Day4 二度目の自殺


「へー。随分と楽しそうな青春をしていたんだね」

 黒前がストローで甘ったるいであろう飲み物を吸い上げている。

「……どこが楽しそうなんだよ」

「楽しかったから、君達は暴走したんでしょう。彼女と自殺するってことに違和感を抱かなかったんでしょう。……違う?」

 ――違わなかった。

「君達は“死”っていうものを軽率に見た上で、“死”でしかお互いを繋ぎ止められなかったんだ。ファミレスにでも行く約束をするかのような気軽さで誘って、後戻り出来なくなってしまった。……滑稽だよね」

 言い返す言葉もない。

 優星は唇を噛み締めて、項垂れるだけだ。

「って、僕は別に説教に来た訳ではないんだ。そんな君にお願いがあってきたんだよ」

 飲み終わったカップをテーブルに置いて、黒前は指を組んだ。

「もし、七星 真白に会えるとしたら、君は何を差し出す?」

 優星は、黒前の言っていることの意味を分かりかねて、答えを探すように視線を泳がす。

 死んだ人間に会う方法なんてあるのだろうか。

 優星は葬式には行けなかったものの、真白の墓参りには行っている。

 そうした意味でなら、真白に会っていることになるのだろうか。

「……生きている彼女に会いたいかって聞いてるんだ。そしてその代償として、君にもう一度自殺をしてもらいたい」

「……自殺?」

「そう、自殺。ある団地の四階から飛び降りてほしい」

「飛び降り、か」

「……君、本当に生きたいって思ってる?」

「え……?」

「大抵の人間なら、初対面の人間に『自殺してくれ』なんて言われたらブチ切れて席を立つか、僕の頭を心配するだろうよ。それを『飛び降り、か』なんて、真に受けるなんて、よっぽど生に執着してないんだろうなーって傍目に思っただけ」

 黒前は、トートバッグからノートを一冊取り出すと、優星の前でパラパラと開いてみせた。

 ページの片隅で棒人間が跳ねている。

「世界って、いくつもの重なりで出来ているって知ってる?」

 聞いたことはある。優星は黙って黒前に先を促した。

「例えば、このパラパラ漫画。棒人間が動いているように見えるけど、本来一つ一つは独立した絵だ。僕達の脳の解釈によって、絵が繋がってストーリーを形成しているに過ぎない。

 この連続して見える絵の間に別の絵がある可能性だってある。あるいは、別のノートにストーリーが繋がってる可能性も。

 そのどちらも、こちらから認識出来ない世界ってこと。

 それが、どこかにある七星 真白の生きている世界。――君達が自殺しなかった世界だ」

 黒前が笑う。あの死神を彷彿とさせる笑顔で。

「どう? 真白ちゃんに生きていてほしいと思わない?」

 優星は言葉を詰まらせた。

 真白に会いたい気持ちには偽りはない。ただ、反面、四階から飛び降りろという彼の言葉が引っかかる。

 優星が真白と自殺を試みて、生き残ってしまったこの世界で、家族は優星を大事にしてくれた。「生きていてよかった」と泣いてくれた。とくに母親は、優星からのサインを見落とすまいと日に何度も顔を窺う。

 あのたった一度の過ちで、どれだけの人に心配や迷惑をかけたことか。


「……考えさせてくれ」


 それが今優星に出せる、唯一の答えだった。

 黒前は咎めたりはしなかった。

「じゃあ、タイムリミットは六日間。二十九日までに決めてきて」

 それだけ言うと、飲み終わったカップを持ってさっさと立ち去ってしまった。




 平成が終わるまで、あと四日。








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