ショートケーキ

 小説は事実よりも奇なり、とは言うけれど、結局のところ作者に都合のいいようにできている。

 主人公がフラれた時には雨を降らせ、気分のよい時には、晴れ渡った空の下、草むらの上で蝶を舞わせることだってできる。

 少なくとも、32歳の独身男が高い金を払って婚活パーティーに参加しようと歩いているところに、ゲリラ豪雨を降らせたりはしないだろう。

 ……今の僕のように。


 婚活パーティーとやらに初参加しようと勇んでいるところ、ゲリラ豪雨に見舞われた 原田剛はらだたけしはATMの入り口で雨宿りをしていた。ゲリラ豪雨とはいえ、あと数分は止みそうにない。ひさしの全く見当たらない場所で降られたものだから、雨宿りをするまでに体全体がぐっしょりと濡れてしまい、背中を生暖かい雨粒が伝っている。この状態ではもうパーティーには行けないだろう。


 このまま通り過ぎるのを待って家に帰ろう。全く自分はなんてついていないんだ、と剛は自分を呪った。

 口下手で人付き合いの苦手な自分。ろくな恋愛もできず32歳で未だ独身の自分。実家住まいとはいえ貯金もそんなにできない薄給な自分。その中から参加費を必死に捻出したパーティーに行けそうにもない自分。ただずぶ濡れでATMの入り口に立ちつくしている自分。

 考えれば考えるほど、この世の不幸は全て自分が背負っているような気がした。


「あれ!? 原田さんじゃないですか!」


 そう言いながら、剛が雨宿りしているところに女性が駆け込んできた。


「はっ……ぅゔん…… 原田さん」

 たんがのどに詰まった。あまり人と話をしない剛にとってはよくあることだった。

「ふふ。覚えていてくださったんですね」

  原田愛佳はらだあいかはにっこりと微笑むと連れていた小さな犬を抱き上げた。どうやら散歩中にゲリラ豪雨に遭ったようだ。


 愛佳は剛と同じ会社に勤める年下の女性だ。くりくりとした大きな瞳、いつも微笑みを浮かべている明るい表情。彼女と剛の間には名字以外に共通点は何一つなかった。


「剛さんも降られちゃったんですね」

 愛佳はタオルで犬の脚を拭きながら人懐っこく話しかけてくる。

「お休みなのにスーツなんか着ちゃって、どこか行くんですか?」

「ああ、ちょっと婚活パーティーに行ってみようかと。でもこんなに濡れちゃ行けないなって思っていた所でした」


 愛佳は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてからクスクスと笑った。

「そんなこと、真面目に言わなくたっていいのに! 剛さんも結婚とか考えてるんですね。実は先日、会社で話してたんですよ。原田さんはイケメンだって」

「ああ……」


 剛は偶然その場に居合わせ、盗み聞きするような形になってしまったことを思い出した。正確には『見た目イケメンだよね』と言われていたのだ。

 その時も愛佳は『しゃべらないけど、案外話してみたら性格もイケメンかもよ!』と言ってくれていた。


「ああって、自覚あったんですか?」

「まあ、ずっと昔からよく言われていたし」


 愛佳はまたクスクスと笑った。

「剛さんって本当に真面目なんですね! 私達、同じ名字なのに全然話したことなかったですよね」

 愛佳が抱き上げていた犬を地面に下ろすと、犬はぷるぷると体を振った。彼女自身は濡れたままだ。

「これ、頭だけでも拭いたほうがいいですよ」

 そう言ってハンカチを差し出した。

「僕も使っちゃいましたけど」


 愛佳は「ありがとうございます」と言うと嫌な顔ひとつせず、剛のハンカチを受け取った。

 一瞬の沈黙。


「剛さん。ここの隣、ドッグカフェになってるの知ってます?」

「いや、カフェがあるのは知ってたけど」

「じゃあ少し、寄りませんか? 庇をつたって行けるし。テラスなら濡れていても寒くないだろうし。タオルも貸してくれるかも」


 剛は突然のことに時間が止まったような気がした。

「ショートケーキが美味しいんですよ。私、少しお腹がすいちゃいました。……ね?」

 愛佳がにっこり笑って誘ってくる。


「ごっ……ごちそうしますよ。ショートケーキ」

「あはは。やっぱりイケメンですね、剛さん!」


 剛は甘酸っぱい苺を食べたような、なんだかくすぐったい気持ちになり、作者のご都合主義の小説も悪くないと思った。

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ショートショートケーキ しゅりぐるま @syuriguruma

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