電池

滝沢諦

電池

 その間が、百万語にも勝る応えだった。

「ごめん、困らせるつもりじゃなかったんだ」

 これは嘘だ、困るだろうとはわかっていたから。

 自分勝手なわがままなのはわかっている、それでも告白せずにはいれなかった。

「どうしてわたしが断るって決めつけるの?」

「そんな顔しているから」

「そうかしら」

 手のひらを頬にあてて考え込んでいる、それは彼女の癖だった。

 中学に入学して、同じクラスに彼女がいた。彼女にとっては仲のいい友だちの中の一人だったんだろうけど、オレにとっては特別な人だった。遊んでいて楽しい友だちから特別な人へと想いが変わっていったのは、いつくらいからだろう? 彼女が受験する高校はオレの学力ではぎりぎりだったのだけれど、とにかく必死で勉強して同じ高校に入学できた。たぶん、あの頃にはもう、どうしようもなく彼女が好きだったんだ。

 中学から高校へ、制服がセーラー服からブレザーにかわって、髪型がお下げからショートヘアにかわり、彼女はすこし大人っぽく、そしてより魅力的になった。彼女の笑顔にあこがれている男子の数は少なくない。だから焦っていたというのもある。さすがにオレでも、彼氏持ちに告白なんてできないから。

「友だちだと思っていたから」

「意外だったかな?」

「ええ、まあ」

「悪気はないんだ、ただ言っておかないと後悔しそうだから」

「後悔?」

「うん、オレもうすぐ電池が切れるんだ」

「……電池?」

「そう電地」

「からかってるの?」

 彼女は怪訝そうに眉をひそめた。

 全部の事情を説明することなんてできないし、無意味なのはわかっている。それでも、すこしだけでも彼女に話しておきたかった。こんなこと伝えても、どうにもならないことはわかっている。けど、やっぱり言わずには終われない、終わりたくない。本当にオレは自分勝手だ。こんな話されても彼女は困るだけなのはわかっているのに。本当に好きなら、彼女のことをまず一番に考えなくてはならないのに……

「オレ、ロボットなんだ。動力は電池。もちろん特殊な電池だよ、そこらのアルカリ電池じゃなくってね」

 普通に生活していれば、電池は百年やそこらは持つ。普通に生活していれば、だ。だがもちろん、そんなただ生活するだけのロボットを大金使って作るバカはいない。オレには目的があり、それが明後日に控えている。勝つ自信はある。相手のことは研究しつくしているし、そのためのプログラムがなされている。特訓もした。地球人類のためだという崇高な気持ちも、もちろんある。絶対に負けられない戦いだ。

 だけどオレは彼女のために戦う。そしてこの戦いでオレは電池を使い切る。勝っても負けても同じことなんだ―― オレは止まる。まったく、あいつらこそ悪魔だ。そこまで考えてオレを作ったのならな。そこまで考えて、一般人の学校に通わせたのなら。

「電池がそろそろ切れるんだ。だからもう会えない。困るだろうと思ったけど、最後にどうしても気持ちを伝えたくて」

「怒るよ、いい加減にしてよね」

「まあ、怒るなよ」

「そんな冗談いう人だと思ってなかった」

「ありがとう」

「なにがよ?」

「よかったよ、そんな風にオレのことを思っていてくれたんだ。もっと軽薄は野郎だと思われていると思ってたから」

 彼女の顔に不安がよぎるのが見えた。本当に顔に出る子だな。だけど、やっぱり常識的にいって、信じることができないというか、意味を把握できないでいるらしい。

「さようなら」

「待ってよ、引っ越しとかするの?」

「ちがうよ、電池が残り少ないんだ」

「……ちゃんと説明してよ、何なの? いったい。本当に怒るよ?」

「ごめん」

「謝らなくていいから、話を――」

 彼女を抱き寄せて、その細い肩を抱いた。

 驚いて肩をすくませる彼女。華奢な身体を強張らせて、それでも振りほどいたり、声を上げたりしなかった。

「どうしたの? 変だよ」

 その声が、耳元で聞こえる。

「……いい思い出になったよ」

 なんて言ったらいいのかわからなくて、オレは耳まで赤くして彼女の前から走りだしていた。彼女は追いかけることもなく、声をかけることもなく、その場で立ち尽くしていたようだ。手や腕や身体に、彼女を抱いた感触が残っている。そうだ、この温もりがある限り、オレは負けない。

 彼女も、いつか俺のことを忘れ、彼氏ができ、結婚して子供を産むかもしれない。 

 戦いの後、誰一人オレの屍を見るものはいないだろう。

 だがそれで構わない、オレはこの温もりがあれば、それでいい。

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