第12話

一週間が経った。

この間のお医者さんが来て、身体のあちこちを触っていく。

「これならいいでしょう」

お医者さんはそう言って、部屋から出ていった。

当たり前だっての。

もう痛いとこはないし、走りたくてウズウズしてる。

こんなに長いこと休んだこと、なかったからかも。


「先生からお許しが出たんだねぇ。お客さん良かったねぇ」

フィスさんの声がする。

「はい、もういつでも大丈夫です」

「でも、無理は禁物だよぉ。休んだ後って、あちこち思うように動かないからねぇ」

「フィスさんもそういうこと、あったんですか?」

「僕かい?どうだったかなぁ……。ま、ここに来るお客さんはだいたいそんな感じだからねぇ」

「そうそう、休んでる間は無理しないのが一番」

いつの間にかクロちゃんもやって来た。ちょこんとわたしの部屋の前に座る。

「でも……、走りたいですもん」

「でももストもないの。きちんと休んで、きちんと走れるようになるのがまず大事なんだよ」

「まぁまぁ、そのうちお客さんここでもトレーニングすることになるだろうし、そうなったら少しは走れるかもだからねぇ」

フィスさんがこう言ってくれる。

「思い切りは走れないだろうけど、何もしないよりはいいかもねぇ。そのうちうちのご主人さまが外に出してくれるだろうから、それまでの辛抱だねぇ」

すぐにでも走れるかと思ってたのに、ちょっとガッカリ。

「そんなにガッカリしなくても大丈夫だよぉ。そんなに待たなくても外には出られるからねぇ」

「そうそう、外に出たらうちの馬場でうんと運動出来るからね」

「それまで、ほんのちょっとの辛抱だよぉ」

クロちゃんとフィスさんはわたしをしきりに励ましてくれる。

確かにそうなんだけど。

でも、早く走りたいなぁ……。


次の日の朝。

久しぶりに頭絡と鞍がつけられた。

走れるかなって思ったらドキドキしてくる。

支度が済んで、人間に連れられて外に出ると、風がなんだか気持ちいい。

「早く走りたいなぁ~」

つい口に出ちゃった。もちろん人間には聞こえてないんだけどさ。


しばらく歩いて、馬場に着いたみたい。

小林とは違って広くない。

でも、走れるならどこだっていいや。

人間が背中に乗って、準備完了。

早く走らせてーって前脚で合図する。

これなら人間でもわかるよね?


それでも、人間は手綱をぐっと絞って走らせないようにしてる。

ゆっくり、ゆっくり。

広くない馬場でも時間がかかるくらいゆっくりと。

思いっきり走れると思ったのにな。

少しは汗もかけたから、これでいいのかな。


……よくわかんないや……。


部屋に戻ったらクロちゃんが出迎えてくれた。

「久しぶりに身体動かしたから、きっと今日のご飯はおいしいよぉ。良かったねぇ」

「もっと走りたかったんですけど、あんまり走らせてもらえなかったんですよ」

「最初だからねぇ。いきなりいっぱい走ったら、あちこち痛くなるよ」

……そう言えば、どこも痛くない。

「ご主人さまがだいぶ加減してくれたみたいだね。そのうちいっぱい走れるよ」

クロちゃんはそう言って、にっこり笑った。


その日のご飯は、たしかにおいしかった。

時間をかけて、ゆっくりと食べる。

食べながら、思いっきり走れるのはいつかなって考える。

身体はもう大丈夫だし、いつでもいいんだけどな。

でも、人間の都合もあるんだろうし。

色々考えてはくれてるんだろうけど。


でも、早く思いっきり走りたいなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る