本編3-2 エルドキア解放戦線

 宣言を発し、ラディフェイルは奪われた旧王都で待つ。

 自分の味方になってくれる、優れた人材を。

 しかし事態はそう簡単には進まない。

「何が王だ、何が指導者だ、誰が害虫だ! 今だ今だ、今の内に、この王を名乗る不届き者を排除せよ!」

 彼の宣言に殺気だったアルドフェック民が、彼にその剣を向けた。やれやれとラディフェイルは溜め息をつく。

「やはりそう簡単にはいかないか……」

「当たり前だ! 死ね!」

 向かってきた剣を、

「……誰に刃を向けている?」

 薙ぎ払ったのはハインの剣。

 助かった、と特に感慨も込めずに行って自分の剣を抜き放つラディフェイルに、当然だろうとハインは返した。

「オレは闇の剣士ハイン、新たな王を守るもの。言っておくがその実力は、そんなに弱いものじゃないぜ?」

 そんなハインに、ラディフェイルは命じた。

「俺はいいからあんたはエルレシアを守ってくれ。自分の身くらいは自分で守れるが、エルレシアは剣も魔法も使えないんだ」

「了解です、陛下?」

 ラディフェイルの命令に、面白がるようにハインは答えた。彼がエルレシアを守るように彼女の前に立つと、エルレシアはハインのマントにしがみついた。怯えたように、エメラルドみたいな緑の瞳が動く。そんな彼女の頭を、ハインは優しくぽんぽんと撫でた。

 さて、とラディフェイルはアルドフェック民たちに言った。

「俺に刃を向けるのならば、俺も相応に戦うが?」

 その言葉を皮切りに、旧王都に残っていたアルドフェック民たちが一斉に彼らに襲いかかってきた。

 この場で民の信頼が試される。もしもこのとき誰も助けに入らなかったのならば、ラディフェイルは王として失格だったということになる。

 向かってきたアルドフェック民。切り結び、斬り飛ばし、ラディフェイルは応戦する。彼はエルドキアで一番とさえ言われたほどの剣の使い手、そう簡単には倒されないが……。

「加勢致しますぞ!」

 知らぬその声を聞いた時、ラディフェイルはとても嬉しかった。

「協力、感謝する。しかして、貴殿は?」

 ラディフェイルの隣で戦う初老の男性は、剣で相手を斬り飛ばしながらも答えた。

「私はヴィアン・カーディス! 先王の宰相をしていた者です! 参上遅れましたこと、大変申し訳ない所存にございます!」

「……あの、鋼の宰相が」

 ラディフェイルは驚いたように眉をあげた。

 彼は直接会ったことはなかったが、彼らの父が王をやっていた時代、「鋼の宰相」と呼ばれる宰相が国にいた。彼は実に見事に国を導いていたが、戦争が始まった直後に謎の失踪を遂げ、そのため先王エヴェルは道を踏み外したと言われる。その宰相の名は、ヴィアン・カーディス。

 消えていた理由はわからない。しかし生真面目な彼が国をないがしろにするくらいなんだから、余程のことがあったのだろうと人々は囁く。そんな、常に国の中枢にいた彼に、第三王子という、王位から離れたラディフェイルが、簡単に会えるはずもなく。だからラディフェイルの記憶にある限り、これが初対面のはずなのだが……。

「覚えておりますぞ。幼い頃の陛下は、大層腕白であらせられた」

 戦いながらもそんなことを口にする彼に、ラディフェイルは驚きの目を向けた。

「……以前に、会ったことが、あったのか?」

 ええ、ありますとも、と鋼の宰相ヴィアン・カーディスは頷いた。

「陛下が三歳くらいのときに、一度だけ。水面に映る月を取ろうとして池に落ちて、大層な風邪を引かれましたなぁ。その時は私が池に飛び込んで助けたのですよ」

「……覚えていないな」

 そうやって会話をしている内に。

 気がつけば向かってくる相手はいなくなっていた。

 当然だ、エルドキア一の剣の使い手に、武術も優れた鋼の宰相、そして闇神の変じたハインが相手とあっては、有象無象で倒せるわけもなく。どうやらアルドフェック民たちは王都から撤退したらしい。

「この程度か、脆い」

 呟いたラディフェイル。するとどこからか歓声が湧いた。

「新王様、万歳!」

「ラディフェイル陛下、万歳!」

 見ると町のあちこちからエルドキアの民たちが出てきて、万歳を言いあっているのだった。それを見て、呆れたようにラディフェイルは苦笑した。

「なんだなんだ、高みの見物か? 結局直接助けに来てくれたのは宰相だけだったじゃないか。皆、腑抜けになったものだ」

 恐ろしい圧政は、残された民から抵抗する気力すら奪ってしまったのかもしれないけれど。

 男や若者を奪われて。反乱を起こしてもすぐに潰され見せしめに残酷に殺されて。だから民たちは抵抗することを恐れるようになったのかもしれない。そんな民たちに、その目に歓喜を浮かべながらも、まだ少し怯えた顔をする民たちに、なだめるようにラディフェイルは言った。

「大丈夫だ、王がいる」

 そして彼は、改めて民たちに問い掛けた。

「ここに王は成り、王都は奪還された。さて、そこで問うが」

 その紫水晶の瞳が、きらりと光る。


「『エルドキア解放戦線』に参加してくれる、心ある者は――いないか?」


 アルドフェック民が、圧政を敷いていた民がいなくなった今度こそ。

 王都に残されたエルドキアの民たちは、我も我もと声をあげたのだった。

 ここに、王は、成った。


  ◇

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