第8話 いろいろ分かってきたくま

「ソウシ、ごめん! ここまでだとは思ってなくて」

 

 心配したスイがうずくまる俺の背中を撫でてくれた。

 

「あ、うん。あの鮭って何か特殊な効果があるのかな?」

「『熊首ったけ』」

「なるほど……」


 細かいアイテム名とかは覚えていないけど、メタモルフォーゼオンラインにはいくつものネタアイテムがある。

 今回とんでもない目にあった鮭もそんなネタアイテムの一つで間違いない。

 しっかし、特に何の効果も及ぼさなかったゲーム内と違い、ここまで如実に俺の心へ影響を及ぼすとは……冷や汗を流す俺なのであった。

 

 背中に手を当てていたスイが自分の肩に俺の腕を担ぎ上げ、体を支えてくれる。

 実は既に平気だったけど……せっかく優しくしてくれているので甘えることにした。残念だったのは鎧があるから、密着しても嬉しい感触がなかったことか……。

 

 客席に戻ると、アヤカがグラスに入ったコーヒーを俺の前に置いてくれた。

 ストローも準備されていたけど、そのままグラスを手に持ちぐびぐびっと一息に飲み干す。

 コーヒーの濃い味が口の中の気持ち悪さを洗い流してくれる。

 

「ふう」


 グラスを机の上にコツンと置くと、残った氷がカランと音を立てた。


「氷やコーヒーもあるんだ」


 そう呟き、再びグラスを持って氷を口に含む。


「氷は魔法で。コーヒー豆は手持ちのアイテムよお」


 パチリとウインクを飛ばすアヤカ。

 おっと。

 素早く右へ頭をスウェーさせ、見えないウインクの波を回避する。

 

「ソウシ。ご協力ありがとう」


 隣にちょこんと腰かけたスイは、右手で「ごめんね」のポーズをしながら感謝の意を述べた。


「いや、実体験して分かったよ。アイテムの表示メッセージには注意しないとなんだよな」

「そうね。実際にHPやMPに影響を与えるポーション類だけじゃなくて、ゲーム的な効果が無い物にも注意が必要だわ」


 アイテムボックスに入れると、それぞれのアイテムの名称が一覧となって表示される。

 アイテム名の横に所持している数、アイテム詳細を見るとそのアイテムの効果と一言メッセージが記載されているんだ。

 

 物によっては詳しい情報を見るために「鑑定」スキルが必要なことがある。

 例えば……宝箱から拾ったばかりの武器なんかはそのままアイテムボックスに放り込むと「武器?」と表示されるんだ。

 鑑定すると、「武器?」は「バスタードソード」みたく内容が表示されるようになる。

 

 ちなみに俺は「鑑定」スキルを持ってはいない。ははは。

 戦闘特化に便利スキルを入れる余裕なんてねえんだよ。

 

「口に入れるアイテム類は味に注意ね。傷を治すために体へ塗り込む薬なんかは、どれだけの痛みを伴うかなんて分からないわ」

「その辺りは都度都度確かめていく感じかなあ」

「そうね。何なら試してみてもいいけど?」


 スイさん。目を輝かせながら、バリアントナイフをチラつかせないでくれませんか?

 分析が好きなのは分かるけど、進んで自傷したいなんてもってのほかだ。

 

「そのうちモンスターからダメージを受けると思うから、その時で……な」

「分かったわ。回復魔法も試したいところだし……ね」


 スイとアヤカはいい笑顔で頷き合う。

 あああ。そういやこの中で回復魔法の使い手はアヤカしかいない……。

 「うふーん。注射のお時間よお。ソウシくうん」なんて彼の姿が頭に浮かび、ブンブンと首を振る。

 い、いやだああ。

 俺は回復なら慈愛の籠った目で見つめられながら、白衣の天使ユウに回復させてもらいたいんだああ。

 

 彼女に俺が傷付いた時、ポーションを使ってとお願いしておくべきか……。

 なんて考えている間にも次の議題に話が移っていた。

 

「ほし、どうだった?」

「スイの慧眼通りだった。神の言葉でも聞こえたのか?」

「そ、そうね」


 スイよ。まともに相手をしない方がいいぞ。このバカには。

 なんて思っていたけど、一体鈴木に何を調査させたんだろう。

 

「何を調べさせたんだ?」

「異世界とメタモルフォーゼオンラインがどこまで似通っているのかなと思って」

「ほうほう。で、どうだったんだ? 鈴木?」


 鈴木に問いかけると、彼はようやく自分が注目されたと思って大げさに胸を反り、勿体ぶったように斜に構える。


「聞きたいか?」

「いや、もういいや」


 スイに聞いた方がはやい。だって、彼女の思った通りの結果だったんだろう?

 彼女へ目を向けたところで、鈴木が立ち上がりご高閲を垂れ始めた。


「聞いて驚くがいい。驚愕するがいい。なんと、この世界にはメタモルフォーゼオンラインにあるダンジョンや古代遺跡が全て存在する」

「物だけは揃っているってことなのかなあ」


 鈴木は広い世界を見て回り、全ての施設を調べ尽くした。

 彼の説明よりゲーム内であった街や王城も全て揃っているのだろう。

 

「あ、でも」

「何か気が付いたの?」


 俺の呟きに対し隣にいるスイが首をコテンと傾げ俺を見つめて来る。

 ワザとじゃないんだろうけど、見る人によってはあざとく見えるんだろうなあ……。

 しかし、可愛いじゃねえか。ちくしょうめ。

 

 おっと、考えが逸れてしまった。

 

「設定というか世界の作りはメタモルフォーゼオンラインと同じかもしれないけど、NPCらしき人を見かけたことがないんだよ」

「全て生身の人間ってことよね? 異世界だって日本と一緒で人が生きているわけだから……当然と言えば当然だけど……」

「うん、そこは俺も当たり前のことなのかなって思ってる。依頼所にいた人だって気のいいおっさんだったしさ。パーティを組んだ人にしてもそう」


 そうなんだ。忘れてはいけないことは、この世界にいる人達はゲームの中に配置されプログラムで動くNPCなんかじゃなく、俺たちと同じ人間だってこと。

 ゲームと同じ仕様だと思って、人と接すると痛い目にあうことは間違いない。この点は深く心に刻んでおかないとな。

 慢心してはいけない。相手にも心がある。

 

「人と接する時は注意しなきゃね。ソウシの報告を整理すると、この世界の人たちは変身できないみたいだし」

「うん、トランスを見せびらかすのはよくないと思う」

「力を見せつけることで、手を出され辛くなるんじゃないのか?」


 スイと俺のやり取りに鈴木が割って入って来た。

 

「逆だよ。鈴木。この世界の権力者たちからあーだこーだと来られると困る。俺たちは腹芸満載の政治家出身ってわけじゃないんだ。それぞれ別個に分断されて取り込まれでもしたら悪夢だ」

「なるほどな。理解した。元より我は闇に潜む存在であり、闇と共に在る。務めを果たすのみ」

「あ、うん……」


 何を言っているのかてんで理解できないけど、下手なことはしないでくれそうだから良しとしよう。

 

「アヤカさん、ユウさん、トランスするならこの世界の人に見られないようひっそりとでもいいですか?」

「もちろんー。目立ちたくないのは分かるよー」

「あたしも賛成だわ」


 二人も即座に賛意を示してくれた。

 

「話は戻るけど、ダンジョンにいるモンスターの様子を確かめたのか?」

「うむ。抜かりはない。低階層だけだが、メタモルフォーゼオンラインと似たようなモンスターが闊歩している」


 鈴木が謎のポーズを決めながら、言葉を返す。いちいち何かしないと気が済まないのかこいつは。

 指示を出したのはスイ。実行したのは鈴木。この態度……いや、まあいい。奴はこう見えて単純なんだ。裏は無い。

 

「ほし、調査ありがとう。となると、ほとんどのダンジョンは踏破されていないわよね」

「たぶんな。中級以上のダンジョンはトランス無しだと厳しいと思う」

「人間縛りプレイの人たちでも、中級ダンジョンをなんとか二つほどクリアしただけだものね」

「うん、再考に再考を重ねた最高の装備と戦術で挑んで……だけど」


 てことは同時に一定以上の装備やアイテムはこの世界に出回ってないってことか。

 元になるモンスター素材が手に入らないからな。

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