなら判る。

だがこれは！

これはそんなものではなく、新聞や雑誌の文字を切り抜いて貼り付けた、まんま脅迫文じゃないか！

……ふと、先ほど頭に浮かんだ「照れ屋さん」というワードが甦る。

いやいやいや、さすがに無いでしょ。

あるいは、ものっ凄いツンデレさんで、「アンタなんかに私が字を書くなんて勿体無いでしょ。手紙がもらえただけで喜びなさいよ！」なんてケースも……あるわけねー！

つーか文字を書くのも勿体無いって女が、雑誌や新聞から文字を切り抜いて貼る労力をかけるなんて、とてつもなく歪んだ情念を感じるわ。

とにかく、恋文ではなく、生徒会からの呼び出しでもないとすれば、後は……ただのイタズラか。

まあ、下駄箱に手紙を見つけた時点で、その可能性は見出していた。

いや、正直になろう。

イタズラであろう出来事の中に、もしかしたら、という可能性を見出そうとしていたのだ。

本当は恋文である可能性なんて、7パーセントくらいしか無いと思ってた。

10パーセントって言っちゃうと自惚れって思われそうだけど、7パーセントならいいんじゃないかな、って思ったんだ。

だから残りの93パーセントの確率が当たっただけなのに、当然の結果なのに、なぜ、なぜ俺はショックを受けているのだろう？

それに、ただのイタズラに雑誌や新聞から文字を切り抜いて貼り付け、なんて手間をかけるのは、相当に陰湿で粘着質な人間ではあるまいか。

……。

このまま帰るか。

こんなあからさまなイタズラに引っ掛かったら、いい物笑いの種だ。

俺は駅への道を歩き出し、三歩進んだところで──踵を返した。

何故か早足になっていた。

俺は器用じゃない。

スルーするスキルなんて持ち合わせていない。

今までずっと、何事にも誠意を持って、愚直なまでに正面から取り組んできたんだ。

「どうしてこんなことをするんだ」と問うて、謂れの無い悪意を向けられても、容姿を見下す答えが返ってきても、心の中で笑い飛ばせばいい。

落ち込んだって、憎んだって、事態は好転なんかしやしない。

俺は再び校門をくぐり、階段を駆け上る。

生徒会室が見えてくる。

どんなヤツがいるのか、あるいは誰もいないのか、そんなことさえ考えなかった。

俺は躊躇いもせず、その威圧感のあるドアを──勢いよく開けた。