1.壱:死界召喚法典

「……」


 俺は驚いた。

 何言ってるんだこの人……?

 そう思ったのだ。

 だが、「おやじさん」の様子から俺は信じてみたくなった。


「お主にはそれ程の力があるのじゃろ? ならばここでそれを発揮するのだ」


 そのような覚えはないと、ハッキリ断言できる。

 絶対に。

 でも……。

 少し信じたかった。

 信じたかった。


「世界を救え」


 だからそれ程の力があるんだったら欲しい。

 そうだ。

 もしあったら……助けられた!

 ――誰をだろう?

 分からない。


「おやじさんは待っていたんだよ。君にしか、その才能はないから」


 今度は青年が言った。


「俺が出来れば良いんだが……君にしか出来ないらしいんだ」


 だから……違う!

 俺は本当に力がないんだ。

 そうである。

 だったら……もし能力を持っているんだったら……何で俺はあそこに居たんだ?

 俺は続けて心の中で言う。

 本当は言葉に出したかった。

 でも、出なかった。

 ……、……。

 そもそもあそこってどこだ?

 俺はまた自分の言葉に驚いた。


「取り敢えず死界召喚法典を持て」


 「おやじさん」は俺に持たせた。

 だから……違うんだ!

 違う……。そう、それを言いたかった。

 だが言えなかった。

 言葉が出ない。

 だが。


「俺にはその力はない!」


 俺の声だった。

 否定を、したのだ。

 全員に沈黙が流れる。

 そして……。俺は言った。


「俺は、唯の無力な学生だ。その……貴方達には悪いが、俺には出来ない」


「――フッフッフッフッフ」


 俺はこれで終わりだと、そう思っていた。

 だが。「おやじさん」は笑い出した。

 そして、次の様に言った。


「どうやらこの書を使えるもののようじゃの、リュウ」


「そのようですね」


 え?

 俺はハッと息をのみ、少し説明を求めようとした。

 が、またそれは言葉にならなかった。

 なぜ俺は、大事な時に声が出ないのだろう?


「慶世! お前は持て。俺も『おやじさん』も、それを望んでいる」


 俺は自分を悔しく思った。

 本当に緊張や驚きで声が出ないのだ。

 そんな中、リュウはその本を俺につかませた。


「出来る出来ないじゃなく、やりたいか?」


 正直、やりたくない。

 そんな重大なこと、出来ない……

 いや、やっぱりやりたくないんだ。

 でも、このリュウという少年は、必死に願っているようだった。

 やめてくれ。

 そのような眼で見つめられたら……承諾しちまう。

 その時俺は、なぜか必死に叫んでいた。


「分かった!」


 なぜか。


「俺は……貴方達の頼みを引き受ける!」


 そう言った。

 ――そうだ、もうすでにこの時から、俺の冒険が始まっていたのだろう。

 つまらない一生から、波乱の一生へ。


 そして、俺の選択によって……世界の運命は変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る