DICIOTTO *侍女テレサの独白*

わたくしの名前はテレサと申します。この国の由緒ある五大公爵家の一つ、 アシュレイド公爵家で公爵様のご息女である、エリザベス様の専属侍女をさせていただいております。


今は主であるエリザベス様のお部屋の窓から、エリザベス様の乗る馬車を見送りながら先ほどの事が思い出され、悔しさからくる憤りにブラシを持つ手についつい力が入ってしまいました。



「ふざっけんなよ! あンのドグサレどもがっ!」



バキっ!という音とともにブラシの持ち手部分が壊れてしまいました。


あらあら‥‥ いけませんね。 公爵家の侍女ともあろうものがつい本音がでてしまいました。 隣にいた同僚であり、同士でもあるマギーが頬を引きつらせ、思わず、といった体で一歩引いてしまいましたわ。


「な、テレサ‥‥いきなりどうしたの? 心の声が漏れてるわよ」


「え、ええ、つい‥‥ 」


「まあね、気持ちはすっごくわかるわ。 私だって同じ気持ちよ。 エリザベス様がいなけりゃとっくにこんなトコ辞めてるわよ」


「本当に..... あの方達には何故あの光り輝くようなエリザベス様の美しさ、素晴らしさが解らないのか理解に苦しみますわ」


そう...あの天使のようなエリザベス様のお身内が、何故あのような俗物なのか本当に理解に苦しみます。





わたくしがこの公爵家に来たのは、7年ほど前になるでしょうか。 それほど大きくもない子爵家の5人兄弟の次女であるわたくしは、アシュレイド公爵家に縁あってご奉公することになりました。 最初の2年間は屋敷全体の掃除やら雑用をこなしておりましたが、エリザベス様が10才になった際、マギーと2人でエリザベス様の専属侍女になるよう仰せつかったのです。


公爵家の使用人ネットワークによると、旦那様である公爵様からも、奥様であるマデリーン様からもあまり可愛がられて居ないと聞いていて、お仕えすることが決まった当初はご両親から疎まれていると言うことは、きっととんでもない我儘な子供なのだろうと勝手ながら思っておりました。 マデリーン様を殊の外敬愛している侍女長も、奥様の意向に逆らうことなく、エリザベス様を厳しい目でみておりましたし、正直申し上げて、お仕えするのはとても憂鬱でございました。 あの頃のわたくしを1000回ほど張り倒してやりたい。


ある日、わたくしは実家がとあるトラブルでごたごたしており、その事で少々眠れない日々を過ごしていて、とうとう普段のなら絶対にしないようなミスを犯してしまったのです。 その日は庭園の奥まった所にある、あまり人目につかない場所ではらはらと悔し涙をながしておりました。 


誰も来ないだろうと油断していたのでしょう。 突然「…… テレサ?」とわたくしの名前を呼ぶ声にびっくりして振り向くと、大きく目を瞠ったエリザベス様が佇んでおりました。



「どうしたの? ぐあいがわるいの?」


「......ッ。 いっ…いえ、大丈夫です。 何でもありません……」


「そう…」



エリザベス様はそれだけ言うときびすを返し、屋敷の方へ戻って行かれました。 泣いている侍女が珍しかったのか、話しかけてはみたけどあまり面白い反応をしなかったから興味が無くなったのだろうと、エリザベス様のことはすぐにわたくしの思考から外れていたのですが……。


しばらくその場でぼーっとしておりましたら、突然可愛らしくリボンで結ばれた、小さな包みが目の前に差し出されておりました。 



「テレサにこれさしあげますわ。 わたくしもおちこんでいる時、エドにおしえてもらったのです。 甘くておいしいものを食べると、気持ちがおちつくのですって。」



エリザベス様が「どうぞ召し上がってみて?」と言ってニコリと微笑んでわたくしの目の前にいらっしゃったのです。 



まさか! 我儘放題(と思っていた)公爵令嬢がわざわざわたくしを慰めるためにこれを?!



開けてみると、その可愛らしいその袋の中身はクッキーでございました。 呆然としていたわたくしに、エリザベス様は包みを開いて、甘く、いい香のするクッキーを差し出して、気遣わしげにじっと見つめてきたのです。 


もしかしたら嫌がらせのために、古い材料で作ったもので、食べたらお腹壊すのでは? と言うこともチラッと頭をかすめたりいたしましたが、侍女の立場では断る事も出来ませんし、クッキーを受け取る手が若干震えてしまいましたが、それを恐る恐る口に入れると、なんとも言えない上品な、それでいて優しい味がして、思わずほっと頬がゆるんでしまったようです。 


だらしなく緩んでしまった顔をご覧になったエリザベス様は、本当に心から嬉しいという気持ちが溢れるような笑顔をされ「ふふっ。 よかった、テレサ元気になってくれて」とおっしゃられたのです。


その笑顔まさに天使。 眩しすぎて直視することができません。 めがーめがーー!


そして、この時わたくしははっきりと悟ったのでございます。


何という思い違いをしていたのだろう。 この天使の笑顔はなんとしてもお守りしなくては、と。



同じように開眼した同僚のマギーと共に、今日もエリザベス様のお心をお守りするため、こっそりと地味に活動しているのでございます。



さあ、今日はあの雌ぶ…アリサ様にどんな嫌がらせをしてやりましょうか? ふふ、楽しみですね。

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