第7話 そんな鮭にこの俺さまが……

「お疲れ様!」


 満タンに水が入った水袋を三人へ手渡し、彼らを労う。

 

「お前の珍しい魔法はよいな! 戦いができなくともそれだけでおつりがくる」

「一応多少は戦えますよお。へへへ」

「そっかそっか。俺も使いたいぜ。その魔法」

「あ、バナナ食べます?」

「おう!」


 余り突っ込まれたくないから、食べ物で誤魔化すとあっさり男はそれに喰いついて来た。

 単純で良かったよ。

 魔法と称しているけど、俺はMPゼロで魔法なんて使う事はできない。でも、不可思議なモノについては魔法と言っておいた方が変に勘ぐられずに済むんだよ。

 何かって? それは腰のポーチに繋がっているアイテムボックスのことだ。

 アイテムボックスもこの世界の人で使う事のできる人を見たことがない。

 

 毒消し男が皮剥ぎナイフでフォレストフロッグの皮膚を剥がしているグロイ姿の後方には沼がある。

 その沼に大きな水泡がポコポコと上がってくるのが目に映った。

 

「あ、みなさん」

「ん? 何だ?」


 ――ザバアア!

 水面が波を打ち、フォレストフロッグが三匹ぴょーんと姿を現した。


「うわあああ! 逃げるぞ!」


 叫ぶやいなや、前衛をしていたポーションの男と壮年の男は一目散に駆け始める。


「一人残ってますよお」


 あ、もういない。

 残された毒消し男は右側のフォレストフロッグの舌に絡めとられ、ごっくんされちまったじゃねえか。

 さすがにこれはこのまま見て見ぬフリはできないな……目の前で人が飲み込まれて消化される姿なんて絶対に見たくない!

 俺には彼を助ける力がある。ならば、迷うことなんてないだろ?

 

「真の姿を開放せよ『トランス』」


 俺の姿が人からシロクマへと転じる。


「くまあ(覚悟しろよ)」


 ゆらりと体を動かし、右腕を振り上げる。

 軽く足先に力を込めるだけで爆発的に加速し、一息にフォレストフロッグを射程距離に捉えた。

 

 中央のフォレストフロッグへ右腕を振り下ろすと、左側のフォレストフロッグごと冗談のように吹き飛び近くにあった大木へ激突して、ぺしゃんこになった。

 ――ドサア。

 あ、大木も倒れちゃった……。

 

「くま……(俺は見てない何も見てない)」


 今度は指先でつまみ上げるように、そっと毒消し男を飲み込んだフォレストフロッグを指先で挟み、ゆっくりとひっくり返して左右に振る。

 すると、口から毒消し男が出て来て、沼にずぶずぶと落ちて……いかんいかん。見守っている場合じゃねえ。

 男の足を掴んで、沼から引きずり出し草の上に寝かせた。

 あ、反対側の手でフォレストフロッグを掴んだままだ。

 乱暴に右腕を振り指先を離すとフォレストフロッグが飛んで行ってどっかの木にぶつかった。

 

「くまあ(泥で足が汚れてしまった)」


 人間の姿に戻って、男の頬をぺちぺちと叩く。


「む、うう」

「大丈夫ですか? 今ポーションをドバドバっと体にかけますね」


 アイテムボックスからポーションを指に挟んで二本取り出し、反対側の手できゅぽんと蓋を開ける。


『カルマを三百獲得しました』


 その時、脳内にメッセージが流れた。

 そういや、こんな設定があったな。護ったり重たい荷物を持ってあげたりしたら、善行を積んだとしてカルマがあがる。


「一体何が……」

「無事で何よりです。フォレストフロッグの皮を持って街に帰りましょう」

「あいつらは?」

「お兄さんが寝ている間に先に帰ったようですよ」

「そうか……なんで俺は寝ていたんだ……」

「まあ、いいじゃないですか。帰りましょう」


 潰れたカエルを見られる前に、男の背中を押して街へと帰還する俺であった。

 

 ◆◆◆

 

 ギルドハウスに戻ったら、鈴木もちょうど帰って来たところだったみたいだ。

 ここに残る三人はアイテムボックスに入っていたアイテムの検証をやってもらっている。

 俺は純戦闘職で生産スキルや分析能力は持っていないからな。鈴木は隠密と移動に長けるから探索を任せているし、適材適所ってやつだよ。

 

 水浴びをした後、テーブルにある椅子へ座る。

 テーブルにはアヤカの作った夕飯が並び、いい匂いが俺の胃袋を刺激するぜ。

 

 俺が最後に座ったみたいで、既に他の四人は食事を食べずに俺を待っていてくれたようだった。

 

「じゃあ、本日の報告会をはじめます」


 みんなに向けて厳かに告げる。

 

「まずは俺の報告から。ハンター達についていって、カルマをもらって帰ってきた。以上」


 話は終わりだとばかりに猛然と食べ始める。


「全く……これだから単細胞の駄熊は」


 鈴木が何か言っているが、俺は忙しい。放っておいてくれ。

 うめえ。マジうめええ。アヤカの調理技術は絶品だぜ。これでスキルを使っていないってんだから驚きだよな。

 彼曰く「女子力には必要なことよ」ってことらしい。

 

「あらあら、ソウシくんったら。がっついちゃって。でもん、若い男の子はがっつくものなのよね」


 アヤカは頬にゴツゴツした人差し指を当てて呟く。

 その言い方は別の意味に捉えることができるからやめてくれ……。

 

「アヤカさんのお料理は絶品ですよ!」

「ぜつり……」

「その先は言わなくていいですから!」


 慌ててアヤカの言葉を遮る。

 ま、全く……油断も隙も無い。

 

「先に頂きましょうー」

「そうね。頂きます」


 手を合わせるユウとスイ。

 あ、「頂きます」をしていなかった……。今更ながら手を合わせ小さな声で「頂きます」と呟く俺であった。

 

 この後、しばらく無言の時が続き机の上に乗った料理が全て無くなる。

 

「おいしかったです! アヤカさん」

「あらん。いいのよお。胃袋を掴むことは乙女にとって大事なことなのよお」

「そ、そうっすか……」


 目が怖い……。一体料理でどれだけの修羅場をくぐってきたのだろう……。冗談でも聞いちゃあダメな匂いがぷんぷんするぜ。


「じゃあ、食べ終わったところで一つ検証をしたいんだけどいいかしら?」


 スイは俺だけに目配せをする。


「俺に関すること?」

「そうね。ソウシだけじゃないんだけど、あなたに協力して欲しいかな」


 スイはポッと頬を赤らめる。

 そんな顔されたら断れるわけないじゃないですかあ。


「いいぞ」

「ありがとう。ご協力感謝するわ」


 少しだけ期待感を高まらせながら、スイの動きを見守る。

 すると彼女は腰のポーチに手をやり、アイテムボックスから何かを取り出した。

 

「魚?」

「そう。鮭よ」


 彼女の小さな手に乗っかっているのはまごうことない鮭である。


「それでこれで何を?」

「トランスしてみてくれる?」

「お、おう」


 よくわからんが、とりあえず変身しろってことなので言われた通りにしてみるか。

 

「真の姿を開放せよ『トランス』」


 恥ずかしいセリフが終わると俺の体から白い煙があがり、シロクマ形態へと変化する。

 さて、ん。

 スイの手のひらには魚……いや、鮭か。

 

 鮭、鮭、シャケ。

 さっきからシャケが気になって仕方ない。

 

「くまああああ(シャケええええ)!」


 居ても立っても居られなくなり、シャケへ手を伸ばす。

 両手でシャケを挟み込み、そのまま頭から口の中へ。

 

 むっしゃむっしゃ。

 うわあ。頭がかたーい。でも、おいしいいいい。

 

「くまあ(トランス解除)」


 人間に戻った。

 口の中に鮭の骨が突き刺さっている。

 

 思わずトイレにかけこみ、口の中のモノを全部吐いた。

 生の魚を頭から行くなんて正気じゃねえぞ。 

 

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