第4話 FIGHTーファイトー

ブラッドのすぐ後を、3番目のクローン人間、ファイトが追っていた。

鋭く光る青い瞳は、真っ直ぐに目的の白い塔を捉えている。

背中で束ねた青みがかった銀髪、Tシャツから覗いた逞しい二の腕。

やはり、想像主とは似ているようでいて、微妙に違うところがある。

ファイトの頭の中は、任務を遂行すること以外にはなかった。

予定では、先にブラッドが偵察に行って、相手の様子を伺い、隙を見てファイトがバズーカ砲で搭を破壊し、ブラッドがダイを仕留める事になっていたのだ。

彼は間もなく、ブラッドと落ち合うことになっていた。

ところが。

それまで足早に歩いていたファイトが、急に歩みを止めた。

「!?」

ファイトは目を見開いた。

ファイトの目に映ったものは、白い十字架の上で血まみれになった、ブラッドの姿だったのだ。

急いで抱き起してみたものの、ブラッドは既に息絶えていた。

しかし、その顔になぜか幸せそうな微笑みが浮かんでいるのが、ファイトには理解できなかった。

ファイトは、突然目の前がぐらぐらと揺れるような感覚に襲われた。

胸に込み上げてくる熱いものを、なにかにぶつけずにはいられなかった。

彼の銀髪がサッと揺れる。

背中に背負ったバズーカ砲をためらいもせずに白い塔へと向ける。


破壊する

完全に破壊する


ファイトは銃口の照準を正確に合わせると、続けて四発、バズーカ砲をお見舞いした。

激しい爆音と共に、きな臭い硝煙が立ちのぼる。


やったか!?


煙が晴れた時、搭は無傷だった。

いらだたしげな顔をして、ファイトは続けてバズーカ砲を打ち込んだが、搭はなぜかびくともしない。


窓だ!


本能的に、ファイトは窓ガラスの方へと回り込んだ。

その塔には、窓が一つだけある。


ここからなら、もはや避けられまい。


ファイトがそう思って、窓ガラスに狙いを定めた瞬間・・・。

ガラス越しに、中の風景が、ファイトの瞳に飛び込んできた。

ソファーに座って寄り添うダイと白いドレスの女性。その女性の顔は、ファイトにはどうしても思い出すことができなかったが、まるで外の様子には気付かないかのように、2人はただ静かに微笑んでいた。

ファイトは、引き金を引く手が震えるのを感じた。

自分の中で、破壊したいという思いと、それを押しとどめようとする気持ちが争っているのが分かる。

ファイトはまた、さっきのめまいに襲われた。

「うおぉぉぉ!」

両手で頭を抱え込むようにして、ファイトは地面に跪いた。

頭が割れるように痛い。その拍子に、胸の奥に封印されていた記憶が蘇ってくるのが分かる。

ファイトはその場に崩れるようにして倒れ込んだ。

走馬灯のように、鮮やかに浮かび上がる記憶を、ファイトは夢うつつの中で見た・・。


ジュニア・ハイスクールに入学してからの学生生活はとても悲惨だった。

医者になって、病気を治すという決意に胸をふくらませていたのもつかの間、夢は入学早々に無残にも打ち砕かれた。

朝から晩まで面白くもない知識を詰め込まされ、ひっきりなしにテストをする。生徒の成績を偏差値によってデータ化し、成績の悪いものは容赦なく切り捨てるーそれこそ肩身の狭い思いで毎日を過ごしていた。

生活時間さえ、事細かに管理され、息の詰まる気がした。唯一の救いは、手紙のやり取りだけだった。

それなのに。

男女の交際は、成績に影響を及ぼすからという理由で、手紙のやり取りは校則によって禁じられてしまったのだ。

その時初めて泣き叫んだ。

文通を禁じた教師の元へ行って、抗議し、怒り狂った。

胸倉を掴み、蹴飛ばし、こぶしで殴りかかった。

しかし、その教師は何の抵抗もしなかった。

黙って冷たい目で見ているだけだった。

応援してくれる友は、誰もいなかった。

同じように冷たい目で、じっと見ているだけだった。

絶望的だった。

しばらくしてから、一番成績の悪いクラスへと移すという処分が下された。

そして素直に従った。

顔から生命力が失われて行くのが分かった。

いつしか回りと同じ、不気味な冷たさをたたえた人間になってしまっていた。

それからは、他人を平気で蹴倒し、自分に有利と思えることは、例え汚い手を使ってもやり遂げた。

いつの間にか、医者になる夢は消え、目標はクローン人間を創造し、ハルマゲドンを起こすことへと変わった。

この腐れ切った世界を破壊するために。

愚かな人間どもを、滅ぼすために。

ジュニア・ハイスクールを首席で卒業した後、誰にも分からないように行方をくらませた。

それからは、あの町外れの研究所で、人目を忍ぶようにして研究を続けていたのだ。


ファイトは目を覚ました。

夕日は間もなく沈もうとしていた。

首を振って立ち上がり、服についた草を払った。背中で束ねていた髪がほどけて、ファイトの顔に振りかかる。

乱れた髪をかきあげながら、彼は考えた。


自分はなぜ戦っているのか

誰のために?

何のために?


そう思って、再び窓を見やった途端、ファイトはハッとした。


夢にまで見ていたのは、あの光景だ。


ソファーの上で見つめ合う2人の、幸せそうな笑顔。昔も今も、自分は誰かを守るために戦うはずではなかったのか。それが誰なのかは思い出せないけれど。

いつの間に、自分は道を踏み外してしまったのだろう、とファイトは思った。

皮肉なことに、自分の夢は、今殺そうとしているダイによって叶えられようとしている。

しかし、ファイトの青い瞳からは、さっきの鋭さが消えていた。

それどころか、その光景を優しげに見つめている自分の顔が窓ガラスに映っているのに気が付いて、ファイトは自分で自分に驚いていた。


戦うべき相手が違う

自分が戦うべきなのは恐らく・・・

そして守るべきなのは・・・


何か静かな光が、胸の中に注ぎ込んでくるのが、ファイトには分かった。

ファイトはバズーカ砲を投げ捨てると、静かに微笑みながら、今来た道を引き返し始めた。

あの女性が一体誰だったのか、とうとう思い出すことはできなかったけれど、それでいいのだ、とファイトは思った。

そして二度と戻ってこなかった。

しばらくの後、遠くの方で、銃声が二発、鳴り響いた。

夕日がすっかり沈んで、星が夜空に輝きだしていた。

青い色をした流れ星が一つ、尾を引いて流れて行った・・・。





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