第14話

電車での“珍事”から2日後、彩子が来る日。

必死で彩子のクラスの授業準備をしていると、

いつもより早く彩子がやってきた。


「沢崎先生~」

ニコニコしている。

でもこっちはこれから始まる授業のテキストがまだ出来ていないので、それどころではない。

でも、ちょっと会話はしたいから、

「えー?早えーな、もう来たんかよ」

「何やってんのお?」

「今日のテキスト作ってんだよ」

「ねえねえ」

ドキッとした。

女の甘い声だ。

ほかの先生も

「ん?なんだ?」

みたいな顔をして、彩子を見やった。

「うっせーから、黙ってろよ」

「んねえ、先生ー、ちょっとちょっとお」

「なんだよ?!」

彩子は右手を挙げて、こっちこっちした。

「ナニ?忙しいの!」

と言いつつ、彩子の方へ。

「はい」

ん?小さく畳んだ一筆箋を手渡された。

「あとで読んで?」

と、小さな声で言われた。

「はいよ」

と言って、職員室に戻ると、塾長が目を細めていた。

中学生の女子には、こういう類の“行為”は日常茶飯事なので、ほかの先生たちは目にもかけなかったが、電車での“珍事”を知っている塾長には非日常の事に映ったようだ。

だから、ポケットにポイと入れてテキスト作りに集中した。


授業開始の時刻になり、俺は彩子のいる教室へ向かった。

その途中で綾子のくれたメモを見た。


「丈先生、この前はありがとう!

             彩子 チュッ」


やべ、反応しちまった。

心の動揺をなんとか落ち着かせ、

教室に入り、みんなが俺に集中するまで、

じっとみんなを見回す儀式を始めた。

見ないように見ないようにしていたが、

彩子の放つ光線があまりに強くて、

結局2回見てしまった。

1回目はちろっと、2回目はパチパチっと。

演習問題を解く間、俺は必ず机間巡回をするのだが、

俺は躓いている生徒や余裕綽々としている生徒に、

助言やアドバイスを与えていくことが習慣になっている。

これは、生徒とのコミュニケーションを深める役目もあるし、俺の授業力としての強みにもなっている。

彩子のそばに来た。

問題はすべてパーフェクト。

だから、

「うん、いいね、じゃ、この問題も解いてみて」

と言って、


「読んだよ、ありがとう  チュッ」


と、彩子のノートについて書いた。


机間巡回2回目。

また彩子の席まで来た。

彩子は、さっきのページに戻って、

「さっきの問題、これであってますか?」

と言ってきた。

ん?と見ると、


「私ね、先生のこと、好きなの  マジデ」


やべ、反応しちまった。

だから、

「うーん、どれどれ? うん、パーフェクト!」

と言って、


「俺も チュッ」


と、走り書きして、恥ずかしいから、ほかの生徒の席へ移った。


「はい、じゃ、答え合わせしまーす」

彩子に目をやると、ウルウルした目で、クシャッとした笑顔で俺を見ていた。


永遠に授業していたい。そう思った。

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