第4話 しゅわしゅわー

「あれ?」

「トランスを試す前にこっちが気になっちゃって」


 スイの手には青りんごが乗っかっていた。


「アイテムボックスから出したの?」

「うん。見た感じ、形はリンゴだけど色が真っ青」

 

 彼女はすぐに脳内メニューを使いこなるようになったようで、青りんごをしげしげと見つめ呟く。

 青りんごは文字通り「スカイブルー」カラーのリンゴなんだ。普通の食べ物じゃなくて、食べるとMPを回復することができる。


「ざっと見た感じだけど、アイテムが全部入ったままみたいね」

「俺も同じだよ」


 先ほど自分のアイテムボックスを見たんだけど、最後にログアウトしようとした時そのままのアイテムが全て入っていた。

 青りんごをアイテムボックスに戻すのかと思っていたが、スイは青りんごを細い指先でツンツンとつつき上目遣いで俺を見つめて来る。


「ところでソウシ。喉が渇いてない?」

「ん?」

 

 青りんごをズズイっと差し出してきて花の咲くような笑顔を見せるスイ。

 そんな彼女に吸い寄せられてしまいそうな感覚に陥る俺……。

 が、それがいけなかった。

 いつの間にか俺の手に青りんごが握られていたではないか。

 

「た、食べるの……? これ」

「ダ、ダメよね。やっぱり、私が先に試すわ」


 スイがリンゴへ手を伸ばす。

 でも彼女の目は若干潤んでいて……。

 

「いや、俺が食べるよ。いずれにしろアイテムが機能するか確かめたいからさ」

「ううん。ここは私が食べるから! 言い出しっぺだし」

「いや、俺が」

「ううん。私が」


 何を思ったか、スイは俺の手首を握り自分の口元へ持っていこうとする。

 ここで負けてなるものかあと対抗心を燃やした俺は、引っ張られる腕を追うように頭を前へと動かす。

 

「なかなか強情ね」

「スイこそ……」


 いーっとお互いに口を横に伸ばし、口角を少しあげる。

 ま、負けぬぞおお。


「あ、ソウシ」

「ん」


 右へ目線を動かしたスイにつられて顔を右へ向けた時、ぐいっと腕が引っ張られる。

 こ、こいつう。今のはフェイクか。

 そうはいかねえぞとばかりに体を無理やり捻るとバランスを崩してしまう。

 

 絶対に先に食べてやる。

 俺の目は青りんごを一点に捉えていた。

 顔を伸ばし、ガブリとリンゴにかじりつく。それと同時にスイも反対側から小さな口を開いてカプリとリンゴに口をつけた。

 

「ご、ごめん」

「し、仕方ないわよ。私も意地を張ってごめんね」


 手から離れ転がるリンゴ。

 俺は勢いそのままにスイを押し倒してしまい、彼女の息が俺の顎当たりにかかる。

 慌てて体を起こすと、彼女は耳まで真っ赤にしてぶんぶんと首を振っていた。

 

 彼女の慌てる様子を見ると、俺まで頬が熱くなってくる。

 誤魔化すように転がったリンゴを拾い上げ、そのままもしゃもしゃと咀嚼した。 

 

「お、案外いける」

 

 シャリシャリ。シュワシュワ。

 炭酸入りのリンゴって感じで悪くない。吐きそうな味だったらどうしようかと思ったけど、よかったよかった。

 

 勿体ないからそのまま完食してしまおう。

 もしゃもしゃ。

 お、瑞々しくてドリンク代わりにもなりそうだ。

 もしゃもしゃ。

 

「ソ、ソウシ……」

 

 俺の名を呟くスイ。

 彼女はペタンと座り込んだままの口に手を当ててこちらを見上げているけど、指先がぷるぷると震えている。

 どうしたんだろ?


「わ、私が口を付けたところまで平然と食べて……る」

「あ、いや。食べたかった?」

「そういうのじゃないから!」

「そ、そっか」

「ま、いいわ。MPは回復した?」

「……」


 それを俺に聞くのかよ。

 なるべくやんわりとスイをさとそうと思っていたら、鈴木が自慢気に口を挟む。

 

「スイよ。駄熊はMPなんぞ持っていないぞ」


 気まずい空気が流れる。

 

「そ、そうだったわ……私としたことが……」

「スイだって、ほら。来たばっかりで気が動転しててもおかしくないし、うん」

「う、うん」

「それにもしMPがあったとしても、魔法を使って消費しなきゃ回復するかなんて分からないしさ」

「そうよね。消費していないMPを回復させることなんてできないものね」


 ぎこちない表情でスイと言葉を交わす。

 この微妙な流れを何とかすべく、話題を変えることにした。

 

「ところでスイ。メニューを使えるようになったところで、トランスを試してみたら?」

「やってみるわ」


 スイはてくてくとカウンターの後ろに歩いて行き、そこでしゃがみ込んだ。

 

「おーい」

「は、恥ずかしいじゃない。ひょっとしたら服が破けちゃうかもしれないんだし……」

「大丈夫だって。俺がさっきシロクマから人間に目の前で戻ったろ?」

「で、でもね。お約束として女の子は服が破けちゃうとかあるかもしれないじゃない」

「あ、ありえる……」


 スイは手だけを伸ばし、カウンターの上に赤を基調としたワンピースぽい服を置く。

 ん、あれは見たことがあるぞ。

 

「それって、チャイナドレス?」

「うん」

「着るの?」

「できれば余り着たくはないわよ! で、でも、ソウシを待たせているからアイテムボックスからとっさに出したのよ」

「そ、そっか、邪魔してごめん」


 しばらく待っていたけど、彼女は一向に動きを見せない。

 何かあったのかとカウンターの後ろを覗き込んで……と思ったけど先ほどの彼女の言葉が思い出されてグッと堪える。

 本当に服が破けてたら洒落になんねえしな。

 あ、でも服が破けていたら……でへへ……。い、いかんいかん。

 

「スイ?」

「トランスって……あの恥ずかしいセリフを言わないとなの?」

「うん……」

「そ、そう……もう少しだけ待ってて」


 今度はそう時間がかからずスイがその場で立ち上がった。

 彼女は頬を赤らめ、パタパタと自分の頬を手で扇ぐ。

 彼女は俺から目を逸らし、少しだけ口を尖らせて拗ねたように呟く。


「な、慣れるまで、恥ずかしいかも……」


 こちらに聞こえないよう「真の姿を開放せよ」って囁いたんだろうなあ……。


「分かる。分かるよ。これで恥ずかしくないのなんて」

「そうね」


 スイが鈴木へ目を向け「ね」とばかりに片目をつぶる。

 俺も彼女へ向け思いっきり頷きを返す片手。


「で、でも、よく鈴木に直接会ったことがないのに分かったな」

「分かるよ。あれだけ特徴的なチャットをしてたら……ね」

「そっか。へへへ」

「えへへ」


 二人揃って鈴木へ顔を向けると、何を勘違いしたのか彼は胸を張り髪をかきあげる仕草をする。


「どうした? まあ我のことを見たい気持ちは分からなくもないが」


 注目されていることに喜ぶ鈴木であった。


「やっぱり!」

「うんうん、その通り!」

 

 こそこそと耳打ちし合う俺とスイ。

 完全に勘違いして恍惚としている鈴木は、さっそうと立ち上がり気障ったらしく頬に指先を当てる。

 

「スイも来たことだ。我は他の者を連れてくるとしよう」

「分かった。拠点登録を忘れるなよ」

「案ずるな。既にこの小屋を指定済みだ」


 言い終わると共に、鈴木は床に染み込むようにして消えて行く。

 やれやれ。まあ、あいつもちゃんと仕事はこなす。俺たちはここで待っていればいいか。


 鈴木を見送ったところで、


『パーティへ参加しますか はい/いいえ』


 と脳内に見慣れたメッセージが浮かぶ。

 

 メタモルフォーゼオンラインでは最大六人までのパーティを作ることができる。

 パーティを組むとお互いに外からは見えないチャットを使えたり、経験値が共有となってたり……と様々な仕様があった。

 依頼を飛ばしてきたのは、スイ以外にいないだろう。

 特に断る理由もないので、「はい」を選ぶ。


※明日から一日一話になります!

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