第36話 ふもおうそ

 トゲトゲの釘バットのごとく変化したのだ。

 回転する勢いそのままに、フレイルから生えてきたトゲトゲが射出され辺り一面に飛び散った。

 

 数には数ってわけか。

 無数のトゲトゲがミニスライムに突き刺さり、白い光に転じていく。

 

「ふもお」


 うしが鳴くと白い光は奴の口の中へ吸い込まれていった。

 

『カルマを七百二十獲得しました』


 お、おお。

 すんげえカルマが手に入ったぞ。

 しかしだな、トゲトゲがミニスライムを倒し切ったまではいい。

 俺の全身にまでトゲトゲが突き刺さっててさ……地味にダメージが入ってんだけど……。

 

 ゲオルグは平気かな?

 恐る恐る彼の方へ目をやると……ピンピンしていた。

 むしろ、傷まで癒えているような気がする。

 

「大丈夫でしたか? ゲオルグさん」

「はい。勇者様とうし殿の魔法でHPが回復しましたので」


 やっぱり回復しているのか。

 不可思議だ。

 

『鈴木、さっきのホーリー・バッシャーで何か分かったか?』

『分からんが、アレは無差別攻撃で間違いない。もっとも我は床に沈み回避したがな』


 ん、んんん。

 首を捻っていると、かわうそが再び俺の頭の上にもぞもぞと登ってきた。

 

「歩け。もしくはうしの上に乗れ」

『ここが快適うそ』


 手で払おうとしても躱されるし、一応クライアントだから我慢しておいてやるか……。

 

「おい、かわうそ」

『何うそ?』

「さっきのトゲトゲって、回復するの?」

『人間以外にはダメージを与えるうそ。デビルはうしが浄化するうそ』

「ほう、浄化か。難しい言葉を知っていてビックリだよ」

『うそうそ』


 人間は回復。それ以外はダメージを受ける。

 うんうん、なんて都合のいい魔法だと思うかもしれない。でも、ゲーム的にはよくある話なんだよね。

 現実世界だと仲間の攻撃魔法に巻き込まれたらもちろんダメージを受けるけど、ゲームだと仲間は平気で敵にだけダメージを受ける。

 ネトゲだと味方からのダメージをフレンドリィ・ファイアというのだけど、こいつを禁止しているネトゲも多い。

 

 そこはいい。フレンドリィ・ファイアだからダメージを受けないってのは構わない。この世界はゲームに似るのだから。

 回復するってのも……百歩譲ってそういうもんだと思うことにする。

 

 だが!

 俺は人間扱いじゃないのが頂けない。

 トランスできる俺のようなキャラクターは人間というカテゴリーには含まれていないのか……地味にショックなんだけど……。

  

 この日はここで解散となり、冒険者の宿に戻る。

 俺は元の世界へ戻りたいって気持ちをより一層強くした。

 

 ◆◆◆

 

 ――その日の晩。

 スイの部屋に来ている。大事なことだからもう一度。スイの部屋に来ている。

 俺はベッドの上に腰かけ、バーボンが入ったグラスを傾けカラカラと鳴る氷の音を楽しんでいた。

 

 カランコロン。

 んー。いい音だ。

 こういう夜はこの音に限る。

 

「ソウシ」

「ん?」


 布団から顔だけを出したスイが気だるそうな声で俺の名を呼ぶ。

 事が済んだ後だから、彼女は疲れているのだろうか?

 

「用が済んだんだから、もういいでしょ。眠たいわ」

「自分から呼んでおいて、終わったら急に冷たくなるなんて……」


 酷い。酷いわ。

 スイの顔に手を伸ばそうとしたら、彼女に手をペチンと払われてしまった。

 

「そのお酒も持って出てね」

「あいあい……」


 これ以上ここにいると、スイの目線がキツイ。

 仕方なく俺はスイの部屋から出ることにした。もちろん、彼女の部屋から出る前に大きく深呼吸をしていい香りを味わってからにしたことは言うまでもない。

 

 自室に戻り、椅子に腰かける。

 バーボンをテーブルの上に置き、ふうと息を吐く。

 

 先ほどスイに呼ばれたと言ったが、正確には呼び出しを受けたんだ。

 鈴木と一緒にな。

 かわうそとうしの事の詳細を彼女に相談すると言っていて、ご飯を食べて風呂に入ったらすっかり忘れていたのが原因だ。

 彼女は食事の時に話をすると思っていたようで、ずっと俺を待っていた。

 まあ、いつも何かあった時はレストランで相談をしているから、彼女の動きはいつも通り。

 そんなわけで、部屋でゴロゴロしていた時、鈴木が天井から染み出してきて慌ててスイの部屋に行ったってわけだ。

 

 かわうそとの詳細を伝え意見を交わし合いひと段落つくころには、深夜になっていた。

 

 ……次は違う目的でスイの部屋を訪れたいものだ。

 

 俺と同じで、スイと鈴木もかわうそとカルマ取得現象が何故起こるのか見当が付かなかった。

 一つだけ言えることは、取得できるカルマがやたらと高いってことだけだ。

 

 低レベルの四人パーティを助けた場合に取得できるカルマはだいたい四百から五百の間くらい。

 高レベルの四人パーティなら、高くて八百くらいってころ。

 もちろん、助けた状況によって半減したり、若干増えたりはするんだけど……。

 

 一方でかわうそ達の場合、ブラックスライム程度の変異体でカルマが七百二十も手に入った。

 ここで重要なのは、敵の強さとかじゃあなくて「討伐」することでカルマが手に入ったってことなんだよ!

 

 人を救助するってのは非常に手間だ。いつ起こるか分からないし、数をこなすことができない。

 モンスターを倒すのなら、リポップするし倒したら出待ちしてりゃあいいだけ。

 

 色は異なれど、デビル化したモンスターを浄化すればカルマが獲得できることは分かった。

 アヤカの神聖魔法で対処できるのかはまだ不明。

 まずは、どれくらいのデビル化モンスターが迷宮の中に存在するのかを調査し、俺たちで浄化できるのかの検証を行う。

 

 ゲオルグの情報によると、ザ・ワンだけでなく世界のいたるところでデビル化したモンスターはいるみたいだけど……範囲が広すぎるからザ・ワンの外は後回しだ。

 アヤカで浄化できない場合は……かわうそをうまくおだてるかして……。

 

「まてよ」


 かわうそは八ランクまでの神聖魔法を操ったけど、アヤカなら最高ランクまで使うことができる。

 ……どちらかというとかわうそよりうしの方が特異な存在なのかもな。

 

 見た感じ普通のうしと変わらなかったけど……。

 トランスフォームオンラインの知識からだと、可能性のあるスキルが一つだけある。

 ただのうしを強化するという意味においてだけだが。

 

「テイマー」


 ベッドに寝転がりながら呟く。

 テイマーはモンスターはもちろん家畜だって自分のペットにすることができる。

 テイマー関連スキルの中に、「ペット育成」ってスキルがあるだけど……。

 育成したペットなら、元のモンスターより遥かに強くなるんだ。

 だから、うしを育成すれば。

 

「あああああ。推測に推測を重ねてもどうにもならん!」


 ゴロンゴロンその場で転がり、布団をかぶる。

 そもそも「ペット育成」はステータスを強化するだけなんだよ。魔法スキルを持つモンスターなら、より上位の魔法を使うことができるようになるけど、うしはうしだろ?

 強化したところで、物理攻撃しか持っていないことは変わらん。

 

 いろいろと考えているうちにいつの間にか寝てしまう俺であった。

 

 

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