(14)
文化祭が開催される三日前。
岳は、ある男と連絡を取って、放課後、駅の近くの喫茶店で待ち合わせをしていた。
男の連絡先は、真琴の妹である光琴と会った時に、彼女から貰っていた。
その男と会う事は、真琴には一切話しておらず、ましてや連絡先を貰った事も話してはいなかった。
そして、放課後の彼女との時間を無しにしてまで、岳は彼と会う約束をしていた。
店の入り口の方を落ち着かない様子で凝視していた岳は、自動ドアが開く度に、誰が入ってきたのかを確認する。
コーヒーカップを片手にじっと見つめていると、背の高い男が一人で店に入ってくる光景を目にする。同時に岳は、椅子から立ち上がった。
急に立ち上がった岳の存在に気が付いた男は、それが自分を待っていた人物であると察すると、軽く会釈をした。
そのまま岳のいる席へと向かう男と、男につられて頭を下げる岳。
岳が頭を上げるのと同じタイミングで、男は岳の目の前にいた。
――かっこいい人だなぁ。
そんな感想を頭の中で岳が呟くのも無理はない。
男は、長身な上に細身だが、半袖のカッターシャツから覗く腕は引き締まっていて、とても爽やかな男子高校生だった。
そんなイケメンな他校の男子は、確認するように尋ねかける。
「椿本岳……さんでいいんですかね?」
「はい! じゃあやっぱり君が、
二人のたどたどしい挨拶に、芳原が耐え切れずに吹き出すと、つられて岳も笑い出す。
同い年なのに、「さん」付けで呼び合って敬語で話している様子がとても可笑しく思えたのだった。
その後、二人の緊張はほぐれ、友人のように話す事ができたのだった。
中学時代の真琴をよく知る人物として、彼女の妹である光琴に芳原を紹介されたのだ、と岳は話した。
しかし、本当は違った。
――この人が、真琴さんが好きだった人……
光琴からは、真琴が中学の頃好きだった人物として名前を挙げられ、岳も彼を見て、それが嘘ではなさそうだという事を確信する。
彼は、とても好青年で自分とは比べ物にならないほどのかっこいい雰囲気をその身に纏っていた。
「それで、話っていうのはなに? たぶん、じゃなくて普通に、笠嶋に関係のある話だよな?」
彼の質問に岳は首を縦に振ってみせるが、話すのを躊躇うように、開こうとした口をまた閉ざした。
そして、予め予防線を張った上で話をする。
「これから僕が君に話す内容。信じられない話かもしれないけど、真剣に聞いてくれないかな? 僕と彼女の、今の関係について……――――」
岳は、自分と真琴が殺し殺されの関係の下で付き合っているという事や真琴がナイフで人を殺した時に起こる巻き戻りの現象、そして、その呪縛から彼女を救ってあげたい気持ちを彼に話した。
真琴も木下に話していたのだから、誰にも話してはいけない事でもないのだろう。
光琴には巻き込みたくなかったので話さなかったが、彼になら話しても良さそうだ、と岳は何の根拠もなく思ってしまった。
岳のその判断は概ね正しく、話を聞いた芳原は、ぽろりと一言呟いた。
「そっか。じゃああれは、夢なんかじゃなかったのか……」
「夢……?」
いきなり出てきたその言葉に疑問を抱いて繰り返す。
すると、彼は飲み物を啜りながら、夢ではなかった出来事について説明し始める。
「中三のときに笠嶋に呼び出されてさ。絶対告白されると思って、でも、彼女の方から告白されるのが嫌で見栄張ってさ。彼女の言葉を止めて、俺の方から告白したことがあったんだ。その時、俺は彼女にナイフで刺されて殺されたんだよ。確実に死んだはずだったのに、俺は死んでなくて、わけがわからなくなってその場から逃げ出した」
逃げ出した事を後悔するように、芳原は机の上に置いた自らの拳を握り締める。
だが、誰も彼の行動を責められはしないだろう。
告白したら何故かその相手から殺され、気が付くと自分を殺したはずの相手と対峙していたのだから。
「逃げ出して……その日の出来事は全部夢だったんだって自分に言い聞かせるようにしてた。でも、やっぱり夢じゃなかったんだなって」
芳原の話を聞いて、「そんなことが」という言葉が思わず口から零れ出す。
彼の苦しみもそうだったが、岳には真琴の苦しみも予想できた。
当時の彼女は、彼を殺す事でしか、自らの愛情を表現できなかったのだろう。
そして、好きな人を殺すという罪を犯した彼女はどれほどの苦しみに苛まれたのか。それとも、彼女にはもうそんな心すら存在せず、ただ嗤っていたのか。
それを確かめる為には、本人に聞いてみる他ない。
そう思った岳は、彼と真琴を会わせて、彼女の反応を見るという方法を思いついた。
「芳原。今の真琴さんに会ってみてくれないか?」
「会うってお前……逃げ出した奴が今更会ったってなんもできないぞ?」
それは彼の本心から出た言葉で、岳も彼の気持ちは分かっていた。
しかし、彼と会う事で彼女の中で何かが変わるかもしれないし、彼と会った時の様子で彼を殺した理由を知る事もできるだろう。
全くの無駄骨を折る行為だとは到底思えなかった。
引き下がらずに会ってほしそうな様子を漂わせた岳に、芳原は自らの頭を掻く。
「わーかったよ。会えばいいんだろ会えば。でも、これだけははっきり言っとくかんな。俺は逃げ出したけど、椿本は逃げ出さなかったんだ。だから、笠嶋を変えられるとしたら、間違いなく俺じゃなくて、お前だよ椿本」
芳原のその言葉はとても心強く、勇気づけられるもので、岳の中にお守りのようにずっと残り続けるくらい頼もしいものでもあった。
その時は岳もそう思っていた。
「――――――――ごめんなさい」
真琴の口から紡がれた謝罪の言葉に、岳は内心ほっとしていた。
中学生の時に芳原を殺した事を、彼女はずっと後悔していたのだ、と確かめられたので安心した。
それをずっと心の中にしまい込んで、罪の意識に押しつぶされそうになるくらいに彼女は悩んでいたのだろうか。
抱きかかえるように支えていた彼の手からは、彼女の体が震えているのが伝わってきていた。
「俺の方こそ、あの時逃げてごめんな……?」
そう言って謝る彼の方を、彼女は首を横に振って、見つめていた。
その横顔を目にするのと同時に、岳は、光琴から芳原の事を聞いた時の記憶を思い出していた。
どうして真琴が芳原の事を好きだと分かったのか、と岳は光琴に尋ねかけたのだった。
真琴が自分の好きな人を大っぴらに言いふらす事は、実の妹であっても多分しないだろう、と彼は疑問に思ったのだ。
その時、光琴はこう答えた。
『そんなの、見てれば誰だって分かるわよ』
答えを聞いてもいまいちピンとこなかった岳は、そういうものなのかとその場では流した。
そして、芳原を見つめていた真琴の顔を見て、彼女の回答に納得するのだった。
――光琴ちゃんが言ってたのは、こういうことだったのか……
自分といる時には一度も見せた事のないような真琴の表情に、岳は奥歯を噛んだ。
嫉妬という名の感情を必死に抑え込んでいた岳の頭に、芳原の言葉が過ぎる。
『笠嶋を変えられるとしたら、間違いなく俺じゃなくて、お前だよ椿本』
その発言は、何の裏もない芳原の本心からの言葉だったかもしれないが、彼の真意を必死に探ろうとするどす黒い感情が湧き上がってくる。
そして、その感情の正体もまた、嫉妬以外のなにものでもなかった。
――違うよ芳原……たぶん僕は、君には敵わない。真琴さんの好きな人は、今も昔も――――――――
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