15、いばらの道
キースリング邸にジークハルトが訪ねてきたのは、ガーデンパーティーの二日後だった。
「どうする? 会うかい?」
メリルローザの部屋に来たグレンが訊ねる。
――結局、あの後メリルローザはガーデンパーティーを中座することとなった。
逃げ出したメリルローザが戻ると、東屋でグレンが待っていてくれた。おそらく、ジークハルトがグレンに声をかけておいてくれたのだと思う。
メリルローザの顔を見て何かを察したのか、それともジークハルトがグレンに説明したのかは分からないが、グレンは何も聞かなかった。
そんな状況だったので、グレンは取り次ぐ前にメリルローザの返事を聞きにきたのだろう。僅かに悩んだが、メリルローザは会うと答えた。
同席した方がいいかと訊ねるグレンにも大丈夫だと伝え、いつも身につけているレッドスピネルのネックレスと、ポケットに入れているブルーフローライトも自室に置いていく。
もちろん、メリルローザが身につけていなくても、彼らはこの屋敷の中くらいなら自由に動けるだろうが、外したのは「ついて来ないで欲しい」という意思表示のつもりだった。
応接室に通されていたジークハルトの前には手をつけられていないままの紅茶がある。部屋に入ってきたメリルローザを見ると、居心地悪そうに身じろぎした。
「……悪かったな。急に訪ねてきて」
「ううん。こっちこそ、この間はごめんなさい。あと、いろいろと……ありがとう」
メリルローザがすんなり帰れたのもジークハルトの手回しだろうし、勝手に入ってきた(ように見える)ヴァンのこともおおごとにしないでくれた。
いろいろ、の中身に思い当たったジークハルトは憮然とした顔をする。「あいつなんだろ」とやはり不機嫌そうに呟いた。
「……お前の相手。マイスタートルンクで見た顔と同じだ。人形みたいな顔してるくせに、人の家に忍び込んでまでお前の様子を窺ってるとは……情熱的だな」
皮肉な笑いは、いつもと同じように辛辣なのに、どこか覇気がない。
それはメリルローザも同じで、いつものように「うるさいわね」とか「余計なお世話よ」なんて言い返すことも出来ずに首を振った。
「彼とは、あなたが思っているような関係じゃないわ」
「は……? だって、あの時……」
ヴァンが俺の女だと言ったからだろう。正確には、俺の契約した女だ、という意味だ。
「わたしがジークに……いじめられてるとでも思って、助けてくれただけ。ただのわたしの片想いなの」
片想いと言ったときに胸が痛んだが、メリルローザは落ち着いた態度でお茶に手を伸ばした。
そんなメリルローザの言葉に、ジークハルトはありがちな想像をしたようだった。言葉を選びながら、「反対されているのか?」とそっと問う。身分差、あるいは他に婚約者がいる、両家の意向が合わない、……考えられるような理由を思い浮かべているであろうジークハルトに、メリルローザはそっと首を振った。
「ジーク。わたし、今、叔父さまの仕事の手伝いをしているの。このキースリング家を出ていくつもりはないわ」
「キースリング男爵の仕事の手伝い……?」
「ええ。彼も協力してくれている一人なの。わたしの側にいて、支えてくれるなら……彼と結ばれなくてもそれで十分」
「結ばれなくても、って……お前はそれでいいのか」
「だって、どうしようもないんだもの」
きっぱりと言い切ると、ジークハルトは言葉をなくしたようだった。長い長い沈黙のあと、息を吐く。
「お前はもうちょっと賢い女だと思ってた」
「……ごめん、馬鹿なのよ」
「っていうか、今、盲目的になっているだけじゃないのか?」
叶わない恋に燃え上がっているだけで、時間を置けばメリルローザの頭も冷えるだろうとでも言いたげだ。
冷静に考えれば、どちらが正しい選択かは一目瞭然だ。でも人間の時間は待ってくれない。
伯爵家の次男であるジークハルトも、いつまでも気が変わらないメリルローザを待っているわけにもいかないだろう。
だからメリルローザは、きちんとジークハルトに「お断り」をしなくてはならない。ごめんなさい、と頭を下げた。
「ジークの気持ちは驚いたけど嬉しかった。でも、プロポーズは受け入れられない」
殊勝に謝るメリルローザの頭上に「バカ」と声が振る。
「お前、あとで死ぬほど後悔するぞ? 僕みたいな優良物件を断るなんて」
「そうね」
「美人のくせに可愛げはないし、お前みたいなやつを好きになるなんて僕もどうかしてたかもな」
「うん」
「……バカ。本当にバカだな。……なあ、顔上げろよ」
言いたい放題言ったジークハルトの顔は怒ってはいなかった。いつものように人を小馬鹿にしたような顔で、椅子の上でふんぞり帰っている。
「お前が言い返してこないなんて気持ち悪い。自分で……選んだことなんだろ。だったらもっと堂々としてろよ」
すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干してジークハルトは立ち上がる。話はこれで終わりなのだろう。ジークハルトを送るためにメリルローザも立ち上がる。
玄関先で足を止めたジークハルトは、軽口を言う調子で口を開いた。
「……本当に困った時は言え。幼馴染のよしみで、……妾くらいにしてやってもいい」
「ふ、ありがと。ジークの世話にならなくてすむように努力するわ」
相変わらず可愛げのない女、とジークハルトが鼻に皺を寄せる。
(あんたみたいなやつを好きになれば幸せだったのかもね)
でもそれは言わぬが花だろう。むかつく幼馴染だけど、ジークハルトには幸せになってもらいたいから。きっぱりメリルローザのことを忘れて、良縁に恵まれて欲しい。
ジークハルトの背を見送りながら、メリルローザは自分がいばらの道に足を踏み入れているのだと自嘲気味に笑った。自覚しても、今さらもう戻れない。
*
一度、ハイデルベルクに行ってみたい。
メリルローザはグレンに相談を持ちかけた。
マイスタートルンクの時に買った専門書は何の変哲もないものだったが、挟まれていたカードがユリアの持っていたカードの模様に一致していたことが妙に引っかかる。
たまたまだったらいいのだが、こんなに短期間で同じ模様を見るのはなんだか出来すぎなような気がした。
もしかして、ハイデルベルクに何かあるのではないかと勘繰りたくもなる。
だが、調べるとなると、ある程度の滞在が必要だ。メリルローザ一人で遠出というわけにもいかずグレンに相談を持ちかけたのだが、意外にもグレンはあっさりと頷いた。
「構わないよ。薔薇のシーズンももう終わるしね」
グレンの手入れが必要なくなるから、と言いたいらしい。「それに」とグレンが組んだ手に顎を乗せた。
「僕もハイデルベルクで調べたいことがあってね。君とヴァンと、――それから、フロウの力を借りたい」
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