妄想暴走学園

サヨナキドリ

スケスケ 見えない

 午前5時。

「エロにい、起きろ!」

 ぼふっと音を立てて、柔らかく、しかし重い衝撃がみぞおちを貫く。

「ぐぇっ!……ああ、おはよう、クレア」

 みぞおちをさすりながら、僕はベッドから体を起こす。

「なっ…!エロにい、なんでパンツだけなんだ!パジャマくらい着ろって何度も言っただろ!」

 ベッド横に立つクレアが、布団から露わになった僕の体を見て抗議の声を上げる。その顔は真っ赤だ。首から下は、ピンク色の着ぐるみですっぽり覆われている。高い位置で結ばれたツインテールと合わせて、まるでうさぎのようだ。

「ごめんごめん、昨日はパジャマが見つからなくて」

「呆れた……ほら、制服は持ってきてあげたぞ」

 やれやれとばかりに首を振りながら、クレアは制服を乗せた手を差し出した。僕はそれを、両手で上下に挟むようにして受け取った。感触からして、ワイシャツ、スラックス、ブレザーの順に乗っている。

「いつもありがとう」

「世話のかかるエロにいを持つと妹は大変だ」

 申し訳なさに苦笑いしながらベッドから出ると、クレアはくるりときびすを返して、とてとてとてと部屋を出て行った。


「行ってきます。」

 午前6時。朝の支度を終えておにいちゃん、透也が家を出るのを玄関で確認する。高校までの通学距離を考えても、始業まではかなり時間がある。それでも、着ぐるみを着たままではわたしが準備できない。だから、おにいちゃんはおにいちゃんなりに気を使っているのだ。着ぐるみを脱ぐ。一人で背中のファスナーを下げるのも慣れたものだ。着ぐるみの下からは、ごくごく普通のロングTシャツとキュロットが出てくる。

(おにいちゃんの暴走はいつまで続くんだろう)

 たしかに昔は一緒にお風呂に入ったりしてたかもしれないけど、私だってもう年頃の女の子だ。家族とはいえ見られれば恥ずかしい。胸だって、最近少し膨らんできたし。ブラジャーを買うにはどうすればいいか、お母さんに相談しないと。おにいちゃんも気は使ってくれているけど、事故というものもある。例えば

「忘れも……」

 こんな風に。玄関のドアを開けた姿勢のままで固まるエロにい。

「……エロにいの、バカァアァッ!!」

 パシィィンという打撃音が、朝の住宅街に響き渡った。


「おはよう!ってどうしたのそのほっぺ!?」

「あはは、妹とちょっとね」

 席についていた僕といつも通り挨拶をしたクラスメイトのかがりほのかが、僕の頬についた赤い手形を見て心配そうな声を上げた。ほどくと腰まであるポニーテールが揺れる。白い、レースのブラが透き通るような血色のいい肌に映える。

 ……ここで弁解をしておきたい。読者諸賢におかれては、私のことを突然クラスメイトの下着を論評し始めた頭のヤベー奴だと思われていることだろう。しかし、これには事情があるのだ。

 現代では、人口の約九割の人間がなんらかの固有能力に目覚める。それは例えば瞬間移動テレポートであったり、念力テレキネシスであったりと人によって様々だ。固有能力は身体が成熟を始める思春期あたりから目覚めはじめるのだが、目覚めたばかりの時期では身体の成長が能力を制御するには不十分で能力が暴走してしまう、というケースが少なくはない。暴走は、大人になれば自然に収まるので、ニキビや成長痛と同じカテゴリに分類されている。

 私も、能力が暴走しているひとりだ。能力は『透視能力クレヤボンス』。暴走の結果、“すべての衣服を透視する”という能力が常に発動しているのだ。そのせいで、街行く人もクラスメイトも全員が下着姿に見えている。

「そうなの?妹ちゃん、そんなに乱暴なの?」

「ううん。可愛くて優しい自慢の妹だよ。今日は僕が少しとちっちゃっただけで」

 言い訳がましい思考を止めて、首を傾げたほのかの言葉に返事をする。

「ふうん、いいお兄ちゃんなんだ」

「そう?」

「だって、普通兄弟のことを聞かれたときにこんなに褒めないもの」

 そういうとほのかは机の向こうから手を伸ばして僕の頬を撫でた。

「いいこ、いいこ」

 心臓が跳ねる。頬が別の熱を帯びる。

「にゃーー!」

 突如、机の下から飛び出した影が、僕とほのかの間に割ってはいる。滑らかな曲線を描く背骨と肩甲骨がほのかの姿を遮った。

「アタシの親友をそのエッチな目で見るんじゃにゃい」

「加納!?どっから湧いた!」

 その背中の持ち主、加納神子かのうみこがこちらを振り返りながら言った。少し外に跳ねた、小麦色のショートカットの髪。それ以上に目を惹くのは、その上にある、髪と同じ色の猫耳と、尾骶骨の延長で揺れる尻尾だ。加納によれば、これは『精神感応テレパス』が暴走することによって現れているらしい。加納は、精神感応の暴走で周辺にいる全員の思考を読んでしまうのだとか。いわく「教室が3倍うるさい」らしい。もしかしたら、僕の暴走のこともわかっているのかもしれない。さっきだって“そのエッチな目”なんて、意味深な言い方をしているし。と、ここまで考えて、穿ち過ぎだと思い直す。だって、もし僕の暴走を知っているなら、加納は『透視されることをわかっていて下着を着けずに登校している頭のヤベー奴』ということになるからだ。

「その言い方は語弊があるにゃ」

 加納が呆れたように抗議する。

「??……ってエッチな目でなんか見てないから!」

「そうだよ!透也くんはそんな目で見ないから!」

 僕の抗議をほのかが援護する。

「ホントかにゃ〜?」

 加納はなおも疑わしげにジト目でこちらを見る。それから、口角にいたずらをにじませながら滑るような動きでほのかの背後に回る。

「……秘技・生乳揉み!」

「ひゃあぁん!?」

 加納が目にも止まらぬ速さで脇の下から両手を差し込み、ブラと乳房の間に手を滑りこませる。柔らかで大きな胸は形を変え、加納の手を飲み込んでいく。敏感な部分を直接擦られたほのかは、うわずった嬌声を上げた。

「ブーーー!!!」

 吹き出す。口と鼻を手で覆う。熱い。とくに鼻がすごく。エロいものを見て鼻血を出すなんてフィクション上の表現だと思っていた。

「にゃはは!それ見たことか!」

 そんな僕を指差しながら、加納はお腹を抱えて大笑いした。いいものを見せてもらった……じゃない、神聖な学び舎でなんてことをしてくれているんだ。せっかくこれまで築いてきた人畜無害なイメージが崩れて、実はむっつりスケベだとほのかに思われてしまうかもしれない。僕は腹いせに、目の前で揺れる加納の尻尾をぐいっと掴んだ。

「なぁあぁん!?」

 加納はびくんと身体を強張らせ、尻を突き出すような体勢で嬌声を上げた。尻尾はまっすぐ天井を指している。テレパスの尻尾は、思考を読み取るアンテナのようなもの。そのため、非常に“敏感”であり、突然触られると『頭が真っ白になってわけわからなくなる』という。息を吐き尽くして2、3度深い呼吸をしたあと、加納は尻尾の付け根あたりに手をやり、何かを引きおろすような仕草をした。それから、わざとらしく甘ったるい声を出して、言う。

「透也ぁ、いくら水着とはいえ、スカートをめくって見られるのは恥ずかしいにゃん」

「……え?」

 水着なんて着てたんだ。なんでだろう?プールもないのに。

「着てたんだ、って……え?嘘」

 僕の思考を復唱した加納の顔が青くなる。ああ、わかった。やはり加納は、僕の能力とその暴走を知っていたのだ。それで透視されても恥ずかしくないように、制服の下に水着を着ていたらしい。だが、残念ながら僕の能力では水着は衣服の判定に入る。僕には、加納はずっと、全裸に見えていた。

「あ、あ、あ、あ」

 この思考も聞こえているのだろう。さっきまで青かった顔が一転して真っ赤になる。

「うわあああああああん!!」

 パシィィン。私の頬に一撃を加えてから、加納は子供のような泣き声を上げながら教室を飛び出していった。私は痛みも忘れてそれを呆然と見送る。

「正義のチョップ!」

「イテッ!?」

 後頭部に加えられた衝撃に意識が引き戻される。振り向くと、ほのかが腰に手を当てて眉を吊り上げていた。

「だめだよ、スカートめくりなんかしちゃ。後でしっかりミィコに謝ること。いいね?」

 なるほど、はたからみるとそう見えたのか。けれど、事態はより複雑で深刻だ。それでも、謝らなくてはならないのは間違いないだろう。

「……そうだね」

 僕はそれだけ答えた。その後、加納は2日学校を休んだ。

「ところで、透也くんもエッチなことに興味があるの?」

「な、なんでそんなことを」

「だって、てっきり全然興味ないのかと思ってたから」

「……そりゃ僕だって男だし、人並みには」

「ふうん、へえ。ふふふ」

 そう言ってほのかは、意味深に笑った。


 翌日。

 教室に入ってきたほのかを見て、僕は言葉を失った。見惚れた。この能力の暴走が始まってから随分時間がたつのだし、もう下着姿にも慣れたと思っていたのだけれど。

 ほのかはピンク色の下着を上下揃えて着けていた。全面に繊細な装飾が施されていて、縁にはフリルがあしらわれている。下着だけでも、まるでおとぎ話に出てくるドレスのようだ。勝負下着、というやつだろうか。

「透也くん、今日、放課後少し教室に残ってくれる?」

 いつもよりぎこちない僕に、いつも通りにたわいない話をするほのかが、休み時間が終わる直前にそう言った。

 放課後、部活なり帰宅なりそれぞれ移動するクラスメイトを、寝たふりをしてやり過ごす。やがて喧騒が遠ざかっていき、教室にはほのかと私の二人だけになった。

「透也くん」

 ほのかの声がして、僕は顔をあげる。ほのかは、いつもより遠く、手を伸ばしても届かないくらいの場所に立っていた。

「おつかれ。僕に何か用事があるの?」

 誘われるように立ち上がりながら僕が返事をする。この距離だと、全身が目に入ってしまい目のやり場に困る。

「……透也くん、今日の私、可愛い?」

 唐突な質問に心臓が跳ねる。図星を突かれた。確かに可愛いと思っているけれど、その理由を説明するわけにもいかない。勝負下着が似合ってる、なんて。

「うん、いつにも増して可愛いよ。勝負下着でも着けてるのかな、あはは…」

 なんで人間って地雷が見えてるとうっかり踏んでしまうんでしょうね!?ああ、我ながら最低なセクハラ発言だ。例えどんな用件があったにせよ、怒ってビンタされて終わりだ、そう思った。

「……うん。ズルいよね、こんなの。でも、今日だけは透也くんに一番可愛いって思って欲しかったから」

 だから、この反応は予想外だった。ほのかは小さくうつむいている。立ち姿から、不安が滲み出しているようだった。

「透也くん、私、透也くんが好き…です。良ければ、私と付き合ってくれませんか…?」

 絞りだすようにして、けれども最後までしっかりとほのかは言った。

「あ」

 一瞬思考が完全に止まる。部屋の緊張の糸が張り詰めていく。ほのかの目尻にうっすらと涙が浮かぶ。

「もちろん喜んでッ!」

 手遅れになるまいと、僕は早口で返事をした。ほのかの体から力が抜け、その場にへたり込む。僕は慌てて駆け寄る。

「大丈夫!?」

 肩を抱いてもいいだろうか。わずかにためらったあと、ほのかの後ろに膝立ちになって肩を手で掴んだ。滑らかな肌の感触が手から伝わってくる。

「うん。ただ、嬉しくて」

 目をこすりながらほのかが言った。口元には笑みが浮かんでいる。

「でも、どうして僕なの?ほら、ほのかって明るいし、可愛いし、頭もいいし、おっ…げふんげふん。とにかくモテそうなのになんで僕なんか」

「なんかってなにぃ?透也くんはかっこいいよ。あ、でも見た目で選んだわけじゃないよ」

 僕にもたれかかりながら、ほのかが言った。僕たちの間の空気が、次第に普段通りに近づいていく。ほのかは続けた。

「ほら、私ってこんな体質でしょ?いい加減慣れたつもりではいたんだけど、やっぱり他の男子からはエッチな視線が痛くて。でも、透也くんだけはフラットに接してくれたでしょ?それで私、息をするのがすっごい楽になったの。ああ、この人が私の酸素なんだなぁって思ったんだ」

 噛み締めるように語るほのか。

「……体質?」

 僕の口からこぼれた疑問にほのかははっとした様子で答えた。

「あ、そっか。透也くんにも詳しくは言ってなかったっけ。私がいつも下着姿でいるのは、パイロキネシスの暴走で、着た服が発火しちゃうからなの」

 あ、あ。

 自分が何を誤解していたのかわかった。ほのかが何を誤解しているのかわかった。これは、酷い。肩から手が離れる。隠し通せば許されるだろうか。いや、隠すことは許されないだろう。

「ほのか、ごめん」

 そして僕は、歯の根の合わなくなった口で自分の能力のことを、その暴走のことを語った。


 パシィィン


「エロにい!帰ってきたならただいまくらい言え!」

 僕の部屋の扉を開けながらクレアが言う。確かにそうだ。昨日のような事故が起きたらいけない。

「ん、ただいま。クレア」

 気の無い返事をしながらベッドから体を起こすと、クレアが目を丸くして駆け寄ってきた。

「どうしたんだその顔!ケンカしたのか!弱っちいのに!」

 顔?どちらのことだろう。赤く腫れた頬だろうか、それとも、同じくらいに赤く腫れた目だろうか。

「ううん大丈夫」

 そう答える。それから、クレアの脇に手を差し込んで、ひょいっと抱き上げた。

「わあ!なんだ離せ!」

 手をばたつかせるが、気にしない。

「……そうだね、すごく息がしやすいや」

 僕は、ほのかの言葉を思い出していた。人は慣れるとはいえ、限度がある。平気な顔をしていたって、暴走は歪みを与え続ける。僕の暴走は服も水着も透視するけれど、着ぐるみは透視しない。だから、クレアがいることですごく助かっていたらしい。ほのかにとっては、僕がそういう存在だったんだろう。

「……エロにぃ」

 腕のなかクレアがつぶやく。泣きグセがついた肺が痙攣する。

「何があったかは知らないけど、クレアはおにいちゃんの味方だからな」

 クレアは僕と目を合わせないまま言った。ほら、可愛い優しい自慢の妹だ。

「うん。わかってる」


 翌日。

 前の席にいるほのかを後ろから見ている。ホットパンツのようなショーツとスポーツブラ。そのままでも服として通用しそうな下着だ。そういえば、春頃はいつもこんな格好だったように思う。ほのかと話をしないだけで、大きなものが欠けてしまった気がするが慣れていかないといけないだろう。

 終業のチャイムが鳴る。帰るために荷物をまとめて、教室の出入り口に向かう。そのとき、後ろから左手を誰かが掴んだ。驚いて振り返る。

「ほのか!?」

 手を掴んだのはほのかだった。顔を伏せたまま、ほのかが走りだす。行く先も分からず引っ張られていく。着いたのは、屋上の手前のデッドスペースだった。上がった息を整えて、ほのかが切り出した。

「昨日はごめんなさい。あんまり突然のことだから、混乱しちゃったの。ううん、まだ混乱してるのかもしれない」

 意外な言葉に驚く。昨日のビンタは僕の暴走を知った女性の反応としては、自然で当然のことに思えたからだ。

「透也くんは、透視能力の暴走で私だけじゃなくてみんなが下着姿に見えてるんだよね?」

 ほのかの問いかけにうなずく。

「だからなんだっていうの?」

 決然として、ほのかは言った。

「能力がどうとか、暴走がどうとか、そんなことはどうだっていいよ。たとえどんな理由があったとしても、一緒にいて楽しかったんだもん!好きになっちゃったんだもん!だいじなことはひとつだけだよ。あなたは、私を、好きですか…?」

 ほのかの言葉は、最後は震えていた。

「……好きだ。ほのか以外の世界の全てが見えなくなっても構わない」

 こんなときに本心を偽るなんて、そんな不誠実なことはもうできない。

「なら、言うことがあるんじゃないの?」

「へ?」

 自分なりに覚悟を決めた告白が不発に終わって全身の力が抜ける。

「ほら、私待ってるよ」

 待っているって、何を?上目遣いのほのかから目をそらし、わずかに考えて思い至る。改めて言うのは恥ずかしいな。

「……僕を、ほのかの恋人にしてください」

「……はい、よく言えました」

 ほのかが一歩近づいて、微笑みながら僕の頭を撫でた。

「……ねえ、透也くん。私、恋人ができたら試してみたいことがあったんだ」

 さらに近づく。もう息がかかる距離だ。

「なに?」

「今すぐ大人になる方法」

 近づく。ゼロ。触れ合う。目を閉じる。抱きしめる。くちびるが離れて目を開けると、恋人の顔と、抱きしめる自分の袖が見えた。悪い魔法はキスで解けるなんて、子どもでも知っていることでしょう?

「どうだった?」

「……柔らかかった」

 そう答えて、僕はブレザーのボタンに指をかけた。そのまま一気にワイシャツまで脱ぐ。

「ひゃっ!?今、ここではダメだよぅ…」

 ほのかは顔を真っ赤にしてへたり込みながら言った。顔を手で覆ってはいるけれど、指の隙間からしっかり見ている。そんなほのかに、僕は脱いだワイシャツを肩から羽織らせた。

「!?服が、着られてる…!」

 ほのかがこわごわとワイシャツの袖に手を通す。発火する兆しはない。ワイシャツのボタンを留めながら、僕は言った。

「もう、僕以外に見せないで」

 ほのかは言った。

「私以外見ないでね?」


 さて、さらに翌日。

「おはよう!透也くん」

「お、おはよう」

 いつも通りの挨拶だけれど、見えているものは全く違う。ほのかを含めて、眼に映る全員が服を着ているし、なにより今挨拶してくれたのが、クラスメイトじゃなくて僕の恋人だ。

「なんで赤くなってるのかな〜?もしかして、着衣フェチ?」

 ほのかがからかうように言う。確かに、下着姿だった昨日までのほのかよりも、制服姿のほのかを見て赤面するのはおかしな話だ。

「そういうんじゃない!……と思うけど……。ほのかの制服姿が、想像してたよりずっと可愛かったから…」

 誤魔化しても仕方がないから、素直な気持ちを言ってしまう。すると、ほのかの頬も熱を帯びたようだった。

「透也くん…」

「ほのか……」

 引かれ合うようにくちびるが近づく。みんなのいる教室だけれど、止められそうにない。

「にゃーーーー!!」

「加納!?」

 机の下から割り込むようにして加納が飛び出して、我に返る。

「にゃにゃ?透也、その目は……」

「ああ、おかげさまで」

 肩をすくめてみせる。どうやら加納には、僕の暴走が止まったことがわかったみたいだ。

「にゃあんだ。ちゅうかふたり揃って突然暴走が止まったってことは……」

 加納はそこで言葉を区切り、ほのかの方を見ながら左手の指で作った輪に右手人差し指を出し入れするジェスチャーをした。

「し、してないよ!まだキスまでだから!!」

 ほのかの頭からボンっと煙が上がる。まだ、というのはその、期待してもいいのだろうか。それを聞いた加納が首を傾げる。

「にゃにゃ?それは妙だな」

「妙って?」

「うんにゃ、確かにキスも暴走を止めるのに有効っちゃ有効にゃんだが、効果があるのはせいぜい半日のはずだぞ?」

 言い終わるかどうかのタイミングで、視界がホワイトアウトした。目を擦って、開けると、さらしで潰した加納の胸が見えた。さらしにはでっかく『トウヤのバカ!!』と書かれている。その時、火災報知器のベルがけたたましく鳴り響き、スプリンクラーが作動し始めた。

「ほのか!火、出てる火!」

 加納が指を指しながら叫ぶ。確かにさっきからずっと煙が出てたけれど!

「ほのか!」

 呼びかけてほのかが振り向いた一瞬に、強引にキスをした。勢いあまって前歯がぶつかる。1度目はあんなに幸せだったのに、2回目はこんなほとんど交通事故みたいなものだなんて。

 火が消える。改めてほのかを見ると、ワイシャツは濡れて透けているし背中には大穴が空いているし、下着姿よりエッチなことになっていた。それから、スプリンクラーの雨の下でふたりで顔を見合わせて笑った。

 だって、それ以外どうしようもないでしょ?

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