第11話

車が止まって、ドアが開いた。

どうやら目的地に着いたみたい。

見たことない景色……なのは当たり前か。

だって、はじめてここに来たんだもんね。


広さは前にいた育成場くらいかな。

落ち着いた感じで、いいじゃない。

ここで少し休んでこいってことなんだろうね。

迎えに来た人に連れられて部屋に入る。


小林の部屋よりもきれいな感じ。

これならゆっくり出来るかな。

まだあちこち痛くて動くのもゆっくりだけど、お水を飲んで一息ついた。

知らないところで不安だけど、少し休めるかな。

そう思って、目を閉じた。


「先生お願いします」

誰かの声がした。

はーいと返事をした人間が部屋に入ってくる。

なにか道具をいっぱい用意してる。

お医者さんに診てもらったときに見たものもあるから、きっとこの人もお医者さんかな。


あれ?

気がついたら動けなくなってる。

頭絡から伸びたロープが部屋の両脇につながれてる。

お手入れしてもらえるのかな。

体痛いからちゃちゃっとやってくれたらいいんだけど。

そんな事を考えながら、目をつぶった。


……痛いっ!

目を開けたら、さっきの人がわたしの体に何かを刺してる。

それもたくさん。

「痛い痛い、やめてよ!!」

大声で叫んでみたけど、もちろん伝わらない。

そうしてるうちにも何度も何度も刺されてる。

血も出てるし!

「もう……ダメ……」

あまりの痛みで、気を失ってしまった。


……シャン、ガシャン。

隣の部屋からなにか物音がしてる。

その音で気がついた。

さっきの人はどっかに行ってしまったみたい。

頭絡も取れてる。

「あれ……?」

あちこち痛くて動けないけど、なんとか部屋の外に顔を出してみる。

「おや、気がついたみたいだ。フィス、もういいよー」

誰かの声がする。

「おお、良かった良かった。お客さん大丈夫だった?」

隣の部屋からも声がした。

「あ、はい。なんとか」

自分でも間の抜けた返事だと思ったけど、これしか言葉が出なかった。

「ありゃあ痛いよねぇ。見てるだけでも痛いんだもん。やられたらもっと痛いよね。ね?」

そう言いながら隣の部屋から顔を出したのは芦毛の馬。

わたしよりずっと年上に見える。

「はい、……もう痛すぎて何がなんだか」

「うんうん。お客さんはしばらくここでゆっくり休んで、痛いのが取れたらここの馬場で練習するんだねぇ。いいねぇ現役って」

……?

「ほらぁ、お客さんがキョトンとしてるよ。フィスは現役の競走馬じゃないって最初に言わないからぁ」

さっきの声だ。どこにいるんだろ。

「ああそうだったねぇ。ボクはフィス。競馬の世界からはすっかり足を洗って、今は別なお仕事してるんだ。お客さんの話し相手も仕事のうち。ね、クロちゃん」

「そうそう、はじめてのお客さんが困らないようにするのも仕事のうち」

そう言いながら声の主が車の陰から出てくる。

真っ黒い猫。クロちゃんって言うのかぁ。

クロちゃんはわたしの部屋の前にちょこんと座った。

「まあ、しばらくは動けないだろうからわたしやフィスが話し相手になるよ。ゆっくりしてってねぇ」

「ありがとうございます……あいたたた」

ぺこんと頭を下げただけなのにあちこち痛い。

「お客さんがさっきやられてたのは笹針って言うらしいよ。前にお医者さんが言ってたのを聞いたことがあるんだぁ」

クロちゃんはそう言うと、わたしの顔を見てニコッと笑う。


「おやおや、お客さんは良く見たらまだ若いんだねぇ。若いうちは寝るのも休むのも仕事のうちだからねぇ」

「そうそう。寝坊してもボクが起こすから安心さ」

隣でフィスさんがニコニコしながら言う。

「でもさぁフィス、君の目覚ましはなかなかうるさいんだよぉ」

クロちゃんはフィスさんに視線を投げかける。

「そうかなぁ。結構みんな目が覚めるから効き目あると思うんだけどなぁ」

「もうちょっとやり方考えてあげないと寝不足になるのが出てくるよぉ」

……ふたりとも仲良しみたい。

「あ、そうそう。牧草あっためておいたの。食べる?」

クロちゃんはそう言うと立ち上がった。お尻に敷いてたのが牧草みたい。

「いえ、今はいいです。……痛くてそれどころじゃなくて」

「そうだよねぇ。ねぇフィス、お客さんが馬場に出るのはいつぐらいになるかな?」

「うーん……、少なくとも一週間は無理だよねぇ」

一週間も痛いのが続くのかぁ……。

考えただけでげんなりしてくる。

「大丈夫だよぉ。動けるようになったら前よりうんと走れるようになるからねぇ」

フィスさんはそう言ってまたニコニコしてる。

前よりもかぁ……。

「じゃあ、しばらくゆっくりさせてもらいます」

わたしはクロちゃんとフィスさんにそう言った。

「うんうん、まずはゆっくり休もう。それがここに来た理由だと思うからさぁ」

フィスさんはそう言って、またニッコリ笑った。


知らないとこにいきなり連れてこられて、痛いことされて。

どうなるかと思ったけど、ここも悪いとこじゃないみたい。

前よりも速く走れるのなら。

そう思ったら、痛いのも我慢しようと思った。

とにかく速く走りたいし、いっぱい走りたいし。

だから、今はゆっくり休むんだ。


治ったら、きっと前より速く走れるはずだから……。

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