第8話 視線と評価

 その光景を見た俺は、しばし、昇降口を出た所で固まった。


 昇降口の前に、二人の美少女が立っていた。

 どちらも決して、アイドルや女優に引けを取らない雰囲気と美貌を持った二人の女生徒。彼女達を見ていると、まるで人間としての格が自分と彼女達では一段階も二段階も違うような印象を受ける。


 そんな二人に、俺は臆せず近付く。

 勇気があるからでも無謀だからでもない。一緒に帰る約束をしているのだ。


「お待たせしました」


 俺の声に、談笑していた二人がこちらを向く。


「では、行こうか」


 岸本きしもと先輩の掛け声と共に、三人で裏門へ向かう。


 並び順は、岸本先輩と姫城ひめしろ先輩が先行して並んで歩き、その後を俺が一人で追うという形だ。


 ちなみに、東雲しののめ先輩の家は学校の近くにあるらしく、また家の方向が駅とは逆方向にあるようで、今この場には東雲先輩の姿はない。


 気のせいか、視線が俺の方に向いているような……。


 前を歩く二人への視線の流れ弾が、こちらに来ているというのならまだ分かる。二人は美人で、学校内でも人気がある。二人に視線が集まるのは自然であり、摂理である。しかし、この感じ、そういうのではなく、もっとこうハナから、二人にではなく俺に視線が集まっているような……。


 いや、とぼけるのは止めよう。この視線に込められた感情を、俺は知っている。嫉妬しっと、そして敵意だ。もちろん、中にはただの興味でこちらに視線を向けている者もいるが、そんな視線を打ち消す程、さっきげた二つの感情は強く、また鋭い。


 六時間目の授業が終了してから二時間近くの時間が経過したとはいえ、この時間帯に下校する生徒は少なからずいるわけで、その生徒達の視線が俺に集中してしまうのは仕方のない事だった。


 まだ正式に生徒会役員に就任したわけではない俺の立場は、はたから見ればただの一年生男子。そんな奴がなぜ生徒会の二人と一緒に下校しているのか。俺が彼女達の立場でも同じような疑問を抱いた事だろう。


「どうかしました?」


 そんな俺の様子に違和感を覚えたのか、姫城先輩が振り返りそうたずねてくる。


「いえ、何でもありません」


 どうやら、二人の先輩は周囲の視線が俺たちの方に集まっている事に気付いていないようだった。もしくは、気付いていてあえて意にかいしていないのか。


 姫城先輩はともかく、岸本先輩はおそらく後者の方だろう。こういう事に関しては、なんとなく敏感そうだし。


「あまり気にするな」


 岸本先輩が、顔を半分こちらに向け、小声で俺に話しかけてくる。


「はぁ……」


 やはり、岸本先輩は気付いていたらしい。


「別に、悪い事をしてるわけじゃないんだ。堂々としていればいい。むしろ、胸を張るぐらいの方がちょうどいい」

「……はい」


 俺がそう言って姿勢を正すと、岸本先輩は〝それでいい〟と言うように微笑ほほえんでみせた。


「二人共、何の話をしてるんです?」

静香しずかには関係ない話だ。な、城島きじま君」

「えぇ、まぁ……」


 突然、岸本先輩に話を振られ、俺は曖昧あいまいな言葉を返す。


 確かに、姫城先輩には関係ないと言えば関係のない話だ。

 いくら視線を浴びようと、気付かなければ本人にとってそれは、浴びていないのと同じ事。


 今の場合、視線を浴びているのは俺だが、例えこの視線が姫城先輩に向かっていたとして、先輩はその事に気付かないだろう。それは抜けているからではない。おそらく、姫城先輩はそういう事に気付く必要がない人間なのだ。


 そういう意味において、岸本先輩と姫城先輩は同列ではないのかもしれない。


 ただ、その差異は、俺のような一般人には本当に些細ささいなもので、また在って無いようなものでもあった。


「何それ。二人の間だけで分かっちゃって。私は仲間外れってわけ?」

「ふふん。悔しいか?」


 そう言って、なぜか勝ち誇る岸本先輩。


「悔しく……にゃい」


 あ、んだ。


「にゃい?」

「うるさい。……由佳里ゆかりのバカ」


 ねたように小声で呟いた姫城先輩は、まるで子供のようで、いつも俺が見ている彼女とのギャップも相俟あいまって、非常に可愛かわいらしかった。




 裏門をぐくると、足元がコンクリートから土の道に変わる。


 道幅が狭く、三人で並んで歩くのは無理そうだが、そもそも二人の隣を歩くつもりはないので、なんら問題はなかった。


 二人の先輩の仲はとても良く、そのり取りは、まるで互いが互いの心の内を読み合っているかのようにスムーズで自然だった。


「城島君はどう思います?」

「え?」


 ぼんやりと二人の様子を背後から眺めていた俺は、姫城先輩に話を振られ、我に返る。


 当然ながら、二人の会話の内容は分からなかった。


「だから、私達のどちらが器用そうに見えるかって話ですよ」

「器用、そうですか?」


 俺は少し考える素振りをみせた後、


「岸本先輩ですかね」


 正直に答えた。


「な?」


 俺に名前を呼ばれた岸本先輩が、得意げな表情をその顔に浮かべる。


「えー、どうしてですか?」


 逆に、姫城先輩は不満げだ。


「うーん。岸本先輩は何事もそつなくこなしそうですが、姫城先輩はどちらかと言うと、どうにかしようと努力してこなしていきそうな……」

「……」

「……」


 俺が自分の考えをそう告げると、二人はお互いを見合って黙ってしまった。


「すみません。偉そうな事を言って」


 慌てた俺は、二人に謝罪の言葉を述べる。


「いや、君の指摘は、十分、的を得てると思う。なぁ、静香」

「ええ。何だかうれしいです。私の場合、初めから何でも出来ると思われてる節があるので、たまに〝私だって頑張がんばってるのに〟って思う時もあったりして……」

「城島君、君は人間観察にけてるようだな」

「え?」


 もしかしなくても、俺、められているのか。


「やはり、生徒会に君を入れたのは間違いではなかったな」

「うん」


 二人にそう言われると、何というか、とても照れる。


「そ、そう言えば、お二人はどういう経緯で生徒会に入ったんですか?」


 なので、少し強引ながら話題転換を図ってみた。


「私達か? 私達は前の生徒会長に誘われて入ったんだ。そういう意味では、君と同じだな」

「生徒会長に、個人的に誘われたって事ですか?」


 元々、知り合いだったのだろうか?


「ああ。初めに静香が誘われて、次に私が誘われたんだ。当時の生徒会長は、それはもうすごい人で、私達が生徒会に入ったのは、彼女に憧れたためと言っても過言ではない。もちろん、それだけが理由ではないが」

「凄い人だったんですね……」


 この二人が憧れる程の人って……想像も付かない。雲の上の更にその上の存在って感じだ。


「会長は、圧倒的な能力と行動力で、様々な問題をほぼ一人で解決していきました。あの人に比べれば、私なんてまだまだ……」


 姫城先輩にここまで言わせる人物……。ますます興味が出てくる。


「ただ豪快過ぎる所があって、副会長がよくフォローをしてた。表に出るタイプの人じゃなかったから気付かれにくかったが、実は副会長の方が会長の何倍も凄く何倍も大変だった、そう思うよ」

「幼馴染みという事で、息もぴったりで、私達には分からない次元で、あの二人は分かり合ってたように見えました」


 岸本先輩の言葉に、姫城先輩が続く。


「俺から見れば、お二人も息ぴったりに見えるんですけど……。お二人は高校入学以前からの付き合いなんですか?」

「静香とは、小学校入学当初からの仲だから、もうかれこれ十年以上の付き合いになるな」

「一年生で同じクラスになって、それから小中高とずっと一緒にいる感じよね」


 という事は、二人も〝幼馴染おさななじみ〟って事か。何を持ってそう呼ぶかは、よく分からないけど。


「静香は、その当時から人気があって……と言っても、小中と女子校だったから、同性からの人気なんだが、よく手紙をもらってたな。ま、それは今でもか」

「ちょっと、由佳里」


 姫城先輩の事を嬉々として語る岸本先輩に、本人から注意が入る。


 手紙を直接もらったり、下駄箱に入った大量の手紙を回収したりする姫城先輩の姿……。容易に想像できる。


「悪い悪い。とにかく、十年以上の付き合いだからお互い大抵の事は分かるよな」

「そうね。由佳里相手に隠し事はとてもじゃないけど、出来ないわ。すぐに見抜かれてしまうもの」


 そう言った姫城先輩の顔は、困ったような事を口に出しながらも嬉しそうだった。

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