オリジナルスキル-2

 勝利を告げるアナウンスが、深く高らかな鐘の音とともにダンジョン全域に響き渡る。降りしきる光の雪の美しさに、思わず目を奪われた。


 どさり、と重いものが落ちるような音に振り返ると、ハルカが剣銃を投げ出すようにして地面に突っ伏していた。


「ぅ……からだ、おも……」


 倒れ込むハルカの赤い後頭部を見下ろして、つい苦笑する。


 先程繰り出した【滅龍砲】は、昨日の決闘でハルカが会得したばかりの、《ガンレイピア》の新しい武器スキルだ。


 基礎攻撃力の六倍強を誇る大火力で、さらにその三割が『防御力無視』の"貫通"ダメージという破格の設計ながら、技前硬直タメが長い上に弾速もそう速くなく、一発で最大SPの七割を持っていかれ、挙げ句発動後はこのようにキツい反動に襲われるというデメリット祭り。対人だろうがMob戦だろうが、一発撃って避けられたらほぼ死が確定する地雷スキルだった。


 今朝試し撃ちをした上で、この技は確実に当てられるタイミングで、かつ"トドメ"にしか使わないようにときつく言い聞かせていたのだった。ハルカの性格なら、何も言わなければ開幕からぶっ放して動けなくなる未来が目に見えていた。


「……か……ったの……?」


 うつ伏せからぐったりと顔を上げたハルカの顔に、赤い髪が一房はらりと垂れる。


「あぁ、たぶん」


 全身を包んでいた炎が消えると、途端に体が重く感じた。俺の伸ばした手に、ハルカもゆっくりと実感を得た顔になる。


 ハルカが俺の手を取り、俺がハルカを引き上げて、そして俺たちは同時に笑った。






 俺たちが戦っていた、ヌシの寝床と思しきフィールドの中央には、いつの間にやら巨大なクリアブルーの魔方陣が浮かび上がっていた。


 大地に刻まれた幾何学模様から伸びる光が遥か天井まで、さながら氷の円柱の如く伸びている。


「これは?」


「たぶん、転送の魔法陣だ。この中に入ると外の世界に戻れるんだろう」


 そこまで順当に予想してから、ふと、ある可能性に思い至った。


「そういえば、俺とハルカは別の流砂に飲まれてここに来たんだよな」


「うん。どうかしたの?」


「いや、これを踏んだら、またそれぞれ別の場所に飛ぶのかなって」


 つまりそれは、ここでお別れということ。


「あー……そっか、そうかもね」


 ハルカは少し返事に困ったような顔でうなずいた。


 知り合ってまだ二日やそこらの間柄だが、決死の逃亡劇から始まって、同じ鍋の飯を食ったり決闘したり、心細い夜を乗り越えたり、こうして死闘から生還して――なんだかんだで、俺たちはたぶん、少しは仲良くなっていた。


 だから、唐突に別れの時が来て、今、妙な沈黙と緊張感が漂っていた。


「……ありがとう、セツナ君」


 一瞬息を吸って止めてから、不意にハルカがそう切り出した。頭を下げた彼女に面食らって、変な声が出た。


「あなたがいなかったら、ここで死んでたと思う。ううん、間違いなく死んでた。あなたには……その、うまく言えないんだけど、大切なことを教えてもらった気がする。この世界の、大切なことを」


「いや、俺の方こそ……」口ごもって、そこから先がなかなか出てこない。今の今まで忘れていたけど、女子と話したことなんてほとんどなかったんだ。


「……ずっと一人で旅してきたから。ハルカみたいな人に会えて新鮮だったし……なんていうのかな。――楽しかったよ」


 するりと呑気なことを滑らせた、自分の口の罪深さに、戦慄した。せっかく自然に笑えた顔が凍りつく。


 シュンが死んだあの日から、この世界を楽しいと思ったことなんて、一度もなかった。それでよかったはずだ。のうのうと生き延びた俺は、ただいつか錆びて折れるまで、仇を斬り続ける刀でいられれば、それ以外になにも望まないはずだった。


 この少女と、あともう少しだけ他愛のない話をしていたい――こんな妙な未練に、これ以上足をとられているようではいけない。


 首を振って、俺は他人行儀な笑顔を作った。


「お互いに生きて旅を続けていれば、そのうち会うこともあるかもな。まぁ、今後はもう少し命を大事にしろよ」


 明確な別れの言葉に、ハルカはなにか言いたげに口を開けてから、笑ってうなずいた。


「そうします。セツナ君も元気で」


「あぁ」


 どちらからともなく、俺たちは魔法陣に向き合った。俺たちを歓迎するように温かく輝くブルーの光。あれをくぐれば、俺はまた、孤独な旅の途中に戻る。


 この出会いは、短い夢かなにかだったのだろうか。そうだとしたら、悪くなかった。もう忘れよう。そんなことよりも、さっきの戦いで掴んだ"蒼炎そうえん"のイメージを手放さないようにしなければ。


「先にいけよ」


「ううん、セツナ君から」


「遠慮すんなって」


「ほぼセツナ君が一人で倒したんだし」


 もともと一歩引いた性格の俺はともかく、一刻も早くここから出たがっていたハルカまで先を譲り合って、なかなか足が動かない。仕方がないから先に行こうか、と考え始めたとき――いきなり、魔法陣の光が点滅しはじめた。


「あっ!?」「えっ!?」


 五メートルほど離れた位置にある魔法陣が、切れかけの蛍光灯のように忙しなく明滅する。二人の頭に、おそらく同時に、最悪の可能性がよぎった。――魔法陣が消えたら、俺たちここに閉じ込められるんじゃないか!?


「やばい!!」


 同時に叫んで駆け出した。綺麗に横並びでシンクロした俺たちが魔法陣に飛び込むと、途端に砂の世界が青一色に染まった。上も下も分からない光の洪水の中に浮かんで、俺たちはふと目を合わせ、あまりのおかしさに声を上げて笑った。


 そんな笑い方をするハルカを初めて見た。互いの顔が光に塗りつぶされて、薄れていく。楽しそうなハルカの目が、一瞬寂しげに細められて、また明るく見張られて、焼きつけるように俺を見つめた。


「絶対、また会おうね! セツナ君!」


 こんなに近くにいるのに、ずっと遠くから響くやまびこみたいに頼りない音が、どうにか俺の耳に届いた。光が飽和する。体が散り散りになる感覚。バシンッ、と激しい衝撃に吹き飛ばされて。


 ドサッ、と、広い砂漠のど真ん中に、投げ出された。


 カンカンと照りつける太陽と、後頭部や背中を焼く熱砂ねっさに挟まれるのにも構わず、俺はしばらく、寝ぼけたように青空を見上げていた。


 風が砂をさらう音。遠くでサソリ型モンスターがハサミを鳴らす音。一粒一粒はっきり聞こえる。少しだけ久しぶりの、一人きりの静寂。


 こんなに静かだったっけ。


 立とう。歩こう。頑張ろう。どこかしらけたような心を励ましながら、なかなか立てなくて、俺は力なく大の字になったまま、右に寝返りをうった。


 すぐそこに、赤髪の少女の綺麗な顔があった。


「……え」


 ハルカは俺のすぐ隣で、同じように寝返りをうった格好で、こちらをまっすぐ見つめていた。なんだかきまり悪そうに、顔を少しだけ赤くして。

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復讐オンライン〜地球が滅亡したのでゲームの世界に移住したけど、デスゲームになりました〜 旭 晴人 @Asahi-Aoharu

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