第9話

 赤湖は近くの森を抜け少しすると、双子の丘の手前に十字路があり、それを左折して暫く進み、道なりに進むと雑木林の中に赤い湖が現れる。


 「やっぱり赤い湖って、俺的には気持ち悪いな……」


 「うん。赤はちょっとね……」


 俺が湖を見て言うと、ヒカルもその意見に賛成する。


 湖の上に洞窟の入り口が見える。多分あれが入口だろうけど……。


 「キソナは、前回受けてないから知らないだろうけど、見えないだけで道があるんだ。私の後着いてきて!」


 「おぉ。宜しくな」


 洞窟の入り口に向けて、ヒカルは臆する事無く湖の上を歩いて行く。


 『choose one』の世界では、泳ぐのもスキルのはずだから、湖に落ちれば溺れて死ぬ事になる。

 俺はハラハラしながらヒカルの後を着いて行く。無事に洞窟に入った時は、俺は安堵した。


 「中、暗いんだな」


 明るい場所から来たから余計かもしれないが、真っ暗ではないが薄暗い。不思議な事に、洞窟の中にある水がほのかに光を帯びている。そのお蔭で真っ暗ではないものの見えるのは足元ら辺だけだ。


 「うん。落ちないでね。その水、毒だったはずだから」


 中央に真っ直ぐに通路が奥の壁まで続いている。その脇は、光る水だ。何となく赤っぽく見える。


 「奥に入ったら戦闘なんだけど、私、戦えないからお願いしていい?」


 「え?」


 先頭を歩いていたヒカルが振り向いてそう言った。


 「あ、勿論、相手の動きは止めるよ。ほら、前に一度見た事あるでしょう?」


 「そうだけど。それだけ?」


 「攻撃魔法を手にいれないと、私じゃダメ与えられないから……」


 「わかった」


 よく考えればそうだ。あの攻撃力じゃ武器を装備したところで、コボルトさえも一撃で倒せない。


 俺は、刀を右手に装備した。


 「あ、刀買ったんだ」


 「あぁ。リーチが長くて慣れるのに大変だったけどな」


 「そうだね。ナイフとじゃ、全然長さ違うからね~」


 壁まで着くと、俺が先頭になる。


 「その壁、突っ切れるから……。真っ直ぐ進んで。今来た通路と同じ幅しかないから気を付けて」


 ヒカルが後ろから説明をしてくれる。俺はそれに頷き、壁に進んでみる。言われた通り通り抜けられ、奥まで通路が続いているようだ。さっきと同じく脇は光る水だ。


 慎重に歩いて行くと、通路に何かいた。


 「止まって! あれが敵だよ!」


 俺は止まり敵を凝視する。薄暗くて見えないのでよくわからないが、子供ぐらいの背丈だ。


 「あのさ、攻撃魔法仕掛けてくるけど、HPはそんなに高くないから……」


 「一ついいか? それ動き止める意味あるか?」


 魔法詠唱には普通、五~一〇秒ほど時間がかかる。そして話せる状態の足止めなら魔法の発動は可能だ。今回敵は、横は毒の水なので後ろに逃げるしかない。逃げ道が一本なので、逃げたら追いかければいいと思うんだが……。


 「ある。一人に見えるかも知れないけど奥にもう一人いて、同じタイミングで魔法を打ってくるの。一体攻撃してキャンセルさせないと結構食らうと思う」


 「そうなのか。厄介だなそれ」


 詠唱中に普通に攻撃を食らうと、詠唱が止まりキャンセルされる。強力な魔法ほど長いのは『choose one』でも一緒だ。


 普通は今の俺のレベルでは、魔法耐性が付いた装備などしていない。受ければそのままの威力で食らう。多分二〇~三〇だ。両方受ければ、最低四〇は食らう。魔王補正が無ければ、普通のレベル六ならHPの三〇%削れる事になる。三回受ければ瀕死だ。


 俺はほとんど削られないだろうし、HPも六〇〇以上あるから問題ない。だがあまりにもチートだから、言われた通りにする。


 それにここに来て思ったが、二人並んで歩けない。つまりアタッカーが複数いても意味をなさない。もしもう一人連れてくるのなら、魔法を扱えるものがいい。

 俺一人しか誘わなかった意味が今わかった。


 「じゃ、お願いする」


 「わかった。……止めたよ!」


 ヒカルが手を出し言った。俺は走り出す!

 敵に近づくと、赤い三角帽子を被り赤いチョッキを着て、小人のような感じだった。

 俺は、刀を振り下ろした! そして魔法をキャンセルさせる。勿論ダメも入っている。


 『choose one』には、敵にも味方にもHPのゲージはない。だから相手がどれくらいダメージを食らっているかがわからない。ハラハラドキドキの戦闘なのだ。


 味方の場合は、ステータスを表示させればかいいが、不透過表示で背景が見えなくなる。なので普段は閉じている。

 戦闘の時は口頭で言うか合図などを決め、回復してもらうなどするのが『choose one』での戦い方だ。


 もう一度攻撃を入れると、敵は倒れ消滅した。後ろから「え?」と驚きの声が聞こえるが無視だ!


 ヒカルが言っていた通り奥にもう一人いたようで、火の玉が飛んできた。逃げ場がないので受けるしかない。

 HPは一%減っただけだ。たぶん五~一〇しか削れていない。


 俺はもう一人の敵に走り出す。攻撃を与え詠唱をキャンセルさせ、更にもう一度攻撃すると、先ほどと同じで二撃で倒れた。


 「凄い威力だね……」


 「ま、まーな」


 俺は削れていないが、回復しておく。


 「回復魔法!」


 体が光につつまれる。いつもは淡い光に感じるが、今回は凄く明るく、ヒカルも俺も目を瞑った。

 これでステータスを見られても、何とか誤魔化せるだろう。元々%表示だから、どちらにしても正しいダメは、わからなかっただろうけどな。


 「ビックリした。結構明るいね」


 「使った俺もビックリだ。で、後はどうするんだ?」


 俺の言葉でヒカルは、奥を指差す。そこには台座がある。


 「あそこに行くと脱出の玉があって、それを使うと外に出るの。それでクエストは完了」


 「結構あっけないな」


 「あっけないって……。キソナが攻撃力チート過ぎ! ドワーフなみでビックリした」


 やっぱりそうだよな。って、ドワーフは攻撃力が高いのか? そう言えばガイさんの攻撃力レベル三だけど四〇あったっけ。

 まあ何かしらのチートを持っているのは皆一緒だし、誤魔化せるだろう。


 「他の奴には内緒な」


 「うん? わかった」


 内緒にはしてくれるようだ。出来れば目立ちたくないので助かる。


 俺達は台座に向かった。テニスボール程の赤い玉が二個そこにあった。

 これか。これを使って外に出ればいいのか。俺とヒカルは同時に玉を手に取った。


 『汝に最後の試練を与えん!』


 うん? 最後の試練?


 そう疑問に思っていると、目の前が眩しくなり目を開けていられなくなった。

 外に移動した。そう思った時、聞き慣れた音が耳に届く。


 ポン。

 メッセージの時の音だ。俺は何だろうかと目を開け、飛び込んで来た文字に驚いた!


 《魔王補正が解け姿が元に戻りました!》


 は? なんで?


 さっきからキラキラと横で煌めいていると思っていたモノは、自分の長い銀の髪だ!


 え~~~!


 声に出して叫ばなかっただけ自分を褒めたい! だが、もうどうしたらいいかわからない!


 『今すぐに彼女の後ろに隠れ、お座りください! HPが回復して一〇%以上になれば、男性の姿になります! 一、二分で姿が戻るはずです!』


 今はもう、ピピに従うしかない!


 俺はヒカルの後ろに回り座った。ヒカルは眩しかったのか、座って腕で顔を覆っていた。直ぐの行動なのでヒカルには、この姿は見られていないはずだ!


 「悪いけど、後ろ振り向かないでくれ!」


 「え?」


 俺は申し訳ないと思いつつ、後ろからヒカルの頭を軽く抑える。


 『choose one』は、一人称視点。切り替えもない。つまり後ろを振り返られなければ、見られる事もない。


 「ちょ……」


 文句を言いたそうだが、素直に従ってヒカルは大人しく前を向いていてくれた。


 ポン。

 《HPが一〇%以上に回復しましたので、魔王補正が掛かり姿が男性に変わりました!》


 後ろに隠れ二分ほどで姿は戻った。一応髪を引っ張って見てみると黒い。


 「あー」


 どっと疲れ、俺は両手を地面につけ、声と一緒にため息をついた。それと同時にヒカルは振り向く。


 「で、どうしたのさ?」


 一体何があったという顔だ。

 いやそれは俺が聞きたい!


 『ピピ、一体どうして俺、HP減ったんだ?』


 やっと少し状況が飲み込めた。

 よくわからないが、外に出たとたん、HPが一〇%を切り本来の女性の姿に戻った。座る事により立っている時より三倍、更に魔王補正で五倍の速さで回復。それで二分ほどで一〇%以上に戻った。


 わかったと言っても起きた理由ではなく、回復する工程だけだ。


 『それは後程。今はワープでタード街へ戻る事を提案します』


 そうだな。ここで座って回復するのを待つのもいいが、別にワープがあるんだからそうしよう!


 「手を繋ごう」


 俺は、自分の中で完結してヒカルに求めるも、彼女はまた目を丸くする。


 「な、何で手を繋ぐの?」


 「あ! そっか。変な意味じゃなくて、ワープしようと思って!」


 ヒカルは頷いて、手を出して来た。

 俺達はワープしてタード街へ移動した。


 街に着くと噴水に近づき自分の姿を確認する。メッセージも出たし、ヒカルも何も言わないのだから男に戻ている事はわかっているが、自分の目で確かめないと安心できなかった。


 「よくわかんないけど、大丈夫?」


 ヒカルは、さっきから俺の変な行動を見て、何かあったのだと思っているはずだが気遣ってくれた。


 なんだろう? やっぱりテスターの時のヒカルと違うような気がする。


 「あ、ごめん。死ぬかもと思ったらパニックになったみたいだ……」


 取りあえず、誤魔化せそうな言い訳を言ってみた。というか、これしか思いつかなかった。


 「え! ごめん。そんなに驚くとは思わなかった……。外に出てから言えばいいと思っていたから。あそこではほとんど敵に合う事もないし、座って回復すればいいと思って。突然瀕死になったら驚くよね?」


 「あ、いや。うん。驚いたけど大丈夫……」


 瀕死になった事に驚いた訳ではなく、それによって元の姿に戻った事によってだ。だがそんな事は言えない。


 「ごめん。もし無理そうなら次から違う人探すから……」


 「あ、うん……」


 「ごめんね。手伝ってくれてありがとう」


 ヒカルはパーティーを解散すると、すまなそうにもう一度謝って歩いて行った。

 はぁ。何か疲れた……。


 『で、ピピ。俺、どうなった訳?』


 そのまま噴水によしかかる格好で、座り込んでピピに聞いた。


 『はい、今回は私の判断ミスです。申し訳ありません。クエストを受ける前にお話しするべきでした』


 クエストを受ける前って……。最初からこうなるって知っていたって事かよ。はぁ……。俺はガックシと肩を落とす。


 『職業クエストは、クエストですがイベントと同じく口添えする事が出来ませんでした。あの玉で脱出した者は、最後の試練としてHPが一〇%未満で外に出されるのです。もし敵に遭遇すれば、高レベルのキャラか回復持ちでもない限り死亡する恐れがあります。そしてレベル五以下になれば、タード街で復活したとしても五レベルになるまで職業は獲得できません』


 なるほど、それで最後の試練なのか……。知っていたら手伝わなかった!


 『今回は反省しております。キソナ様は本来のお姿に戻られるのでしたね……』


 反省って……。はぁ。

 俺は落ち着く為に、一旦ログアウトする事にした。

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