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 公式、かどうかは定かではないが、資料というものはどんな時代でも堅苦しい文語で記されているものだ。

 未知の機関から提出されたそれも、その運命からは逃れられなかったようで、畏まった文体で一連の記述がされていた。

 タイトルは仮転生体の分離症状となっていた。なぜかその文字だけ縁取り装飾のカラフルなピンク色で、その後の本文の黒一色と対比してかなり浮いていた。まるでそこだけ誰かが悪戯して、配色を後から変更したかのような印象だ。あるいはお茶目さを出そうとして失敗したのだろうか。

 なんであれ、今はそこは重要じゃない。問題はいつだって中身だ。

 概要をかいつまんでまとめるとこうなる。

 仮転生体Sは、転生手続きにおいて生前活動証明の不備が発覚。その事由は、Sの生命活動が継続されていたためだった。つまり生きていたのだが、一方で死にかけてもいるという矛盾が確認された。生命力が極端に弱っている場合、転生申請することによりその生は終わりを迎えられるらしいが、Sの記憶には混濁が見られ、現在進行形で正常に活動している兆候も見られた。

 その時点でSは特殊案件の観察対象に指定され、特務調査部から担当者が割り当てられた。資料はこの担当者がまとめたものだった。通常の仮転生体の状況から逸脱するケースは、すべて調査対象のようだ。

 一週間ほどの調査結果で、Sは精神エネルギーが完全に二分化された存在になっていると判明した。

 これはどういうことかというと、Sという存在が二人に分裂したようなものらしい。解離性障害のような一つの体に、二つの人格ということではなく、文字通り精神も体も二体になったという稀有な例だった。個人が2分割されるなど、ファンタジー界隈でも真っ青のとんでも理論だが、実際あり得るらしい。

 どうやらこの世というものは、意外に何でもありな世界だったんだなと痛感する。まぁ、それは今は置いておこう。

 今回のケースである仮転生体S は、生まれつき病に侵されている人物だったようだ。元来病弱であったSをS1、新たに分離したSをS2とすると、S1は記憶や身体能力、その他諸々の生命維持活動に必要な最低限のものだけで構成されて虫の息の生命体になっており、身元不明者として病院に収容されたが、原因不明の衰弱系の病として治療は絶望視されている状況だった。

 一方で、S2の方は虚弱体質から快復した存在のSとしての立場に収まっており、普通に生活していた。S1とS2の間に記憶の共有はなく、お互いの存在を認識している様子はなかった。

 S1は完全に記憶喪失相当の精神状態であり、容姿等はS2と瓜二つであっても、本人が何も思い出せない上に歩き回って知り合いに会うという可能性もなく、S2が違う場所に存在する以上、Sの知人はSが行方不明者として病院にいるなどという可能性すら考慮しないため、S1は完全に孤立状態だった。

 Sの身に何が起こったのか正確な原因は不明だが、状況から察するに病弱だったSの願望が生み出した一種の奇跡と推測された。健康な自分になりたいという強い願いが、何らかの形で具現化し、S2としての存在に成り代わったのである。

 強い願いや想いによる人間の精神エネルギーの変容は、稀に起こることは観測されているので、Sの分離症状もその一例と考えられた。

 問題はS1が瀕死状態で仮転生体であるのに対し、S2は活性状態ということである。S1とS2は生命体としての固有ID上、同一であるため、個々に処理することはできないルールだった。万が一、一方のみを転生した場合、もう片方も引きずられるであろうということは高確率で予想できた。生きている人間は当然、転生させるわけにはいかない。

 ゆえに、特務調査部はSを本来の一つに生命体に戻すべきだと進言して、報告書を締めくくっていた。

 その具体的な方法などに関しては、一部の記載があったようだが、検閲で削除された跡があって内容は不明だった。特務調査部では、原因の調査や解明と、その後の対応や対策は別の担当制のようで、今回の資料はあくまで調査のものだった。

 以上が、ちょわから俺たちに渡された資料だった。

 人間の精神が二分化されて、文字通り二人になるなんて荒唐無稽な話は、鼻で笑い飛ばす類の妄想だと思うが、非常識な弐姫の存在やちょわなどを知ってしまった以上、あり得ないとは言えず、こうして資料として提出されたからには信憑性はあると判断するしかない。

 そして、この資料をわざわざ知らせてきたということは、弐姫もまた分離された精神体である可能性があることを示唆しているとしか思えなかった。

 ひいてはつまり、弐姫が生きている可能性が見えてくる。自分は死んだと思っている弐姫に、実はまだ生きているかもしれないという話をするのは、かなりセンシティブな話題に属する。もしかしたらまだ生きているという考えは、希望にも成り得るからだ。

 現在の弐姫は自分の死を受け入れ、ただ転生するために記憶を取り戻そうとしているわけだが、実は生きているのだとしたら、当然死は受け入れがたいものへと変わるだろう。死にたがるような人間は少数派だ。

 あくまで可能性の話ではあるが、生きているかもと思わせておいて、やっぱり死んでましたというオチは、究極的な対極であり、上げて落とすという最悪な展開になる。下手に希望を与えてしまうのはいかがなものかというのが、俺と楠木の見解であり、弐姫本人に黙っている理由だった。

 「そんで、何が分かったん?」

 花巻も今やそれらの事情を知っているので先を促した。楠木が変に隠しているよりはと判断したのだろう。実のある話と言っていたのはこちらの方だったのかもしれない。

 「ええ。では、こちらも簡潔に言いますと、弐姫さんがどういう存在であるかで変わるというのが、専門家というかそちらに詳しい人たちの総意になるということです」

 「どういう存在?幽霊かなんだっけ、仮転生体だっけ?そのこと?」 

 「はい。仮に幽霊であるならば、資料にあるような完全な二分化というのは有り得ないというのが共通したものです。まず、幽霊という存在は現世に何らかの未練、思い残しがあることがほとんどであり、それは当然強固な自我が前提です。ゆえに、自我が二つに枝分かれすることは考えにくいと。また、現実に影響を与えるのには膨大なエネルギーが必要で、それを二つに分けた状態な上、特定対象だけではなく無差別に可視化されている現象を維持し続けるのは到底考えられないとのことです」

 「それは要するに、あの資料のSみたいに一般人が見える状態で二人存在すること自体が、幽霊では有り得ないってことだよな?」

 「そうですね。幽霊自体、誰にでも見えるというものではないというのが一般的ですが、その辺りは幽霊の質や格、今風に言えばレベルによる違いはあるそうですが、どうであれ恒常的にその状態を維持できるはずがないという結論でした」

 「ってことはゴースト彼女は幽霊じゃないって話でおけ?」

 「はい。そもそも仮転生体=幽霊という推測が間違っているのではないかと思っていましたが、こちら側に仮転生体という概念がない以上、消去法で排除するのが目的だったので、予想通りと言えるでしょう。ただし、幽霊前提ではない場合、可能性として生霊という現象も考えらなくはないとのことです」

 「イキリョウ?なんぞ、それ?」

 花巻は聞いたことがないようだったが、俺は軽く知っていた。別にオカルトが好きなわけではないが、たまに世の中のスピリチュアルな業界を興味本位で見ることがあって、軽く調べたことがあった。重ねて断っておくが、その手のものにはまっていた時期があったとかいう話ではなく、ネット上の検索でまったく関係ないことを調べているにも関わらず、奇跡的な誤字や部分的なワード検索になぜか引っかかって、その手のサイトが目を引くことがあるというだけだ。

 俺は一切その手のものは信じない人間だが、頻度は少ないとはいえそういうことが起こるということは、世間では俺が思っているより需要があるということなのかもしれない。

 なんにせよ、生霊というのはその字の通り生きている人間が魂を飛ばして、他の人間に影響を与える現象のことらしい。主に、恨みつらみや恋愛感情で、他人に執着することから派生するようだが、魂を分離しているという点で、Sの二分化に類すると言えなくもない。

 「けど、生霊ってのは一時的なもんだろ?さっき言っていた幽霊と同じで、その状態を維持し続けるのには無理がないか?それに、結局それも誰にでも見える存在じゃないんじゃねぇか?」

 「はい。ご指摘の通りです。これはだから、あくまで可能性の話ですね。通常は特定の人物への執着心から生まれる現象ですが、それが世界そのものへの対象としてならば、あるいはその場の周囲にだけ可視化され、認識される存在として影響を及ぼすことはできるかもしれないと。その場合でも、途方もないくらい霊的エネルギーが必要となるので現実的ではないらしいですが、逆に言えば、そこさえ何らかの形でクリアできれば理論上有り得るという話です」

 「世界そのものへの執着……なるほど、死にたくない、生きたいって思うのはある意味、世界を対象にした執念か。Sの場合、健康体で生きてみたいって願いが、生霊ってかたちでこの世界に定着したって可能性か」

 「んんー?でも、それって変じゃね?」

 生霊について軽く楠木からレクチャーされた花巻が疑問を投げる。

 「ゴースト彼女が生霊だとしたら、あたしらに見えないってのはおかしーじゃん?あっ、けど、あきるパイセンだけに執着してるってこと?んん、あれ?卍わかんない特急に乗った系?」

 「可能性の話を続けるなら、分離した弐姫さんが半端な状態にあるということでしょう。秋留さんに見えている弐姫さんの構成が、記憶喪失兼現実干渉できない、あるいは秋留さんだけに執着した存在という可能性もあります」

 「それって、こじつけていったら何でも解釈次第でいけそうな気がするな。だいたい、弐姫が生霊みたいな存在だったら、Sの場合で発覚したように向こうの担当官だか何だかが分かるんじゃないのか?」

 えてして、人は自分に都合のいい解釈をして納得したがるものだ。可能性を免罪符に、完全に否定できないことを在り得る=あると思い込み、その仮定を事実として誤認する傾向がある。けれど、決してそれらは等号ではなく集合の一部に過ぎない。勘違いは怪我の基だ。

 「はい、それもまた彼らが見逃した可能性という仮定も成り立ちますし、レアケースであることを考慮すると、前例のない症状が常にあるのであちら側の検査能力を信用することもできません。というように、結局最後にはなんでもありの推測が成り立つので、深く考えても意味がないというのが結論です」

 「ええー!それってぶっちゃっけ、なんも分かってねーです、まる、ってことじゃね?」

 「いえ、ここまでの話は全て幽霊というカテゴリが前提としての話です。では、幽霊の定義とは何かと考えると、基本的に現世に何か心残りがあってあの世に行けない存在と言えます。この時点で、記憶喪失という状態の弐姫さんは振り落とされてしまいます。それほど強い心残り――言い換えればそれも記憶ですから――、それがない状況で幽霊となる可能性は限りなく低いでしょう」

 「……あのさー、クスクス。それって最初にそれ言えば、さっきまでの話いらんくね?」

 花巻が呆れたように正論を言ったように思えたが、流石は真面目人間、即答で否定していた。

 「いいえ。過不足なく理解するためには、それなりの道筋というものが必要です。納得するための道程とも言えますね」

 「ああ、そう……」

 何事もきちんとしたルートを辿る楠木に、ショートカット大好き人間の感情論を振りかざしても無駄なことを知っているのか、花巻は諦観に近い表情で飲み込んだ。そこは付き合いの長さによる経験測なのか、大人びた対応だった。とは言いつつ、なんだかんだと不満を口にする辺りは、やっぱり若いとも思う。

 それはともかく、俺自身も軽く混乱していた。

 「じゃあ、やっぱり弐姫は死んでるってことでいいのか?」

 「いえ、今のは幽霊的見地からのアプローチの話です。では、仮転生体としての立場からではどうなのか。次にその調査についてお話します」

 どうやらまだ、弐姫の生死は確定していないようだった。




 「仮転生体については、当然ながら専門家と言える分野はないので、オカルト方面に強い方を紹介してもらって、弐姫さんのような存在についてお話を伺ってみました」

 楠木がいつもの調子で語り始める。

 流石の探偵もオカルト関係には詳しくないようだが、つてがあるだけ凄いというか感心する。というか、幽霊もオカルトじゃないのだろうか。まぁ、世の中カテゴリ分けをしていくと、驚くほど細分化されていることが多く、その方面に片足を突っ込んでみないと知らないことが沢山ある。多分、その辺りの区分が違うということだろう。

 だが、何かが引っかかった。割と重大なことのような……

 そんな俺の表情を読み取ったのか、イケメン眼鏡君はさらりと反応する。

 「ええと、これらの相談料は友人からの紹介ということで、初回無料コースなので経費は交通費だけで済んでいます。ご心配なさらずに」

 「あ、ああ。そうか……」

 なるほど、俺は自分の懐具合を心配していたわけか。というか、本人より先に察するとか頭の回転早すぎるだろ、脳みそどうなっているんだ、真面目探偵。それに、初回無料って昨今の法律事務所のキャンペーンみたいだが、オカルト業界もその手の業務スタイルで新規顧客を取り込もうとしているのか。これも厳しい世間の流れとはいえ、世知辛さを感じると同時にどこか残念な気持ちがした。

 なんとなくのイメージでしかないが、もっと孤高の職業というか、俗世とは一線を画した商売を想像していたわけで、流行りの商業戦略と同じではなんだかやるせないものを感じた。と思ってはみたが、よくよく考えてみればオカルトなんて俗世まみれな気もしてきたので、単なる個人の思い込みな気もしてきた。

 いや、そもそもそんな思考が無駄だろうと冷静な俺の一部からツッコミが入ったので、これ以上は余計なことは考えないようにする。

 「オカルトかー、結局そっち方面になる系?卍アンビリバボー、まさかそんなガチ依頼がこの探偵事務所にくるとか、超レシーブ。つか、この期に及んで経費気にしてるあきるパイセン、チョッセーくない?ぷち萎えなんですけどー」

 何やら花巻からの評価が下がっている気がするが、気にしないことにする。大人は見栄だけでは生きていけない。おまけに現在無職だからな。金はすべてじゃないし、なくてもどうにかならんこともないが、あればあるほど助かるのは紛れもない事実なので、無駄に消費していいものじゃない。

 などと、心の中で誰かに弁解していると、楠木が妙な空気を断ち切るように話を続けてくれた。相変わらず、さりげない気遣いがうまい。

 「その専門家が言うには、違う場所に同一人物が同時に二人存在する例としては、ドッペルゲンガーが当てはまるとのことです」

 「どっちら喧嘩?なにそれ、美味いの?」

 「ドッペルゲンガー。ドイツ語で二重身といった意味ですね。有名なものとしては、ハインリヒ・ハイネの詩『帰郷』で綴られ、それを基にシューベルトが作曲した影法師という曲や、エドガー・アラン・ポーの怪奇譚『ウィリアム・ウィルソン』、芥川龍之介も『二つの手紙』で扱っています」

 「でも、それって全部創作だろ?オカルト用語としては俺も知っているが、実例とかあるのか?」

 「はい。僕も不勉強で知らなかったのですが、エミリー・サジェというフランス人の女性が有名なようです。ドッペルゲンガーは医学においては、自分の姿を見る症状として自己像幻視と呼ばれる脳の機能障害になるのですが、これはあくまで本人が自己像を誤認識するものです。対して、先のサジェの場合、同時に40人ほどの人間が、彼女が違う場所に二人いるという光景を目撃しているので、自己像幻視では説明できない現象で、ドッペルゲンガーが超常現象であることの実例としてよく引き合いに出されるようです」

 「なるほど……自分だけじゃなく、他者からも認識されるもう一人の自分か。Sの例に当てはまるな」

 「ってことはそれ、ビンゴじゃね?」

 「いえ、ドッペルゲンガー説にも穴があります。いずれも、そう長い時間存続しません。比較的短時間で忽然と消えるようですし、偽物というか、もう一人の方はぎこちない動作だったりで、他人とコミュニケーションを交わせるほどのものでもないというのが一般的な見方のようです」

 「なんだよ、それじゃダメじゃん」

 花巻の一喜一憂具合はまるでコントのようだ、頭で考える前に口に出ているといったところだろうか。慎重派としては到底真似できない。口は禍の元だ。

 ドッペルゲンガーについては俺も聞いたことがあった。よくホラー小説などで題材にされるからだ。死期が近い人間が見ることが多いとかで、もう一人の自分を見たら死ぬ的な話が多い。

 いずれにせよ、それらの現象は一時的で継続するものじゃない。その点で決定的に仮転生体Sの状況と食い違う。弐姫が亜種現象として考えるにしても、そこをクリアにしないことには前提条件で弾くしかない状況だった。

 「そうですね、単なるドッペルゲンガーでは該当しません。ただ、そうした現象が起こり得るなら、幽霊や仮転生体という非現実的な存在をある種のエネルギー体と考え、そのエネルギー補給さえ十全に行えるならば、他人からも認識可能なもう一人の自分という存在を作り出すことは、理論上可能なのではないかと思います」

 「ちょまっ!?クスクス、マジで言ってる?」

 「僕が冗談を言えるかどうか、よく分かっているはずですよ」

 「うわー、ヤバみマックス。段々、変な方に取り込まれてそうでマルミヤデンジャーなんだけど?」

 「合理的判断の結果なので大丈夫です。今回の案件では、常識外の見解も考慮に入れて対応していくだけで、通常業務にまで持ち込むつもりはありませんよ」

 意外にも花巻が常識的な心配をしていたので少し驚いた。本気で就職先に考えているからかもしれない。何にせよ、今はそれよりも考えることがある。楠木の仮説というか推論は、弐姫の実態に近づいている気がしなくもない。

 「仮転生体のエネルギーってのは、ちょわも言ってた精神エネルギーだよな?精神凍結で回復みたいな話だったが、よくよく考えたら凍結だったら回復はしないような……弐姫が眠っている状態のとき、実際には何が起こっているか分かればヒントになりそうだが……」

 「はい。そこが解明できれば理解の一助になるでしょう。ただ、弐姫さんにもその間の記憶はないようなので、例のガイド役に尋ねるしかないんですが、禁則とやらで拒否される気がします」

 「だよな……肝心のところはなぜかぼかされる傾向にあるもんな。まぁ、直接的に関係ないとも言えるから、妥当と言っちゃ妥当なのかもしれんが」

 「んー、でもさー、そのエネルギーが仮に補給できたとしても、ゴースト彼女があたしらに見えないのはおかしくね?Sの場合は認識されてたわけっしょ?」

 「Sの事例と弐姫さんのケースは同じではないでしょうから、そこは問題ではありません。重要なのは、仮転生体という存在形態が取り得るバリエーションとその源となる精神エネルギーの特性です」

 「なるほど、わからん。つまり簡単に例えると、何ぞ?あきるパイセン、どぞー」

 そこで俺に振るなよと言いたかったが、自分なりに咀嚼して理解するためにまとめていたので、確認のためにもいいだろう。

 「要するに、あれだ。精神エネルギーが紙粘土だとすると、いろんな形を作れるわけで、同じものをふたつでも、まったく別のものでも容量が許す限り何にでもなれる。だけど、水分には弱い特性がある、みたいなことが、推測できるようになるって感じじゃないか」

 「んんー?つまり、書かれてるプログラム言語がC++ならコンパイル必須だけど、Pythonなら不要。でも、実はコンパイルもできるぜー的な特性が、言語さえ分かれば判明するから、後はソースコード見てどんな処理されてるか判断できそうって言いたいん?」

 俺にはその例えはさっぱり分からなかったが、楠木が頷いたので間違いではないらしい。俺の例えから導き出されたのなら、おそらく俺の努力も無駄ではなかったはずだ。というか、揃いも揃って例え下手な気がする。最終的に伝わればかまわないのだが。

 「そうですね。それぞれの比喩での理解度は、そう遠くない解釈であると思います。弐姫さんの現状を正しく理解するためには、正常な状態での仮転生体の本質を知ることで、そこから外れている現状の存在形態を推測し、その原因を突き止めるという段階を踏む必要があるということです」

 うん、またもやこんがらがってきた。楠木的にはまとめてくれているのだろうが、言い回しが難解に聞こえるのは俺の理解力が足りないせいだろうか。

 「また、意味が行方不明なんですけど?1行でまとめて、あきるパイセン。3、2、1、ハイ」

 いや、ハイじゃないが。勝手に俺に振るな。こっちも必死に食らいつこうとしているんだ。

 「お前はもうちょっと先まで待て。まだ話の途中だ」

 とりあえず俺自身も含めて猶予が必要だ。プレゼンの話は最後まで聞いてから質問は後で、というのが様式美だ。途中で質問する場合、内容によってはこの後話すつもりなので質問は後でしてくださいというような気まずいことになりかねないからだ。もちろん、都度質問形式という進行方法もあるのだが、少なくとも今はそうではないと考える。

 こちらの困惑具合を正確に受け取った楠木は、更に言葉を重ねて丁寧に説明し始めた。流石のクソマジメガネ君だ。察しが良い。

 「ええと、つまりですね。本来なら情報の断片から、事実を構成して答を導くのですが、今回は情報があまりに少ないので、答をある程度推測して、そこに当てはまる事実や可能性を探してゆくアプローチをしています。その可能性の断片を検証している段階のお話が今と言えば分かりやすいでしょうか。推測した答である仮設が成り立てば、とりあえずはそれを軸として考え、その他の事柄一切の説明が可能かどうかで真偽が明らかになるかと」

 なるほど、ようやく話が見えてきた気がした。楠木は間接的な証拠で外堀を埋める確実な方法が取れないために、ある仮定を前提にして、それを補強できるものを積み上げることで、真実に近づこうとしているようだ。

 「こういう理解でいいか。今まではジグソーパズルの完成図も分からないまま、それっぽいピースを探していたが、ここからは完成図をある程度決め打ちで固定して、そこに当てはまるピースを探していると」

 「そうですね、悪くない例えかと。もちろんその完成図が正しいかは博打なところがありますが、確度は高い可能性のものだと思っています。そこで先ほどの話に戻るのですが、この場合の完成図というのが弐姫さんの存在形態、ピースがドッペルゲンガーなどの可能性ということになります。僕の仮説として、現在の弐姫さんが分離化した存在であるならば、もう一人の弐姫さんがどこかにいることになります」

 「ちょまっ!それってゴースト彼女がまだ生きているってこと!?」

 「それはまだ断定できません。精神エネルギーというものの本質は、どうも生死に限らず人間が持つものと推察されます。つまり、生きていても死んでいても、そのエネルギーが分離可能且つ独立した存在に成り得ると仮定できます」

 「えっと、ちょっと待ってくれ。楠木の仮説だと、弐姫にはもう一人の分身がいるっていう前提に立っているのか?」

 「はい。そして、その分身の一人が壱姫さんではないかと思っています」

 「えっ、えええーーっ!?そマっ!?」

 花巻の悲鳴にも似た驚嘆の声が、その場に響き渡った。

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