第35話 頭痛が痛い

 んーっと。

 見れば分かるとな。見れば……ブラックスライムとゲオルグは相変わらずのご様子。

 他にはっと、ぐるりと部屋を見渡す。

 

 ん、部屋の右の隅に何かベッタリとしたゲル状のものが付着しているな。血のりではない。

 ブラックスライムの体液やらではなさそうだし……それよりなにより色が……蛍光イエローでとっても目立つ。

 何だろうアレ? 異世界の粘菌かなんかか?

 

「あの黄色いのがレッドデビル?」

『見れば分かるうそ。あれがレッドなわけないうそ』

「……イエローデビルか何かか?」


 いちいち癪に障るかわうそだが、こんなことで気分を害していてはこいつと上手くやっていくことなんてできねえからな。

 べとーっとしたままスライムのようにイエロー粘菌が動き出した。

 最初は動いているかわからないくらいだったのに、見る見るうちに速度が上がっていく。

 

 あれがブラックスライムに取り付いて赤……じゃない黄色うしにでもなるのか?


「ゲオルグさん、悪魔が出たみたいです! 気を付けてください!」


 一応ゲオルグに警告をすると、彼はブラックスライムから距離を取った。

 そこへ計ったように黄色粘菌が飛び込んできて、ブラックスライムと接触する。

 黄色い波紋が広がるようにしてブラックスライムの体が蛍光イエローに染まっていき……。

 

「眩しい!」


 目もくらまんばかりのイエローフラッシュを発したのだった。

 目が慣れてきて、ようやくブラックスライムの姿を見ることが……あれ……?

 

 確かに蛍光イエローと黒のホルスタイン柄をしたうしっぽい見た目にはなっている。

 だけど、あれ……ぷよぷよしていて体はスライムのまんまじゃないのかな……。形だけなんとかうしに近づけましたって感じで、とても、何というか……やっつけ感が酷い。

 

 体から力が抜けるが、ゲオルグは戦慄し肩を震わせていた。

 一方でかわうそは俺の頭からしゅたっと降り立ち変なダンスを踊っている。


「何してんだよ」


 冷たい目でかわうそへ言い放つが、奴は気にした様子はまるでなかった。

 むしろ、テンションが上がっているようにさえ見える。

 

『イエローデビルスライムは強いんだうそ。魔力を高めておかないとうそ』

「突っ込みどころがありすぎて、どれから突っ込んでいいか分からんわ……」


 混ぜるな! デビルなのかスライムなのかはっきりしろ!

 あんな変な踊りで魔力が高まるわけないだろおお!

 

 ハアハア……さすがの俺も疲れてきた。

 もちろん精神的に。体力は全快だぜ?

 

 いかんいかん。伝えなきゃならないことを伝え忘れるところだった。


『かわうその動きを見張っていてくれ。もしできそうなら解析も頼む』


 鈴木へメッセージを送る。

 

『我はスイと異なり魔力解析は得意ではない。まあ、やれるだけやってみるとしよう』


 すぐさま鈴木からメッセージが帰って来た。

 これで何も分からなかったらスイにかわうそパーティに入ってもらうか。彼女の気持ちは知らんが、かわうそとゲオルグなら彼女がパーティに加わることは歓迎してくれると思う。

 彼らのパーティは人数が少ないからさ……実質ゲオルグ一人で進んでるんだもの。

 

「かわうそ。ダラダラしている間に黄色うしが動き始めたぞ」


 うわあ……気が抜ける。

 蛍光イエローのうしもどきは前脚を振り上げ、前へ進もうとするが……ぷよぷよしているから足が半ばで折れ曲がってしまった。

 結局奴はどうしたのかというと――転がることにしたようだ。

 

 その場でゴロンと一回転。

 体の大きさ自体は牧場の牛くらいのサイズだから、二回転もすればかわうその目前にまで迫る。


「そろそろ、ここまで来るぞ」

『任せるうそ。セイクリッド・グラビティ』


 例の神聖魔法が発動し、柔らかな黄色みがかった光が黄色いうしもどきを覆う。

 

 光が晴れた。

 え、えええ。

 何だろう。ブラックスライムに取り付いたのが間違いだったんじゃないか?

 かわうそのセイクリッド・グラビティは確かに効果を発揮した。

 でも、斜め上ってもんじゃないんだよなこれが。

 期待した白と黒のホルスタイン柄に、なるにはなっていた。

 だがしかし! 

 形がブラックスライムに戻っていたんだよ。


『ホーリー・ピュリフィケーション』


 続いてのかわうその神聖魔法が唱えられた。

 ホルスタイン柄のブラックスライムは浄化され、光の粒子には……ならなかった!


「俺、もう、帰っていいかな……」


 頭痛が痛い。

 誤用だって分かっている。でも、そんな気分なんだ……。

 かわうそのホーリー・ピュリフィケーションで浄化されたホルスタインスライム。

 だけど、こいつら……小さいホルスタイン柄のスライムに分裂しやがった。

 一体一体は手のひらに乗るくらいのサイズで、数は……数えたくないほどいる。五十から百の間ほどかなあ……。

 

『あれを……吸収できるかうそ?』


 かわうそが傍らにいるうしに問いかけると、うしはいつものごとく、

 

「ふんもお」

 

 と呑気に鳴く。

 

「どっちなんだよ!」


 突っ込むが、うしにとってはどこ吹く風。微塵たりとも動揺した様子はなく、のんびりな態度を崩さない。


『何だこの現象は。バグか? それとも闇の力か?』


 鈴木からメッセージが届く。

 少なくとも後者じゃあないことは確かだと思うぞ。

 

『何が何だか俺には理解不能だよ!』


 鈴木にメッセージを返しておいた。

 もうどうにでもしてくれと達観した気持ちで様子を伺っていたら、ホルスタインスライム(ミニ)がもぞもぞと動き始める。

 

 奴らはその場でみょーんと跳ねると、高く飛び上がりゲオルグとうしへと襲い掛かった。

 

「ぐ、ぐう……」

 

 ゲオルグが剣を振るうが、相手の数が多すぎて勢いそのままに押し倒されてしまう。

 一方うしは……尻尾をぶんぶん振ってスライムミニを弾き飛ばしていたじゃねえか……。

 尻尾伸びてたよな? だって、伸びないと頭の辺りに落ちてきたスライムミニを叩き落すことなんてできないもんな?

 

『知っているか? 駄熊』

『なんだよ?』

『うしの尾は迫りくるハエを一撃の元に絶命させるという……』

『だから何だってんだよ!』


 こ、こいつもダメだ。

 もう無茶苦茶だああ。でも、ゲオルグさんは助けないと。

 

『仕方ないうそ。ここはとっておきを使ううそ』

「ふんもお」


 かわうその声に合わせてうしも鳴く。この上なく気の抜ける鳴き方だ……。

 しかし、かわうそとうしの合わせ技は目を見張るものがあったのだった。

 

『行くうそ。ホーリー・バッシャー』


 ホーリー・バッシャーは聖魔法の六ランク目のカテゴリーに含まれる。

 かわうその頭上に光で編まれたフレイルが出現し、ゆっくりと回転し始めた。

 フレイルは棒状の持ち手に鎖で繋がれた分銅がついた武器である。

 実際に本物のフレイルみたいに使えるわけじゃあないけど、バッシャーの名前の通り鈍器で粉砕するイメージを持った聖魔法ってわけだ。

 威力もなかなかで、低レベルのモンスターだったらぺしゃんこにできる。


「ふもふも」

 

 感心していると、うしが鳴く。

 すると、フレイルの形が――。

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