【KAC4】お題:紙とペンと〇〇

第4話 アンケートにご協力ください!!

「すいませーん。アンケートにご協力お願いしまーす」


 日曜日の午後。ここは渋谷の公園通り。

 原宿方面へぶらぶら向かおうとしていた俺と幼馴染み兼カノジョのみちるの背後に、やる気なさげな声が掛けられる。


 ……っていうか、スクランブル交差点を渡った直後から、ずっと声掛け続けられてるんですけど。


「いい加減諦めて帰れよ、駄女神!」


 シカトにも耐えかねてとうとう後ろを振り返ると、異世界の女神セイシェルはすかさず紙とペンを差し出した。


「アンタ達がこのアンケートに答えたら、デートの邪魔をせずに帰ってあげるわよ」

「さっきから既に散々邪魔されてるわ! それに、お前が用意したアンケートなんて、もう嫌な予感しか…… 」

「あっ、トリ!!」


 上から目線(しかも脅迫まがい)の駄女神を追い払おうとした俺の隣で、アンケート用紙を覗き込んだみちるが嬉しそうに声を上げた。

 思わず視線をやると、アンケート用紙の余白に茶色くて丸っこいゆるキャラみたいな鳥のイラストが描かれている。


 これは、以前みちるが異世界で拾った卵からかえった魔獣の絵だ。

 転生先の異世界でテイマーをやっていたみちるは、雛鳥のこいつをトリと名づけて可愛がっていた。

 結局この駄女神がトリを異世界へと連れ帰ってしまったのだが、そのトリのイラストで興味を引かせようだなんて、俺らだけがターゲットのいかがわしいアンケートってことじゃないか。


「このアンケートに答えたら、トリの10cmぬいぐるみが当たるかもしれないわよー」

「えっ、ホント!?」

「おいっ、みちるっ!」


 駄女神の甘言にのせられたみちるは、俺が突き返そうとしたアンケート用紙とペンを手に取ると、質問を声に出して読み上げ始めた。


「『一、あなたは異世界に行ったことがありますか』……『YES』と」


 二択の左側を丸で囲むみちるを、俺は不安げに見守る。

 変なトラップに引っかからなきゃいいが……。


「『二、異世界では素晴らしい経験ができましたか』……『どちらともいえない』かな」


 俺だったら絶対NO一択だな。

 異世界でフクロウに転生させられた俺としては、あっちにロクな思い出がないもんな。


「『三、異世界に再び行くなら何時を希望しますか』……って……ハルト、これ……」


 困った様子でみちるがアンケート用紙の挟まったボードを俺に向けてくる。

 回答の選択肢を見た俺は、女神を睨みつけて問いただした。


「質問三に適切な選択肢がないんだが」

「そこは三択なんだから、どれかに〇すればいいのよ」

「『異世界には二度と行かない』って選択肢を設けろよ! なんで『(1)今すぐに行きたい (2)三時間以内に行きたい (3)今日じゅうに行きたい』の三択しかないんだよ!?」

「そりゃあ勿論アンタ達を一刻も早く異世界あっちに連れて戻りたいからに決まってるじゃない」


 あくまでも横柄な駄女神の態度に、俺は手にしていたアンケート用紙を放り投げるようにそいつに返した。


「くだらねえアンケートになんかこれ以上付き合えるかよ。行こう、みちる」

「あっ、うん」

「えー、テスト前は行けないって言うから、終わるまで待っててやったのにー」


 ぶーぶーと口を尖らせる駄女神に背中を向けると、俺はみちるの手を握り足早に歩き出した。


「異世界に行く気はないけど、トリのぬいぐるみは欲しかったなあ」

「騙されるな。あいつは “当たるかも” って言っただけだぞ。そんなの詐欺に決まってる」

「トリ、元気にしてるのかなあ……」


 アンケートに描かれたトリのイラストを見たみちるは、トリへの親心がよみがってしまったらしい。

 そりゃ俺だって、あいつが無事に成長してるのか、知りたい気持ちはあるけどさ。


「ねーねー。ホント、臨時のヘルプでいーからさ、ちょっと顔貸してくんないかなー」


 取り付く島がないくらいきっぱり断ったにもかかわらず、なおも食い下がってくる駄女神セイシェル

 面倒くさがりでプライドだけは超高いこいつがここまで頼み込んでくるなんて、何かよっぽどの事情があるんだろうか。


「……なんで俺たちをそっちに連れて行きたがるんだよ」


 完全にシカトするがベストなのはわかってる。


 俺もみちるも異世界に戻る気はさらさらないが、もしもあっちの世界の人々が危機に瀕しているとしたら──

 魔王討伐後に何かとんでもないことが起こっていて、あっちに残ったパーティメンバーとか世話になった人達の生命がおびやかされてるとしたら──


 そんな事情を耳に入れてしまったら、俺たちはきっと断りきれなくなってしまう。

 危険に満ちた異世界に、みちるを連れて行くわけにはいかない。

 冷たいようだが、こっちに戻ってこれる保証がないのなら、安請け合いするべきじゃないんだ。


 そう考えていたのに、俺はとうとう尋ねてしまった。

 もしものっぴきならない事情があるのならば、その時はみちるをこっちに残して、俺だけでも救援に向かおう──


 話を聞く姿勢を見せると、俺の後ろをついて歩いていたセイシェルが小走りに駆け寄り隣に並んだ。


「それがさ、アンタ達のパーティが魔王を討伐したまではいいんだけど、その後に予期せぬ事態が起こったのよ」


 ああ、やっぱりそういうことか。


「……そんなに酷いことになっているのか」

「ええ。あいつらのせいで、どこの街ももうめちゃくちゃなの」

「勇者ケンや魔道士のレンがそっちの世界に残っているでしょ? 彼らなら何とかできるんじゃないの?」

「勇者ケンは誰かさんにフラれたせいで、“猛禽類フクロウに負けた勇者” って陰口叩かれてヒキニートになったのよ。もう使いものにならないわ」

「う……っ」


 予想外のダメージを受けて、思わず胸を押さえるみちる。

 魔王を討伐したその場でみちるに告ってきたケンだったが、フクロウに転生した俺をみちるが選んだことで、あっさりフラれたんだよな。

 彼女が責任を感じる必要はないはずなのに、そんな話を聞いてしまってはますます異世界行きを断れなくなるじゃないか。


「……それで、俺たちは何をすればいいんだ」


 覚悟を決めてそう問うと、セイシェルがぴたりと立ち止まった。

 俺たちも歩みを止め、彼女の口から語られる言葉を待つ。


「ゴミをあさるカラスを追い払ってほしいの」


「「…………は?」」


「いや、もう、ホンットに迷惑してんのよねー。魔王城をねぐらにしてた魔カラスが近隣の街に押し寄せてきちゃってさー。決められたゴミの日以外はゴミを外に出さないようにとか、ゴミ集積所にはカラスよけのネットを掛けるようにとか、こっちも色々対策してんだけどね、アイツら無駄に頭がいいから、器用にネットを外してはゴミ袋を破って中身を散乱させるのよ。おかげでどこの街も道路はゴミだらけでめちゃくちゃよ」


「……それでなんであたし達が呼ばれるわけ?」


「こないだたまたまこっちの世界のワイドショーを観てたら、カラス除けに猛禽類を使うっていうのが放送されてたのよね。ハルトがまたフクロウになって街の中を飛び回ってカラスを追い払ってくれたら、あいつらも街に寄り付かなくなるんじゃないかなと思って」


 ドヤ顔で言い放つ駄女神に、俺もみちるも呆れて声が出ない。


「竹下通りまで行ってクレープでも食うか」

「だったらあたしはレインボーの綿あめが食べたい!」

「おいコラ、デートする暇あんならカラス追っ払ってよ!」


 その後もシカトを続ける俺らに食い下がってきた駄女神は、竹下通りでレインボー綿あめをインスタにアップし、「やっぱバえるわー」と言いながら食べ終えた後で異世界へ戻っていったのだった。

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