第8話

18時台までは晴天だったのに、今日に限って急に雨がザンザン降りになった。

授業が終わっても降り続けているため、近くに住んでいる生徒は親御さんに迎えにきてもらって、自転車は敷地に置きっぱなしにすることになった。

でも、男子はむしろ雨の中を自転車で帰ることが楽しいらしく、ワアワア言いながら帰って行った。

俺の最後のクラスは生徒数が12名で7名が男子だった。

残り5名の女子に星野がいた。

彼女以外の女子は家が近いので親御さんが迎えに来てくれることになったが、彼女は電車で二駅乗らねばならなかった。

塾長がおよその生徒を見届けてから、俺にこう言った。

「沢崎先生、星野さんを送ってあげてください。そのまま直帰で結構です」

「え?私ですか?」

「はい、女の子だし、夜も遅いから、責任もってお願いします。親御さんには私から連絡しておきます」

廊下でポツンと立っている星野彩子に目をやった。

彼女にも塾長の指示が聞こえたらしく、心なげな様子から一転してふわっと暖かな表情に変化した。


~二人きりになる~


そう思った。

思いもかけずに転がり込んだ機会だった。

彼女を家に送っていくだって?

なんかこう、付き合っていて、デートを終えて、男のつとめとして彼女が帰宅するのを見届ける。

そんな段階にまで発展した関係。付き合っている。

ほんのり桃の香りがする。胸がキュッとなる。

彼女を見ると、彼女もそんなことを考えている様子が見てとれた。

そして、クシャッと笑顔を投げかけた。

そのとたん、俺は、他の講師や塾長の面前で自分の心を見透かされるような真似はすまいと反射的につまらぬ顔を彼らに向けた。

そのとき、彼女の視線が目に入ってきた。迷惑、なんだ。。。

やっちまった。。。

でも、こういうときに、男としてどうすべきか、つまり、彼女のためにしてやれること、保身すること、その両方を成立させる策は何ひとつなかった。

だけど、これからこの子を送っていくのに気まずくなるのは嫌だった。

そこで、「ちょっと待っててね、すぐ行くから」

と、精一杯、仕事上、先生が受け持ちの生徒に話しかけるように言い、でも、目で「ラッキー!」と訴えた。

そしたら彼女、一旦は沈んだ目で俺を見ていたが、目が合った瞬間、俺の意図を汲み取ったみたいで、

「先生、ありがとうございます」と畏まってお辞儀しながら、俺だけがわかり他の先生から死角になる所で、右手を少し動かした。

ピースサインだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る