本編3-3 不穏なる影
「王が、立ったか。思ったよりも呆気ない治世だったな」
アルドフェック王宮。面白がるように、皇帝ニコラス・アルドフェックは呟いた。そんな彼の前に控えるのは、まだ若い一人の男。灰緑色の髪に青灰色の瞳を持った辺境伯は、その日、皇帝から直々に呼び出されていた。
「フレイグ・アヌミス」
「はっ」
名を呼ばれた若い男は、身を正す。
そんな彼に、ニコラスは命じる。
「貴殿には『対エルドキア軍』を率いて、エルドキアの反乱を鎮め、こちらの支配を取り戻してもらおう。我はそなたを信じている。望むならば帝国の軍も貸すが?」
皇帝の命に、フレイグは慎重に答える。
「かしこまりました。されど、軍を貸していただけるという申し出はありがたいのですが、私の軍だけで挑むのは駄目でしょうか」
ニコラスは面白そうな顔をした。
「ほう、よかろう。ならば貴殿の軍隊だけで、エルドキアを支配してみせよ。我は期待しているぞ」
「はっ!」
フレイグは床に頭をこすりつけた。
彼が皇帝の申し出を断ったのにはわけがある。立派な辺境伯、統治の上手い辺境伯として周囲から称えられる彼は、信頼関係を何よりも大切にしていた。だから出会ったばかりの見知らぬ部下よりは、自分と深い信頼関係を結んでいる自分の部下たちを連れていった方が良い、そう考えたのだ。その間でしか通じない特殊な信号がある、特殊な合図がある。だからこそ。
フレイグ・アヌミスは帝国の犬だ。しかし彼には彼の意思がある、彼には彼なりの意思があり、彼はそれにのっとって生きている。彼は愚かな人間ではない。だから、だからこそ、皇帝ニコラスは彼を対エルドキア軍隊長に任じたのだ。
物語は、動き出す。時間は、待ってはくれない。
神聖エルドキアに、新たな風が吹き込もうとしていた。
「行くぞ、皆」
皇帝からの命令の内容を告げ、フレイグ・アヌミスは旅立ちの用意をする。そんな彼の隣には、赤い髪に桃色の瞳を持った、はつらつとした娘がいて目を輝かせていた。そんな彼女らを皆から一歩離れたところで、漆黒の髪に吊り目がちの赤い瞳を持った、冷めた少年が眺めている。
赤髪の娘は嬉しそうな顔をしてフレイグの腕にしがみついた。
「やった、やったぁ! あのエルドキアだよ、あのエルドキアに行けるんだよっ!」
あのな、と、そんな彼女を鬱陶しそうにフレイグは払いのけた。
「観光じゃないんだぞ、戦争に行くんだぞ、フレイア。その意味を取り違えてくれるな」
わかってるよ、とフレイアと呼ばれた娘は答えた。
「たっくさん焼くんだよね、焼き尽くすんだよね。あたし、役に立てるかなぁ?」
言って、彼女は右手を握りしめて、開いた。すると生まれる炎の輝き。
フレイグ・アヌミスの妹フレイアは、優秀な炎使いなのだ。
そんな彼女を若干不安げな目で見つつも、フレイグは先ほどから一言も言葉を発しない漆黒の少年に声を掛けた。
「リレイズ」
「…………」
しかし少年は答えない、どころかそっぽを向いて腕を組んでいる。フレイグはそれでも言葉をつなげる。
「お前に活躍してくれ、なんて言わない。でも置いていくわけにはいかないからな、ついてきてほしいんだ、リレイズ」
「……僕は『リレイズ』なんかじゃ、ない」
ようやく発されたのは拒絶の言葉。フレイグは疲れたように息をついた。
「まだ、心をひらいてはくれないのか」
「僕は傷付き過ぎたんだ。呼ぶなら呼べよ、僕の偽りの名を呼べよ。そう――“得体の知れない《アンノウン》”と」
言って、少年は瞑目した。
フレイグは大きくため息をつく。
「全く……こんなメンバーが私のメインの仲間なんて、気苦労が絶えない」
フレイグは頭を抱えた。
それでも、と彼はフレイアに、リレイズに、慈愛のこもった目を向ける。
「懐いてくれなくとも拒絶されても、私は皆を愛しているよ……」
その思いが、届かない人がいると知っても。
「私たちは、家族だから」
その言葉に、一瞬リレイズの肩がぴくりと動いた。しかし、それだけだった。彼は相変わらず皆を拒絶し続ける。
こうしてこちらも、動き出す。
◇
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