第23話 食らう男

 

『ほーこくしょ。たいちょーさまへ。


 リュドミラ様がつれてかれたわ。あたしたちが思っているよりも、事態は急速に動き出そうとしているわねー。

 まさかキャロライン・ザーリーが亡くなるとは思わなかった。ザーリー卿はべつに悲しんでもいないだろうケド、皇宮内での死亡だから犯人を捜しているようね。リュドミラ様が連れていかれたのも、ザーリー卿が裏にいるっていうのがもっぱらの噂。


 たいちょーさま、ぐずぐずしてるヒマないわよ。身の振り方をはやくきめるべきだわ。あたしたちが皇宮の大きな渦に呑み込まれる前に。

 あと、ほーこくね。騎士サマと三人の家来たちは今のところ静かにしてる。騎士サマ、皇女殿下に入れ込んでいたのに、抵抗しなかったわ。予期していたのかしらね、どうかしら。今後も観察していくわ。楽しみにしていてね。


 ねえ、たいちょーさま。あなたは誠意や真心、義理というものを信じる? あたしたちは今、打算だけでこの波を乗り越えようとしているけれど、あたしはたまに怖くなる。

 あたしたちは、人間は、打算だけで生きていけるものかしら。打算で得られた平穏や幸福は本物になるのかしらって思うの。それよりは心に秘めた良心に従った方が、人間らしい生き方ではないかしら。

 あたしはそう生きられるひとがうらやましい。たいちょーさまとあたしもそういうふうになりたかったわね。


 暗い話になっちゃった。口直しに、おもしろい話を聞いたからおしえてあげる。

 たまたまね、行商人が皇宮の中にきていたの。西方から来たんですって。細かな銀細工の櫛や髪飾り、ブローチがとってもきれいだったわ。あたしもたいちょーにねだろうかと思ったケド、あっという間に完売したと聞いたの。なんでもある奥方が一番いいものを買っていってしまって、それを見た他の奥方も欲しがったから、売れに売れたそう。最初の奥方、その宝飾品をどうしたと思う? 皇后陛下へ献上したそうよ。たいちょーはどこまでご存知だったの? 、知らないなんてことはないわよね?

 奥方の行動と、たいちょー、あたしはどちらを信じればいい? あなたが話さないかぎり、あたしも心を決められません。



 あなたが愛したかもしれないスパイより』





 リュドミラが塔から消えた翌日。

 宝玉騎士の姿は厨房にあった。大きなあくびをしたカシムが厨房に入ると、宝玉騎士の食卓に積まれた山のような食べ物にぎょっとする。

 スプーンもフォークもなく、男は何でも手づかみにして大口を開けて食っている。もしゃもしゃ、ぐしゃぐしゃとした咀嚼音が響く。焼いた肉の塊には直接かぶりつき、野菜のパイは手で丸く押しつぶして、口の中に放り込む。周囲には誰もいない。これから待ち受けている数十皿はまるで狩りの戦利品のように見えてきた。


「どうしちゃったんですか」

「食ってる」

「言葉が足りませんよ。どうして食っているんですか。いつもの量とはケタ違いですよ」

「おなかがすいたからなあ」

「そのわりには殺気を振りまいているんじゃないですかねえ。怖がってだれも近寄ってこないのがよい証拠です。入り口近くでトマスがうろうろしているなと思っていたらこれですか」


 カシムがクローヴィスの正面の椅子に腰かけるも、食べ物からは微妙に目をそらし、口を片手で覆う。


「何を考えていらっしゃるんです? リュドミラさまのことですか」


 空気の圧が一段と重くなるのを肌で感じるカシム。目の前にいるのは、腹をすかせた獰猛な巨大クマなのだ。だが、ひるまないで返事を待つ。


「何も。俺は頭がよくないから、難しいことは考えられない」


 クローヴィスはリスのように頬を膨らませながらまだ食う。目はカシムを見ていない。

 皿はあっという間に全部空になっていく。


「さして頭が悪いことはないんじゃないですかねえ。ふつうです。ふつうの人が世の中にはいちばん多いんですよ。ちなみに、まだ食べます?」

「うん」

「なら、俺が追加の料理を作ります。さっき騎士様が料理を作らせた料理人、俺に惨状を伝えた挙句、逃げましたからね。トマスー、朝食がほしいなら今のうちに言ってくださいよー!」


 すると、入り口の扉が、キィ、とちょっと開いた。トマスがおろおろと視線を彷徨わせながら立っていた。

 ぐう、とトマスの腹の音が本人の気持ちを代弁した。

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